Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第380号(2016.06.05発行)

海がみえねぇじゃねぇか!~ドキュメンタリー映画『赤浜ロックンロール』に描く浜の心意気~

[KEYWORDS]防潮堤/復興/海と生きる
ドキュメンタリー映画監督◆小西晴子

巨大な防潮堤が390キロという長さで、1兆円の国家予算をかけて、三陸沿岸に建設されようとしている。
三陸のど真ん中に位置する大槌町赤浜地区の住民は、「自然にかなうものはない。
最初から津波の届かない高台に移って、孫子の代まで安心して住める地域をつくる」と決め、巨大防潮堤を不要とした。
人の力ですべてをコントロールするという発想、短期的利益優先の限界が見えた今、彼らの知恵に、私たちの未来への道もあるはず。

山と川と海をつなぐ水が育む漁師町、大槌町

■大槌湾に浮かぶ蓬莱島

岩手県の大槌町は、『ひょっこりひょうたん島』のモデルとなった蓬莱島が湾に浮かぶ漁師町です。北上山地からの水が、大槌川、小鎚川、そして地下水となって大槌湾に流れ込み、海の恵みを育くんでいます。湧水地のみに生息する「イトヨ」も生息しています。町に自噴する井戸200余本は、住民の生活用水として使われていました。
2011年3月11日の東日本大震災で、1万5千人の住民の1割が犠牲になりました。8月、個人ボランティアとして私が大槌に行った時には、まだ小学校に焼け跡が残り、津波で流された家の基礎が残っていました。11月、北西風が吹くころに帰ってくるというサケと時を同じくして大槌に帰り、新巻づくりの仕事を拝見させて頂きました。きれいに小骨を取り、丁寧に中を洗い、塩をまぶしてつけ、寒風にあてて干す、手間暇かける手仕事に魅了されました。

「もう防潮堤には頼らないんだ」

■赤浜の復興を考える会川口博美会長

そんな中、住民の民意をまとめ、行政に届けることを目的とした「赤浜(あかはま)の復興を考える会」の会長である川口博美さんにお会いしました。川口さんは、お母さま、奥さま、お孫さん、3人を津波で亡くされていました。現在の6.4メートル防潮堤ですら海が見えない、また防潮堤があるから安心して逃げないで亡くなった方が多かったことが検証されました。「人間の作ったものは必ず壊れる。自然にはかなわないんだから。命を守るためには、もう防潮堤には頼らないんだ。津波の届かない高台に移って、孫子の代まで安心して住める地域をつくるのが俺の根本」と言われました。本当にシンプルな知恵を教えて頂きました。
2011年10月、国と県は、14.5メートルの高さの防潮堤を作る案を、大槌町に提案してきました。ビルで言えば5階の高さです。大槌町の赤浜地区の住民は、15メートル以上の高台移転をするため、14.5メートルの防潮堤は必要ない、6.4メートルの防潮堤の現状復旧で十分と提案します。大槌町は、町長が住民の意見を基本とした地域の復興計画をつくるという方針を出したため、赤浜住民案は、町議会で承認されました。一方、町の中心地域は、14.5メートルの高さの防潮堤を作ることを承認しました。
そんな赤浜の住民の前に、2013年6月、新たな障壁が出現します。今度は、現状の6.4メートルの防潮堤のすぐ裏に、高さ11メートルの町道をつくろうという案が町から出されます。川口さんたち住民は、「14.5メートルの防潮堤の代わりに11メートルの道路になっているようだ、いやがらせだ!」と、今度も不要と町に迫ります。私は、誰のための復興なのか考えてしまう現実を、映画を撮影しながら見てきました。地域への強い愛情と誇りが、自分たちの町を、自分たちの手で守り復興させたいという意地となって出てくる。その誇りを産み出しているものは、自然の豊かさ、海の豊かさ、水の豊かさだと思います。

「この自然と生きていくしかない」

■漁師の阿部 力さん

赤浜の漁師の阿部 力(つとむ)さんの船に乗せてもらい、ワカメ、コンブ、カキ、ホヤとウニ、サケの定置網漁を撮影させて頂きました。ワカメは、前年の10月に種をロープにつけ、芽が育つようにロープについた泥を落とすなど、手間ひまをかけます。3月になるとその芽がぼわっと急成長する。春の雪解けの水が成長を促すとも言われています。3月の朝3時、マイナス6度の中、港を出港し、6時ごろまで漁です。朝の太陽を浴びながら、巨大なワカメが海からあがってくるのを見て、海とワカメのパワーに感激し、紅色の空と海の中で、自分が自然の一部になったような心地良さを味わいました。
阿部さんからは、「大槌湾の海底からも湧水が沸いているんです」ということも教えてもらいました。「この自然と生きていくしかない。津波によってきれいになった海を前に戻さない」と言う阿部さんは、「今回浸水した地区はもともと海だったところで、そこが浸水するのは当然。そこにまた家を建てずに高台に住宅を建設するのがいい」と明確でした。
山と川と海をつなぐ水、この循環のなかで海がある。防潮堤という人工物によって陸と海が分断されてしまわないよう、なりわいとしてきた水産業が衰退することのないよう祈るような気持ちでおります。

次世代のために

■大槌湾に残った砂浜

2016年2月、住民は、住宅再建、生活再建への厳しさに直面しています。赤浜では、海抜15メートル程の高台の造成工事が急ピッチで行われていますが、川口さんも、阿部さんも仮設住宅にあと2年住まなければならない。町の中心地区では、2.2メートル前後の盛り土が急ピッチでされていますが、造成が完成し住宅を建築できるまでに、2年かかる場所もあります。14.5メートルの防潮堤ができたとしても、東日本大震災で起きた津波は最大25メートルの高さになり防潮堤を超え、約2メートル浸水するというシミュレーションに基づき、中心地区の盛り土は計画されました。しかし、防潮堤が壊れないとの保証はないのです。
さらに追い打ちをかけるように、建築費が高騰。震災前は坪40万円で建てられた住宅の建築費が、坪約80万円になってしまい、住宅の自立再建を諦めて内陸の花巻、盛岡への転出者が続出しています。
その上、公共工事からの収入は月平均20万円、水産業は平均13万円という現状のため、公共事業に雇用が流れ、水産業に人が集まらない状況です。防潮堤や道路建設の公共事業が民間を圧迫している現実の前に、住民の苦悩が深まっています。
三陸の豊かな自然、山と海の幸は、私たち日本人が失ってはならない財産だと思います。日本人の心の原点のような三陸。自分たちの町を自分たちで守ろうとする住民の意地とプライドに溢れたこの土地に皆さんが行って頂ければと思っております。この土地と人の魅力を伝えていくこと、それがこの映画を通して私にできることではないかと思っています。(了)

ドキュメンタリー映画『赤浜ロックンロール』http://www.u-picc.com/akahama_rocknroll/

第380号(2016.06.05発行)のその他の記事

ページトップ