Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第377号(2016.04.20発行)

「海なし地域」で実施できる「塩づくり教材」

[KEYWORDS]海なし地域/海洋教育/製塩
金沢大学大学教育開発・支援センター教授◆垣内康孝

海洋教育をひろく日本全体で実施するためには、海から離れた「海なし地域」の学校で簡単に実施できるコンテンツが求められ、その要件は「海なし地域であればこそ海を授業で取り扱う必然性」「教科学習内容との関連性」「省スペース&省コスト」の3点を満たすことと考えます。今回、その一例として、蒸発皿と少量の海水を用いて小学校理科室で簡単に実施できる塩づくり教材を紹介します。

海なし地域で実施できる海洋教育教材

2007年に制定された海洋基本法では第28条で海洋教育について定められており、学校教育において海洋教育を推進するよう述べられています。また海洋基本法を踏まえて決定された海洋基本計画では「小学校、中学校および高等学校において、学習指導要領を踏まえ、海洋に関する教育を充実させる」など、海洋教育の具体的な取り組みが述べられています。わが国が歴史的に海洋に強く依存した文化・経済であることを考えると、2007年になってようやく基本法が制定されたことは意外にも思えますが、ともかく海洋教育を進めるための法的な基盤が固められつつあります。
しかしその一方で、学校における海洋教育の実施は十分ではありません。大きな原因のひとつが「海への遠さ」です。海にどのくらい容易にアクセスできるかが海洋教育の実施率に大きく影響することが調査から明らかにされています。日本全国では海へのアクセスに電車やバスを必要とする学校が大半を占めており、海洋教育を広く普及させるためには、海なし地域で海洋教育の実施率を高めることが必要です。そしてそのためには、海なし地域で容易に実施できる「海洋教育コンテンツ」を開発しなければなりません。海洋教育コンテンツは次の条件を満たすことが求められます。

  1. 1.海なし地域であればこそ、海を授業で取り扱う(児童・生徒の納得のいく)必然性を持つこと=海なし地域に住む多くの児童・生徒にとって海は強い関心の対象にはなりえません。そのような状況で授業で海を取り扱うためには子供たちが海を「自分事」にする強い動機付けが必要です。生活に密接に関係し、できれば海の恩恵を感じることのできるコンテンツであることが必要です。
  2. 2.教科学習内容との関連性を持つこと=教科で海を取り扱う場合、その教科の学習内容と密接に関係し、学びを深めることのできるコンテンツであることが必要です。
  3. 3.省スペース&省コストであること=普遍的な問題として、学校には予算もスペースも余裕がありません。そこで特別の教具を要さずに実施できるコンテンツであることは普及の大きなポイントです。学習に用いる材料(海関連の資源)も、安価または無料で利用できる、あるいは不要であることが必要です。

これらの条件を満たす〈海洋教育コンテンツ〉を開発することが普及の鍵であると考えます。

蒸発皿を用いた塩づくり法

塩づくりの実践授業

上記の条件を満たすコンテンツとして、筆者らは「海水からの塩づくり」に着目しました。塩は最もよく使う調味料のひとつで子供にもなじみある物質で、私たちが海に依存して生活していることを象徴的に示す格好の素材です。また、家庭科では調味料として塩(食塩)を取り扱い、理科では物質の溶解や溶液を学ぶための素材として多くの場合に食塩が用いられています。塩作りは学校教材として取り扱われる例もありますが、施設に出掛けたり、学校であっても塩田や大きな煮釜を用いたりするなど本格的で、大量の海水を必要とします。海から離れた学校では実施困難な内容です。

塩作りで重要なのは「ニガリ」の除去です。にがりは文字通り、大変に苦く、また主成分であるマグネシウムは摂り過ぎると下痢などの症状を起こします。そこでニガリすなわち苦味のある塩化マグネシウムを、溶解度(物質の溶けやすさ)の違いを利用して分離する方法・器具が必要です(図1参照)。古来からの塩づくりでも様々な知恵が絞られてきました。
筆者らは、塩作りを簡便に理科室で実施する方法の開発を試みました。用いるのは理科室に必ずある道具、蒸発皿です。蒸発皿は「物の溶け方」の学習で溶質を蒸発乾固するために用いられますが、複数の溶質を分離するための道具ではありません。そこで、蒸発皿を用いてニガリを分離する方法を考案しました。ポイントは蒸発皿を傾けて用いることです(図2参照)。
蒸発皿を傾けて設置し、海水を入れて十分に弱い火力で熱します。海水は沸騰することなく対流で撹拌されながら蒸発していきます。徐々に溶質の濃度が高まり、溶解度に達した溶質から析出します。このとき、蒸発皿を傾斜させているため、蒸発皿の位置によって海水の深さに差が生じ、結果として結晶の析出が蒸発皿全体で均一になりません。具体的には、上方の部分ほど早く干上がり、下方ほど遅くなります。図2では結晶の析出が左から右に進んでいきます。このことと、海水に含まれる物質により溶解度が異なることから、蒸発皿の位置により析出する溶質が異なるという結果になります。

■図3

小学校で標準的な蒸発皿を用いて、5ミリリットルの海水を蒸発させた結果が図3です。白い帯に見えている部分は主として塩化ナトリウムです。一方、右端は帯が抜けたように見えますが、ここに溶解度の大きい塩化マグネシウム(ニガリ)等が析出しています。乾固に要する時間はおよそ10分です。つまようじ等で結晶を剥がして舐め、味の違いを感じることもできます。

学校現場での実践

この方法は教員研修等で紹介し、東京都内の公立小学校でも実践しました。カセットガスコンロや色付蒸発皿等、必要な教具は各学校の所有物で済みました。海水は大学から提供しましたが、クラス全体で50ミリリットルあれば足りました。児童は興味を持って実験し、およそ3分の1で図3のような縞模様の結晶を得ました。「海水にさまざまな種類の物質が溶けていること、それを分離して取り出せることに驚いた」という感想を述べる児童もいました。45分の授業時間内に実践でき、児童の興味関心を引き出すコンテンツであることが確認できました。また、蒸発皿を用いて溶けているものを取り出す作業が、理科における単なる確認作業ではなく、生活に生かされた重要な技術であることを実感できる等、さまざまな学びの要素を持つ教材であると考えます。 今回ご紹介したのは、「生活に密接に関係する」「教科学習内容と関連を持つ」「省スペース&省コストである」との条件を満たすと考えるコンテンツの一例です。このようなコンテンツをさらに増やしていくことが、海なし地域での海洋教育実施率を高め、海洋教育を安定して根付かせるためのポイントであると考えます。(了)

  1. 日本財団/海洋政策研究財団:小中学校の海洋教育実施状況に関する全国調査, 2012
  2. 本原稿の内容は、お茶の水女子大学・サイエンス&エデュケーションセンターに在職中に実施したものです

第377号(2016.04.20発行)のその他の記事

ページトップ