Ocean Newsletter

オーシャンニュースレター

第378号(2016.05.05発行)

海洋生物多様性の危機と持続可能な海洋経済

[KEYWORDS] 海洋生きている地球指数/海洋総生産/持続可能性
(公財)WWFジャパン自然保護室長◆東梅貞義

海洋生きている地球指数(海洋LPI)の算出によると、2010年の海洋LPIは1970年に比べてマイナス49%と低下しており、海洋生物多様性が大きく減少していることが明らかにされた。
一方、海洋総生産(GMP)の算出により、一年間に海洋が生み出す経済的価値は2.5兆ドル日本円で300兆円に達し、海の生物多様性や生態系の危機は、人間社会の経済危機と捉え直して対処する必要性を物語っている。

データから見る海洋生物多様性の危機

■図1 海洋生きている地球指数(海洋LPI)
出典:「生きている青い地球レポート」(2015)

WWFは、2年に一度『生きている地球レポート:Living Planet Report』※1を発行し、世界全体での生物多様性のトレンドを1998年以来継続して発信している。哺乳類から魚類までの多様な生物のトレンドを表すために、「生きている地球指数(LPI:Living Planet Index)」※2という指数を開発した。2014年に発表したレポートでは、LPIは、3,038種の脊椎動物の10,380個体群データを元に算出した。2010年のLPIと最も古い1970年のLPIとを比べると、マイナス52%であった。これは、40年前と比べると世界の生きものの数が半減したという、非常に急激な減少が起きていることを指し示している。

■図2 報告書「生きている青い地球レポート〈海洋編〉」

2015年には、初めて海洋に特化した『生きている地球レポート(海洋編)』(図2)※3をWWFは発表した。レポートでは、海洋LPIを、脊椎動物1,234種の5,829個体群データを元に算出した。2012年の海洋LPIは1970年に比べてマイナス49%と、大きな減少が海洋生物でも起きていることをデータから明らかにした。
これらの海洋生物多様性の危機は、生きものや自然環境の危機だけではなく、人間社会の危機でもあることを示すLPIデータも出されている。地域経済にとってまた食糧として重要な魚種であるサバ科の17種58系群(個体群)の海洋LPIは、2010年現在1970年比マイナス74%に達していた。水産物として重要なサバ科の魚の豊かさが、4分の3までもが失われたと捉えられる。
大規模に失われているのは、実は生きもの数で表される海の豊かさだけに留まらない。
すべての海洋生物種の約25%が生息すると推定されている生きものの宝庫サンゴ礁生態系が、大規模な劣化と消失の危機に直面している。最近の研究によると、1970年代から現在まで太平洋・インド洋、カリブ海では、造礁サンゴの被覆度が下がり続けている。世界のサンゴ礁の4分の3はさまざまな脅威にさらされており、その面積は過去30年で半減したとの研究結果も出ている。また、人間社会にさまざまな恵みをもたらしている藻場も、世界各地で減少傾向を示している。世界全体で1879年以降に失われた藻場の消失状況を推計した研究では、これまでに世界で29%が失われたとの推計結果を算出した。

海洋経済の劣化と海洋の危機

海の生物多様性と生態系の危機が続く中、今一度人類が海から得ている経済的な価値の大きさを地球規模で把握し直し、海洋経済の復興という観点で世界的な取り組みを促す動きがある。WWFは2015年に『海洋経済の復興』という報告書を発表した。中心となるメッセージの一つが、海のGDP、「海洋総生産 (GMP:Gross Marine Product)」の算出である。一年間に海洋が生み出す経済的価値を算出した結果、2.5兆ドル、日本円で300兆円(1ドル120円換算)に達することが明らかにされた。これには、水産業、観光業、教育的価値、海運、二酸化炭素吸収源、バイオテクノロジー上の価値までも含む総合的な経済価値である。この額は主要国のGDPと比べると、世界で7番目に相当する規模である。
同レポートでは、「グローバル海洋資産(Global Ocean Asset)」という捉え方も提唱している。世界全体での海洋資産総額は24兆ドル(2,880兆円)と試算された。この額は、生態系サービスの多くが経済価値換算に困難なため除外され、相当低めに見積もっている。直接海から得られる漁業やマングローブやサンゴ礁や藻場といった資産は、6.9兆ドル(828兆円)の価値があるとされ、貿易や運輸に重要な役割を果たす海路の価値5.2兆ドル(624兆円)を上回っていた。
さらには、海洋総生産の内3分の2の創出は、海洋生態系が健全に保たれることに依存していることも分かった。つまりは、海の生物多様性や生態系の危機は、人間社会の経済危機と捉え直して対処する必要性を物語っている。

持続可能な水産物普及

日本は世界的な海洋経済国家であることがこれまでさまざまなデータから示されている。なかでも、海洋生物多様性と漁業の持続可能性に大きな影響を及ぼす日本の水産業は、これまでも世界から注目を集めてきた。FAO(国際連合食糧農業機関)の2012年の報告によると、日本は海洋漁業生産国としては漁獲トンで現在も世界第6位(約5%)、水産物輸入国では輸入額で世界第1位(14%)を占めている。そのフットプリント※4の大きさから、日本による水産物の持続可能性への取り組みは世界から常に注目を浴びている。
日本で最近高い関心を呼ぶようになってきているのが、2020年に東京で開催されるオリンピック・パラリンピック大会のレガシーとしての、持続可能な社会構築であり、その取り組みの一つである水産物の持続可能な調達である。2012年ロンドン大会は、持続可能性計画を初めて策定し、水産物では国際認証制度MSCを活用した。2016年リオ大会は、水産養殖認証制度の利用の取り組みを拡充している。東京大会は、水産物生産大国としても輸入大国としても持続可能性向上への役割が期待されている。この機会を日本の水産物の生産者から流通を含め消費者まで最大限に今後5年間で生かせるかどうかが、日本が海洋経済大国として世界に大きく貢献し存在感を示せるかどうかの試金石となる。(了)

  1. *1『生きている地球レポート:Living Planet Report』 http://www.wwf.or.jp/earth/
  2. *2生きている地球指数(LPI:Living Planet Index)=地球上の生物多様性の豊かさを示す指数で、世界各地の陸域、川や湖などの淡水域、海洋に生息する、3,000種以上の野生生物の10,000以上の個体群データを元にし、個体数がどれくらい減少したかを計算したもの
  3. *3生きている地球レポート(海洋編) http://www.wwf.or.jp/activities/2015/10/1284101.html
  4. *4フットプリント(エコロジカルフットプリント)=人類が環境や資源を消費することによる、自然界への圧力を示す指数。

第378号(2016.05.05発行)のその他の記事

ページトップ