Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第35号(2002.01.20発行)

「イルカの学校」の活動を通じて~メコン川のイルカと環境保護への提言

HAB研究所所長、東京水産大学地域共同研究センター客員教授、東京大学大学院農学生命科学研究科研究員◆岩重慶一

長引く内戦のため絶滅の危機に瀕していた、カンボジアのメコン川に棲息するイラワジイルカ。ボランティアグループ「HAB21」は、1996年に現地でイルカの調査活動を開始後、地道な活動を行いながら1999年には現地にイルカの学校「HAB21センター」を設立した。イルカの棲む自然を守りながらの村づくりを目指した精力的な活動が続けられている。

なぜ私たちが、カンボジアでイルカ保護センターを設立したか

イルカ学校
カンボジアの「イルカ学校」の前で。左から4人目が筆者

1991年の春、私は信託銀行に務めながら、少年時代に鹿児島の錦江湾で一緒に遊んだイルカを思い、今の子どもたちにも見せたいと、志を同じくする高校の同窓生たちと「HAB21イルカ研究会」を設立(HABは、Human Animal Bond~人と動物の絆~の略、21は二一世紀へ向けての意味)した。

私たちは横浜や鹿児島や御蔵島で「イルカの学校」を開き、イルカの研究者や水族館の専門家に学び、子どもたちと御蔵島のイルカと泳ぎ楽しみながら、人とイルカの関わりを勉強してきた。そして、イルカの棲む自然を守りながらの村づくりと観光を訴え続けてきた。こうして、少しずつ「HAB21」の活動範囲を広げるうち、私たちはカンボジアのメコン川に棲息する「イラワジイルカ」の存在を知った。このイルカは長引く内戦でまさに絶滅の危機に瀕してた。しかも研究どころか保護活動などだれも手をつけていなかった。私は、内戦でプノンペンの町でも銃撃戦がまだある1996年から現地調査を開始した。

私たちは、集会を開き、イルカ保護の大切さを現地の人に伝えた。海外の人にイルカを見せて観光につなげていけば収入に繋がり、御蔵島と同様に、メコンの村おこしに役立ち、メコン川の自然環境保存のシンボルになることなどを訴えたのだ。

97年末には、現地で国際イルカ会議を開きカンピー地区を保護区に設定することに成功。その後、航行する船の交通整理や密漁を取り締るためパトロールボートを提供。ポスター看板の製作から設置まで現地の人とともに働いた。私は、ダイナマイト漁法禁止や密漁防止のキャンペーンとして絵本「おでこちゃんとイルカの願い」を出版、40才を過ぎて初めてイルカと泳いで感じたことや、毎年汚くなる海を見て悲しくなったことなどを好きなイラストで表現して描いた(なお、この本を出版した後、「人とイルカの関わり」について科学的に勉強するため、私は東京水産大学大学院に社会人入学し、資源管理学の修士号を取得した。現在も、東京大学大学院農学生命科学研究科の研究員としても研究を続けている)。

そして、2001年6月30日、メコン川に面するクラチェに、イルカの学校「HAB21センター」を設立した。センターの完成でいよいよ具体的な行動プログラム「2002モイモイ(カンボジア語で「ゆっくり」の意)プロジェクト」が始まる。

モニュメント イラワジイルカ
左)カンピー地区保護区のモニュメント
右)カンボジアで保護されているイラワジイルカ

これからの環境保護には、経済活動、地域活性化とのリンクが必要

わが国は高度経済成長下、生産性の向上と拡大再生産によって経済発展をしたが、バブル崩壊後は株も低迷、「失われた10年」といわれるように、金融改革と不良債権の問題はいまだにその処理が停滞し、経済は最悪のデフレ状況を呈している。一方、環境を見渡すと、ゴミ戦争、複合汚染、内分泌撹乱物質、狂牛病、酸性雨、温暖化、有機スズ化合物、ホルマリン、抗生物質、有機塩素化合物などによる様々な難問が山積している。

