Ocean Newsletter

【Ocean Newsletter】バックナンバー

第420号(2018.02.05 発行)

ICT漁業・養殖業の国際的技術協力

[KEYWORDS]デザイン/マリカルチャ/人工知能
公立はこだて未来大学マリンIT・ラボ所長◆和田雅昭

ICT漁業・養殖業はIoTによる見える化から、ビッグデータと人工知能による最適化へと進化を遂げようとしている。
マリンIT・ラボが考える漁業者と研究者の共創、漁業者と人工知能の共生について、現在取り組んでいるインドネシアへのICT漁業・養殖業の横展開を題材として紹介する。

ICTとデザイン

マリンIT・ラボでは、持続可能な水産業の実現に向けて、2004年から勘と経験に情報を加えたICT漁業・養殖業を推進しています。代表的な成果として、「うみのアメダス」と「うみのレントゲン」が挙げられます。うみのアメダスは養殖業のための海洋観測システムで、ユビキタスブイを用いて海水温などの環境情報を見える化します。うみのレントゲンは漁船漁業のための資源管理システムで、デジタル操業日誌を用いて推算資源量などの資源情報を見える化します。いずれのシステムも大学から民間企業への技術移転によって事業化されており、全国で活用されています。とりわけ、北海道留萌市におけるタブレットを活用したナマコ漁での情報共有の取り組みは資源管理の成功事例として全国に知られ、留萌市には行政や漁業関係者などがICT漁業・養殖業の視察に訪れています。
このように紹介すると、あたかもICT:Information and Communications Technology(情報通信技術)が資源を回復させたかのような印象を与えてしまいますが、資源を回復させたのはあくまでも漁業者です。漁業者が資源管理のためには情報共有が不可欠であると考え、情報共有のルールを作りました。著者らは、ICTを活用して情報共有のお手伝いをしたに過ぎません。そのため、ICTは単なる道具であると言えますが、漁業者に使ってもらえる道具であることが重要です。著者は情報システムの専門家ですが、マリンIT・ラボには情報デザインの専門家がいます。情報デザインの専門家は、ユーザインタフェースだけではなく、システムそのものをデザインしています。

観察と共創

生簀ワークフローのスケッチ

現在、SATREPS(地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム)の研究課題として、持続可能な開発目標(SDGs)のうち目標14「海の豊かさを守ろう」の達成に向けて、インドネシアのマリカルチャ(海面養殖業)に、日本のICT漁業・養殖業を横展開しています。マリカルチャの主たる対象はグルーパと呼ばれるハタ科の魚です。海面に浮かべた生簀で養殖しており、養殖の期間は7~8カ月間、生存率は経営体によって差がありますが、30~70%です。著者らに与えられた課題は、生存率を70~90%に高めることでした。
インドネシアで最初に行ったことは観察です。養殖施設で漁業者の作業を見学し、一日のワークフローをスケッチします。そして、スケッチしたワークフローを漁業者に確認し、必要に応じて修正していきます。さらに、その日に見学できなかった稚魚の購入から成魚の販売までの一連のワークフローを漁業者にスケッチしてもらい、不明点があれば補足してもらいます。このようにして、一日の、または、一連のワークフローを理解したうえで、現在管理されている情報、管理されていない情報を整理します。その結果、海水温などの環境情報は収集も利用もされていないこと、生簀は全部で110面あり、生簀個別の死亡尾数、生簀全体の給餌量が操業情報として漁業者から経営者にSMS(ショートメッセージサービス)で毎日報告されていることがわかりました。
死亡尾数を減らすことが目標になりますが、生簀全体の給餌量だけで、死亡尾数との関連を評価することはできません。そのため、生簀個別の給餌量や給餌時刻など、より細かい操業情報と海水温や溶存酸素などの環境情報が必要となります。技術的には、110面の生簀個別の給餌量や給餌時刻を収集するためのデジタル操業日誌を開発することはできますが、入力の煩雑さを考えると実用的ではありません。大切なのは漁業者の作業負荷をできるだけ増やさない、言い換えると、現在のワークフローをできるだけ変えないシステムをデザインすることです。生存率が30%である経営体に対して、最初の目標を70%に設定する必要はありません。第一段階ではICTを受け入れてもらうことを目的に50%を目指す、第二段階ではICTを活用してもらうことを目的に70%を目指す、といった緩やかな目標設定が成功の秘訣です。
次に行ったことは共創です。第一段階として、日課であるSMSでの操業情報の報告を簡便にするデジタル操業日誌を開発すること、ユビキタスブイを用いて海水温と溶存酸素を収集することを漁業者に提案し、合意を得ました。そして、デジタル操業日誌のユーザインタフェースをスケッチし、漁業者に確認し、修正しました。このように、漁業者と完成像、利用像を共有し、共創によってシステムをデザインすることで、ICTを漁業者のワークフローに埋め込むことができます。

漁業者との共創
システムのデザイン

ビッグデータと人工知能

マリカルチャは比較的新しい産業であり、養殖技術が確立していません。このような産業において、ICTを活用した情報共有は産業の成長を促進します。例えば、10の経営体が情報を共有すれば、1年間で10年間分のノウハウを蓄積することができます。これが、ビッグデータです。マリンIT・ラボには知能システムの専門家がいます。今後はマリカルチャビッグデータを生成し、機械学習により海水温や溶存酸素、給餌量などを入力とし、死亡尾数を出力とする予測モデルを構築します。入力のうち海水温や溶存酸素などはコントロールできませんが、給餌量などはコントロールできます。そこで、死亡尾数が最小となるように、人工知能がコントロールできる入力を最適化し、漁業者に提示します。
予測モデルの精度を高めるためには、より細かい操業情報とより多くの環境情報が必要となります。そこで、漁業者のICTスキルの向上にあわせて、第二段階へと移行します。これまでの経験では、ICTを受け入れた漁業者はワークフローを少し変えること、作業負荷が少し増えることを受け入れてくれるようになります。そして、漁業者がICTを活用すればするほど、予測モデルの精度は高まり、生存率も高まります。著者らに与えられた期間は5年間です。今後より一層の養殖技術の確立と、漁業者と人工知能が共生するICTマリカルチャの実現を目指しています。(了)

ページトップ