Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第380号(2016.06.05発行)

編集後記

ニューズレター編集代表(山梨県立富士山世界遺産センター所長)◆秋道智彌

◆熊本地震で、大量の、そしてさまざまな救援物資が被災地に送られた。しかし、宅配便ではないので手配が十分でなく、物資が熊本市内の倉庫に山積みのままであった例や、土砂崩れで道路が寸断され、輸送がままならぬこともあった。いずれにせよ、非常事態における物流のかかえる矛盾が露呈したことはまちがいない。しかも、目的地は内陸部や山地であった。
◆そのこともあり、今回の原稿を通読して「海の壁」という用語の意味を強く感じた。岩手県大槌町でカメラを回したドキュメンタリー映画監督の小西晴子さんは、津波後の復興現場を取材し、大槌が豊かな湧水によって育まれた町であるとの確信をいだくようになる。しかしその半面、国や県が進める防潮堤建設計画に疑問をいだき、その虚構性を突いて「海がみえねぇじゃねぇか!」と漁師のことばを借りて訴えた。取材地の赤浜地区は大槌湾の最も湾口に近い位置にあり、漁師も多い。まちの政策とは異なって、14.5mの防潮堤に疑問をもつ住民も多い。海の壁はできるだけ低くして、高台居住を進めるのが安心・安全面でいいはずだ。場合によっては、低地からの撤退を町づくりのポリシーとする卓見があってもよい。
◆税金で建設する防潮堤がどれだけ未来の子どもたちに安ど感をあたえるのだろうか。津波時に小学校高学年であった子どもたちは、「防潮堤」竣工時には大学生や社会人となっている。かれらは大槌の未来をになう若手として活躍しているのだろうか。そうした思いをいだきつつ、海洋教育がいまこそ体系的かつ総合的に進められるべきではないかと考えた。(一社)日本船主協会の田中初穂さんは、小学校における教科書の海事関係に関する文科省の指導要領の記載が時代にそぐわない点を強く批判され、海における物流の意義と、今後の革新性をもっと教科書に反映させるべきと主張されている。もっと現場を知る指導要領作成陣を選定すべきで、こうした苦言自体が日本人の海への関心の低さを物語っており、憤りさえ覚える。海事産業の重要性についての理解促進のためにはさらに積極的に訴える必要があり、それこそ海の壁は取っ払うしかない。関係各位のご尽力に期待したい。
◆日本国内ならば、海の流通に関して世界に誇れる現場をお見せすることにつながるし、東アジアの上海、仁川、釜山、麗水などの港湾を見ればその巨大な流通システムに圧倒される。しかし途上国となると、物流のインフラは整備されているとはお世辞にもいえない。もっとも港の荷積み・荷下ろし風景に事の良し悪しは別に、混とんと喧騒に満ちた世界がある。東海大学の石原伸志教授は、東南アジアの港湾における物流の問題点を8点に分けて詳細に分析し、今後、日本が果たすべき役割の重大さを提起されている。途上国では、人間の旧態然とした制度や慣行が壁を作っている。海の壁は、要らない、低く、そして取り除くことで、スッキリする。こんな爽快な話はないと思うがいかがだろうか。 (秋道)

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