Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第380号(2016.06.05発行)

海事産業の重要性を認識してもらうための活動

[KEYWORDS]海事産業/学習指導要領/実践授業
一般社団法人日本船主協会常務理事◆田中初穂

小学校の学習指導要領における海事産業に関する説明は、「海の日」が国民の祝日になった1996年と比べると、「国民生活を支える」産業から、「生産地と消費地を結ぶ」産業などへと表現が大きく変わってしまった。
昨年9月海事7団体が連名で文部科学大臣宛に、学習指導要領に海事産業の重要性を盛り込んでいただくよう要望を提出した。
(一社)日本船主協会は海事関係団体と連携して将来の海事産業のために、一般見学会や小中学校での実践授業を開催していきたいと考えている。

学習指導要領にみる海運産業

1996(平成8)年から「海の日」が国民の祝日になった。祝日化されるまでは、海事団体全体で署名活動を展開したり、各所でさまざまな催物を開催したりと、少なからず、海事産業のことが知られていたのではないかと思われる。
当時の学習指導要領の小学校5年生の地理には、運輸産業について以下のような記述があった。
「(3)わが国の運輸、通信などの産業の現状に触れ、それに従事している人々の工夫や努力について理解できるようにするとともに、国民生活を支えるこれらの産業の意味について考えることができるようにする。(中略)わが国の陸上、海上、航空などの運輸業や主な貿易相手国と輸出入の品目などについて、地図や地球儀、資料などで調べて、わが国の運輸業の働きや貿易の特色について理解するとともに、これらの産業に従事している人々の工夫や努力に気付くこと。」
ところが、この記述は時代とともに変遷し、現状においては、わが国の農業や水産業、工業生産について調査し、それを支える運輸に関して考えるという記述になっている。
このように海運は「国民生活を支える」産業から、「生産地と消費地を結ぶ」産業などへ、あまりにも大きく変わってしまった。学習指導要領は概ね10年毎に改定され、教育の基本方針であり、教科書の改訂にも重大な影響を持っている。このため、残念ながら、現在の小学校の教科書には、海運あるいは物流と言う言葉も取り上げられていない。そればかりか、「海洋立国」として発展してきたわが国の立ち位置が全く触れられておらず、「海洋立国」という言葉は単なる島国という記述にとどまっているように思える。
他方で、海洋基本法に基づく海洋基本計画において、海洋教育の重要性が指摘されているにもかかわらず、このような記述にとどまったままとなっているのは、何とも悲しい限りだ。まさに失われた20年だ。これを取り戻すべく、昨年9月海事7団体が連名で当時の下村博文文部科学大臣宛に、学習指導要領に海事産業の重要性を盛り込んでいただくよう以下のポイントを要望した。
①わが国は資源に乏しく、貿易物資の99.7%(重量ベース)が、船舶によって海上輸送されており、海洋国家日本の経済・国民生活を根底で支えている。
②国内における物流においても、全体の約4割(輸送量×輸送距離ベース)を内航海運が担っており、特に鉄鋼、石油製品などの長距離大量の産業基礎物資輸送は、船舶でなければできない。
③離島航路はわが国にとって重要な離島の住民生活を支える重要かつ不可欠なものである。
④わが国造船業の新造船供給量が世界に占める割合は約3割に達し、増え続ける世界の海上輸送を支えている。特に、最先端の技術力により建造された環境・安全面で優れた船舶は、わが国海運はもちろんのこと世界中から高い評価を得ている。
⑤港湾は、海運を支えるとともに、わが国の国際競争力、ひいては国全体を支える重要なインフラである。

一般見学会や小中学校での実践授業

■見学会では子供たちに船をみてもらった
■石炭船のブリッジも見学会では公開した

教科書へのこれらの記載の実現に向けて、今後、海事関係団体と連携して次のような活動も併せて実施していきたいと考えている。
ひとつは、一般の方々に、船や造船所、港湾などを少しでも身近に感じてもらうための見学会などの機会の提供だ。2015(平成27)年は「海の日」が20回目の節目を迎えたことや「IMO世界海の日パラレルイベント」がわが国で開催されたこともあり、政府や自治体、民間団体が連携した「海でつながるプロジェクト」に各海事団体が参画し、各種のイベントを開催した。当協会は会員企業や関係団体の協力を得て、商船の一般公開をはじめとする見学会を実施し、延べ2,000人近い方々に参加いただいた。2016(平成28)年度はさらに多くの人に見てもらうべく、各地でこれらのイベントを開催できればと考えている。
もうひとつは、「海事産業の重要性」を盛り込んだ小・中学校における社会科授業の実践の働きかけだ。日本には造船所、舶用工業などの海事産業が集積した、いわゆる「海事都市」が存在する。また、非常に多くの港があり、その周辺には倉庫などの関連施設も固まっている「港湾都市」と呼ばれているところもある。
当協会は2年ほど前から、これらの都市において、身近にある海事産業を題材とした社会科授業の実践を働きかけている。単にお願いするばかりではなく、各地の教育関係者から助言をいただきながら、授業を実践するために必要なデータや資料を提供するなどの取り組みを続けた。
この成果によって、昨年、はじめて呉市の中学校で海事産業を取り入れた授業が実施された。これを皮切りに、尾道市や呉市の小学校社会科の授業において海事産業が取り上げられた。

■呉市の小学校における授業風景

両校とも、「わが国の工業生産を支える運輸などの働き」に関連して「船の役割」を取り上げたもので、呉の小学校では、輸送船の種類や1回の船が運んでくる原材料の膨大な量について学び、さらにはタンカーを例に、外国から運んでくる原油からどのような石油製品が作られるか、また、タンカーが来なくなったら日本はどうなるか、について生徒たちが真剣に考え、海洋国家である日本にとっての船の重要性が十分理解できたのではないか。尾道市の小学校では、わが国の貿易の特色と輸送手段についてから入り、輸送手段の99%以上を船に頼っている理由を生徒たちが考えることによって、同じように船の大切さが理解できたと思われる。さらに、私たちの生活に必要な物の多くは外国からの輸入に頼っていることから、多国との平和で友好的な関係を将来も継続していかなければならないなど、海洋国家として進むべき方向性などにも触れられていた。

将来の海事産業のために

今後、一人でも多くの先生や生徒に海事産業を知ってもらうためには、やはり船や造船所や港湾施設などの現場を実際に見ていただくことが必要ではないか。さらには、船長や造船所の技師、ガントリークレーンの操縦者などの現場の専門家による出前講座の提供などを組み合わせていけば、より大きな効果が期待できると考える。
2050年には日本の人口が9,700 万人にまで減少すると試算されている。その頃、海事産業の規模はいったいどうなっているのだろうか。また、日本は海洋国家として繁栄しているのだろうか。その答えは上記の活動の先にあるように思う。(了)

第380号(2016.06.05発行)のその他の記事

ページトップ