絶滅した「トキ」や「イルカ」を例にあげるまでもなく、野生動物の累代繁殖は動物園や水族館での飼育だけでは限界があり難しい。野外での飼育であっても、飼育場所だけの環境保全を論じても足りない。その地域全体環境を対象にしなければならない。私は、イルカを守るためにも各自が所属しているフィールドから出て行って地域の人たちと力を合わせて、皆が良かったと喜ぶことを考え出し、しかも実践しなければならないと考える。

その実践として、私は自ら銀行に勤めながら仲間たちと行動しHAB21市民グループを設立、地域活性化の市民提言者の一人として動いてきた。その活動の内容は、一言で言えば、子どもたちの教育をベースとした「人と生きものとの共存共栄」だ。

多くの場合、生産者側からみて経済価値が高いものは、自然環境保全に反することがほとんど。イルカも水質汚染問題も利害が相反する漁業者との対立がある。しかし、自然を守ることが経済的な利益をもたらすことを実証してみせれば、自然を壊している人たち、つまり開発側を説得することは十分可能である。私が大学院で書いた論文は、私の考えと活動を理論的に証明することを目的に、信託銀行員として公益信託の考え方もイルカと自然保護に取り入れて、地域振興モデルをつくり地域の経済活動に役立てるというものだ。イルカの保護には、地域の活性化と経済的利益への取り組みが必要なのである。

自然保護の根底に必要なのは「他の生命への思いやり」

「がむしゃらな生産性向上の前には『いたわりの気持』など邪魔なもので、その結果が環境破壊、自然環境の悪化につながった」と指摘されている。確かにその通りで、メコン川イルカや自然の保護の前に、人間に対しても自然に対しても「お互い様」という思いやりの心が必要だと思う。自然保護の根底には、「他の生命への思いやり」がなければならない。そして、このような考えを実践したからこそ、今回クラチェに長年の夢が実現できたのだと思っている。

なお、HAB21の活動に対して、横浜市から国際環境市民活動賞、神奈川県から地球環境賞が贈られている。さらに今回、カンボジア政府から国際環境貢献賞とフンセン首相から感謝状も贈られた。センターの設立には私も資金提供しているが、活動を支えてくれた日本とカンボジアのイルカ大好き仲間の情熱と、イルカの専門家たちが指針を示してくれたからと感謝している。

カンボジアでこれから取り組みたいのは、メコン川を丸ごと「水族博物館」のように活用し、その魅力を世界の人に再発見してもらおうという「イルカ保護区リバーミュージアム計画」だ。HABセンターを最初の現地情報拠点として充実させ、クラチェ流域を対象に、メコン川の持つ価値を共有し、ともに学べるシステムづくりを目指し、地区ごとに情報収集・提供を行うITを駆使した現地情報拠点を順次整備していきたい。道は長いが、「モイモイ」と歩き続けていきたいと思っている。私は昨春、銀行を辞めている。これまで以上に自然保護のボランティアに専念するためだ。環境・イルカのアセス作りやエコツーリズム興しの戦略をより具体的に練りメコン川の人々と教育という原点を忘れず、私たちが作った「イルカの学校」でカンボジアと日本の子どもたちの人間づくりに専念したいと思う。

なお、1月末には、私の執筆した「ぼくたちは、イルカの学校を作った」という本が出版される。この本はこれまで多くの仲間たちとともに多くを学び実践してきた小さな市民の環境とイルカへの提言書だが、私は「心の豊かさはお金で買えない」と「人の健康のためには自然が必要」を念頭にこれからも、「人とイルカの共存共栄」を目指して活動を続けていきたい。(了)

HAB21「イルカの学校」の活動については、次にお問合せください。

● 電話:045-772-9225

● e-mail: hab21@dab.hi-ho.ne.jp

● ホームページ: http://www.dab.hi-ho.ne.jp/hab21/

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