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オーシャンニューズレター

第420号(2018.02.05発行)

海苔養殖の歴史を伝えることで未来を拓く ~大森 海苔のふるさと館の活動~

[KEYWORDS]海苔養殖/東京湾/歴史教育
認定NPO法人海苔のふるさと会事務局長◆小山文大

かつて東京都沿岸部の東京湾でも海苔養殖が盛んだった。
なかでも、大田区大森は江戸時代から中心的な生産地であり、「本場乾海苔」と称賛されるほどだった。
だが、1964年の東京オリンピックに向けた港湾整備のためにその歴史は1963年春の収穫をもって幕を閉じた。
その歴史を伝えるために、2008年にオープンした「大森 海苔のふるさと館」の活動を紹介する。

東京湾での海苔養殖の歴史

毎日の食卓に欠かせない海苔。最近は外国でも健康食として寿司が人気で、海苔も一般的になってきているようです。海苔と日本人との付き合いは非常に古くまでさかのぼることができます。701年の大宝律令に調(租税の一つ)として紫菜(むらさきのり)の記述がみられ、そのころから食べられていたことがわかります。その採取方法は岩場などについているものや海にただよっているものを採る自然採取だったようです。
意図的に育てて採る養殖が始まったのは、だいぶ時代が下った江戸時代と考えられています。特に盛んになったのは品川から大森にかけてで、享保の頃(1716~36)でした。当時は木ヒビと呼ばれる雑木を浅い海に建てて、そこについて伸びた海苔を収穫していました。江戸時代後半には海苔養殖の技術が大森から全国に伝えられました。また、昭和初期までは東京都が日本で一番の生産を誇っており、その中心が大森だったため、「海苔のふるさと」と呼ばれています。1964年の東京オリンピックなどに向けた港湾整備で東京都の海苔づくりが終わった1963年春には、大森だけで約1,000軒の海苔漁家がありました。この地域にとって一大産業だったことがわかります。
東京湾、なかでも大森のあたりで海苔がよく採れたことには理由があります。川が流れこんでいること、海が遠浅で波が穏やかなこと、適度な潮の干満があることです。山から栄養分を運んできた多摩川の水が海水と混じり合う汽水域のこの場所は、海苔の生育には最適でした。

施設の紹介

2008年4月、住民からの要望に応えるかたちで「大森 海苔のふるさと館」が開館しました。海苔だけをテーマにした全国でも珍しい施設です。前年には館に隣接した場所に、全長400mの人工の浜辺がある大森ふるさとの浜辺公園もオープンしています。公園に隣接していることも相まってオープン当初から近隣地域はもとより、遠方、さらには外国からも多くの方々が訪れています。2017年6月には9年目にして開館以来の来館者数が80万人を超えました。東京都大田区が設置者で、運営は地元の元海苔生産者が中心になってつくったNPO法人海苔のふるさと会が行なっています。
館に入るとまず目につくのが、実際に使われていた全長13mの海苔船です。その上には海苔をとるときに使った一人乗り用の小舟「べかぶね」が積載されています。復元された作業場では、当時行われていた「海苔つけ」作業の様子をみることができます。2階には、国の重要有形民俗文化財「大森及び周辺地域の海苔生産用具」に指定されている道具類が展示されていて、伝統的な海苔養殖の方法や「海苔つけ」という乾海苔を作る方法がわかります。そのほかにも幅広い年代の人に興味を持ってもらうためにハンズオン展示を多めにしたり、海苔下駄体験コーナーがあったりなど楽しく学べるようになっています。3階にある展望・休憩室からは公園を一望でき、地域の人たちの憩いの場にもなっています。
ふるさと館では2つのグループが活動しています。1つは、元海苔生産者からなる「協力者会」です。イベント時の技術指導や往時の話をしてもらうなど、館の中心的な存在です。もう1つは、ボランティアグループ「はまどの会」です。「はまど」とは、海で働く人という意味の大森の言葉です。イベント時の指導補佐や花壇づくり、絵本の読み聞かせなど、自分が興味のある館の活動に参加しています。この2つのグループが車の両輪のようにそれぞれの持ち味を発揮することで、館が活き活きと魅力的になっています。

大森 海苔のふるさと館1階展示室の海苔舟昭和30年代海苔とりの様子

目指していること

館の運営にあたっては、来館者が歴史を学ぶことに加えて、学んだ歴史を現在、未来に活かしてもらうことを目指しています。そのための方策の1つとして、海苔・環境をテーマにした体験イベントを毎月行なっています。
海苔つけ体験
元生産者の方々が80代でまだお元気です。その方々に直接教わりながら海苔つけを体験してもらっています。海苔がとれるのは冬の間だけなので、この体験は冬にしかできません。参加者は自分でつくった乾海苔を後日受け取れることもあり、毎回定員を上回る人気プログラムです。冬以外の季節には、網を編んだり、海苔簀を編んだりといった仕事がありました。これらも海苔つけ同様に直接教えてもらいながら体験できます。単調に見える作業でも、目に見えないところで指先に力を入れていたり、全身を使って疲れないようにしていたりと、実際に体験してみるとさまざまな工夫がされていることがわかります。現代の生活ではなかなか行なう機会がない体や手先を使った昔の作業を行ない、先人の工夫を体感することで、体の使い方や作業の際の工夫、物づくりの楽しさに気づいてほしいと思っています。もう一つ体験で大切にしていることは、直接教わることです。元生産者の皆さんは高齢者です。体験する方々は子どもとその親世代が多いので、自然と普段あまり接することのない世代間で交流が生まれます。核家族がほとんどになっている現代では、異なる世代が一緒に作業をしたり、話をしたりする機会は貴重ですし、上の世代が下の世代に伝える良い機会です。
環境・自然に親しむ
海苔は海と太陽からの贈り物、と言われるほどで、海の栄養、潮の干満、水温など海の働きと、光合成や日光での消毒など太陽の働きとによって育ちます。海苔を学ぶことは自然と海の仕組みを学ぶことにつながります。また、昔の暮らしぶりを学ぶと、かつての暮らしが海とともにあったことがよくわかります。海苔を学ぶことで、今ではすっかり遠くなってしまった海に目を向ける機会にしてもらいたいと考えています。近くに人工の海浜があることから、魚や底生生物をテーマにしたプログラムも行ない、自然に親しむ、学ぶ機会を提供しています。
東京湾の浅海域を使って約300年間も続いた海苔の養殖。「持続可能性」や「賢明な利用」といったことが盛んに言われている現在、歴史を振り返ることで、これからの人間と自然とのあるべき関係へのヒントが見つかることを願って活動しています。(了)

  1. 大森 海苔のふるさと館HP http://norinoyakata.web.fc2.com/
  2. 大森 海苔のふるさと館FB https://www.facebook.com/norinoyakata/

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