Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第420号(2018.02.05発行)

横浜国立大学における総合的海洋教育 ~大学から地域へ10年間の成果~

[KEYWORDS]人材育成/海洋教育/社会連携
横浜国立大学統合的海洋教育・研究センター特任教員(講師)◆水井涼太

横浜国立大学 統合的海洋教育・研究センターが設置されて10年。
海洋全般の問題を考察することのできる人材育成を目的とした、大学院副専攻プログラム「統合的海洋管理学」では163名の修了生を輩出した。
近年は、海洋に関する多様な「知」を活かした社会への貢献として、横浜市など地域との連携を深め、海のことを自ら考え行動する地域社会と市民の育成を行っている。

海に関する文理融合組織

横浜国立大学は2007年6月に、各大学院等の部局においてそれぞれの専門分野ごとに行っていた海洋に関するさまざまな分野の教育・研究活動の連携強化を図るため、部局横断的な文理融合組織として、「統合的海洋教育・研究センター(通称:海センター)」を設置した。海センターには本学の各大学院の海に関する専門分野を持つ教員が参画し、加えて、センター専任の特任教員、客員教員等が所属し、法学、工学、環境、リスクマネージメントなど幅広い分野の文理融合体制のもとに運営してきた。
海センターは、学内では外部資金で運営する時限付きのアカデミックセンターに分類され、当初からの日本財団の助成金(日本財団高度人材育成プログラム)に加え、2007〜2010年文部科学省の補助金、2013〜2015年は(一財)港湾空港総合技術センターとの共同研究、2015年からは(国研)海洋研究開発機構(JAMSTEC)から戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)次世代海洋資源調査技術に関するプロジェクトを受託し、これら外部資金を元に教育研究活動を続けてきた。

大学院副専攻プログラムによる人材育成

海センターの活動の根幹を為すのは、日本財団助成金「日本財団高度人材育成プログラム」で実施してきた、大学院副専攻プログラム「統合的海洋管理学」である。この副専攻プログラムでは、海洋に関する深い専門知識とともに海洋全般の問題を考察することのできる人材を育成し、産業社会や公共サービスへの多様な人材ニーズに応えることを目標としてきた。
「コア科目」の2科目4単位と、各大学院で開講されている科目や海センター特設科目等、「関連科目」3科目6単位以上を取得することで、大学院修了時に副専攻プログラム修了証を授与している。コア科目である「海洋管理学Ⅰ」および「海洋管理学Ⅱ」では、オムニバス形式の授業を行い、学内の各分野の教員の講義に加え、国及び関連組織、研究機関、民間企業等から外部講師を迎え、海底資源や海洋の安全保障・海上保安活動などタイムリーな話題も含め、海に関する諸問題を俯瞰的かつ総合的に把握できる授業を行っている。
筆者もこの副専攻プログラムの一期生である。JAMSTECの企画部門で2年間勤務をし、大学院博士課程に入学した直後に受講したが、JAMSTEC在職期間中に諸先輩に教わったり、苦労して学んだりしたことに加え、さらなる知識を学ぶことができた。大学院修了後、海洋関連の企業や組織に就職する学生には非常に貴重な学びの場になっていることは間違いない。講演会に招いたOB・OGが、口を揃えて「海洋管理学で学んだことは業務に大変役立っている」と感想を述べてくれるのはその証であろう。
また、座学だけでなく、生物海洋学を中心とした「臨海実習」や包括連携機関であるJAMSTECの若手研究者が講義を担当する「海洋地球生命科学特別実験」、横浜港でのシーカヤック実習を通し、海から都市を観察することでその諸問題を学ぶ「水圏環境リテラシー」などの関連科目を通じて、各自の専門外の視点から海を考える機会も提供し、海洋基本法の理念である総合的海洋管理を担う人材を育成してきた。これまで輩出した8期163名の修了生は、海洋関連の企業や研究機関、行政機関等をはじめ、一般企業やベンチャー企業、メディア、自治体等幅広く社会で活躍をしており、業務で海に関わることがない修了生もいるであろうが、多くが直接または間接的に総合的海洋管理の実現に少なからず貢献している。筆者自身も大学発ベンチャーとして海洋教育と海を活かした地域振興を担うNPO法人を設立し、行政や地域と根ざした活動を行なっている。

副専攻プログラムは163名の修了生を輩出し、年に一度はOB・OGとの交流会を実施している海センター特設科目「水圏環境リテラシー」では、シーカヤック実習を通じ、都市と海の諸問題を学ぶ

海洋に関する多様な「知」を活かした社会への貢献

海センターがこの4年で特に力を入れてきたことは、海洋に関する多様な「知」を地域社会に展開することである。
現在、日本財団の助成事業の一環として、シンポジウム、公開講座、横浜市職員向け研修を行なっている。シンポジウム・シリーズ「横浜から海洋文化をはぐくむ」では、近年は横浜市副市長をはじめ、ブルーカーボン事業など海洋都市横浜を施策として掲げる市の取り組みについて発表いただく機会を得ている。また、2014年からはキャンパス内で平日日中に行なっていた公開講座を横浜市の協力を得て、横浜都心・臨海地域の「みなとみらい」地区で平日夜間に開催している。隔週で5回の開催だが、毎回70名程度の参加者を得ており、横浜国立大学としても最大級の公開講座となっている。
さらに、横浜市役所職員向けの研修も過去3回実施している。昨年度(2016年度)は、「海からはじめるまちづくり」と題し、市役所各部局が海に関わる取り組みを紹介したのち、著者の話題提供と「海からはじめるまちづくりワークショップ」として、参加者同士で議論を行い、横浜の海を活かした社会的な取り組みに関するアイデアを発表してもらった。心踊るようなビッグプロジェクトから、今すぐにでも取り組めるようなアイデアまで、多岐に渡る内容であったが、参加者のほとんどが横浜で海を活かした具体的な取り組みについて考えることは初めての経験であったはずである。
さらに、東京海洋大学、横浜市立大学などとともに協力している「ヨコハマ海洋市民大学※」では、市民が実際に海の環境保全や普及啓発のために、行政や企業とともにさまざまなプロジェクトを展開する準備をしている。海に関する知識を新たに得た行政職員や市民が、地域社会に展開していく礎を築いたことが10年の大きな成果である。
このように、総合的海洋管理を社会に普及させるためには、大学での人材育成ばかりでなく、大学の外へ海洋に関する多様な「知」を広める必要があると著者は考えている。横浜市をはじめ地方自治体では、大規模港湾を抱える都市においても、海を地域資源として活用していくという取り組みは十分であるとはいえず、とくに海洋教育が行き渡っているとは言えない現状においては、海に関する知識は行政職員も市民も非常に限られる場合が多い。これからも大学が中心となり、「総合的海洋教育」を展開していく必要性があるのではないか。横浜国立大学海センターは、一定の役割を果たしたということもあり、来年度(2018年度)に組織替えが予定されている。この10年のレガシーを活かしつつ、大学内外の教育活動が継続されることを期待したい。(了)

  1. ヨコハマ海洋市民大学=大さん橋(旧鉄桟橋)の竣工から120周年を機に、横浜の海に想いのある人が集まり学びの場を作ろうと活動をしたことから始まった手作りの市民大学。発足時は民間企業の取り組みであったが、現在は市民の有志による実行委員会形式で、横浜国立大学、東京海洋大学、横浜市立大学等が協力。各地域に合致した環境活動の提案、地域を巻き込み実施することができる人材の育成=海洋都市づくりリーダー(海洋教育デザイナー)の育成を目的としている。

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