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オーシャンニューズレター

第335号(2014.07.20発行)

第335号(2014.07.20 発行)

海洋法条約発効20周年ー海洋秩序の将来

[KEYWORDS]国連海洋法条約/未完の条約/国際管理
明治大学法科大学院教授◆奥脇直也

海洋法条約発効後20年の間に、海洋利益の対立が強まるなど、想定外の事態が多発し、沿岸国と海洋利用国の微妙なバランスが随所で綻びを見せ始めている。
海洋環境は地球環境の重要な一部であり、海洋資源をどう管理し海洋環境をどう保全するかは、将来世代に対する現代世代の責任である。海洋管理のためには国際協力が不可欠となっている。

海洋法条約と海洋秩序の不安定化要因

海洋法に関する国際連合条約(以下、海洋法条約)が発効してから20年が経った。同条約は「海の憲法」ともいわれて、海洋秩序が安定化することが期待された。海洋紛争は一部の制限または除外を除いて、裁判による解決が義務づけられ、国際海洋法裁判所(ITLOS)も創設された。しかし条約の発効後、海を巡る諸国家間の利害の対立はむしろ激化している。なぜそのようになったのであろう。海洋資源、海洋環境をめぐる海洋法条約の将来を考えてみたい。
海洋法条約に特徴的な制度として、排他的経済水域(EEZ)と深海底制度がある。前者は沿岸国の管轄権を拡張して海洋管理を促進しようとする。後者は深海底を「人類の共同の財産」として国際的な管理を強化する。両者はその思想も仕組みも異なる。EEZは海洋秩序を海域区分により実現しようとするから、沿岸国の管理権と他の海洋利用国の利益との複雑な調整問題を発生させる。海域の境界画定という厄介な問題が従来以上に深刻化する。200カイリの外に残された公海における漁業の自由は維持される。しかし、海域は一体であり人為の境界とは無関係に回遊する魚種がいる。魚が公海に出たところで無責任に漁獲されれば、沿岸国の資源管理措置は効果を失う。だからといって公海漁業を一律に禁止することに合意できるわけでもない。そこで地域漁業管理機関(RFMO)による国際管理の強化が必要となるが、RFMOの措置とEEZ沿岸国の保存措置の調整という問題も生じる。要するに海洋管理の責任を個別国家に任せるか、国際基準による国際管理を優先するかという問題である。
海洋法条約は深海底の開発を鉱物資源に限って国際管理の下に置く。海底遺伝子資源については何も規定していない。鉱物資源は再生不能で消尽性をもち、また無秩序に開発されれば、同種の鉱物を陸上で開発している国の経済が大混乱する。他方で公海海底のままでは鉱区を探索する先行投資が保護されない。そこで合意された深海底制度の枠組が、性質の異なる遺伝子資源についてうまくいくはずもない。遺伝子資源を利用した医薬品の特許が「人類の共同の財産」の概念とどう調和するのかという南北問題も再燃しそうである。
海洋環境について海洋法条約は一般的な規定を置くほか、船舶起因汚染について新たに国際基準と合致した法令の執行に限って、一定の場合に寄港国あるいは沿岸国による取り締まりを認めた。国家の執行権を国際管理の下においたともいえる。この国際基準は国際海事機関(IMO)が策定したものが想定されており、諸国が合意すれば随時付加修正される。合意しない国に対してもこの執行措置は対抗力をもつ。もっとも国際基準が緩いと感じる国が、一方的に独自の基準を設けて入域拒否や入港拒否をする場合も生じる。それがIMOの基準の改正を促進する場合もある。海洋汚染の主要な原因である陸起因汚染の規制の方式は、地域海洋環境条約の発展を待つ以外にはない。

海洋法条約と地球環境保護

■ITLOS(国際海洋法裁判所)と柳井俊二裁判所長

海洋法条約の多くの規定は、海域を定めた上で、それぞれにおける沿岸国と旗国の管轄権の調整を行っている。調整の中身は国家間での相互調整の実行の蓄積を経て順次確定する。EEZについての「未帰属の権限」(第59条)の規定だけをみても海洋法条約は「未完結の」開かれた条約である。海域利用の発展から生じる問題は、国家および国際社会全体の利益を考慮して衡平の原則に基づいて解決されなければならない。条約はまた随所で海洋利用国に国際機関または地域機関の基準や規制を通じて活動することを求めている。とくに国際社会の共通利益の実現に関連する規定についてそうである。そこでは海洋法条約は「枠組条約」として機能する。しかし、その枠の外で締結される条約の規律が海洋法条約の実効確保の仕組みと整合するとは限らない。海洋利益の対立が強まって条約締結のコストが高くなると、既存の条約の解釈を拡張したり、本来の趣旨と合致しない規定を新設したりすることで新たな問題に対処する場面も増える。テロ対応の必要上、海上人命安全条約(SOLAS)には港湾が含められ、海洋航行不法行為防止条約(SUA)に大量破壊兵器の輸送罪を新設するような場合である。ソマリア海賊の場合には国連決議を背景に伝統的な「海賊」とは異なる対応がなされる。
海洋法条約の発効と前後して、多数国間の地球環境保護のための人類の努力が進められた。1992年のリオ地球環境会議の成果文書Agenda 21は、海洋環境の保全および海洋資源の持続可能な開発などに一章を設け、Rio+20のFuture We Wantでもそれが強化された。海洋酸性化や海水温上昇などによる海洋生態系や生物多様性の危機が叫ばれ、国際的管理の必要への認識がますます高まっている。そうした中で国際管理機関相互の間の綱引きも生じる。マグロやウナギなどの商業魚種資源がワシントン条約(CITES)の絶滅危惧種に指定する動きが生じる。国際捕鯨委員会(IWC)の手続に沿って行われる調査捕鯨も、調査の合理性の説明責任が果たされていないという理由で差し止めを食らう。国際捕鯨取締条約が資源保存から鯨類保護の条約に変質しかねない勢いである。生物多様性条約の締約国会議は、沿岸海域の10%を海洋保護区(MPA)に設定する「愛知目標」を採択した。沿岸EEZ全域を海洋サンクチュアリに指定して商業漁業を禁止する国も現れてくる。管理能力を欠いたままのMPAは、EEZをさらに「資源領海」へと囲い込む圧力となりかねない。国際海峡も利用国が通航権の上に胡坐をかいていれば、いずれ環境保護を理由とする沿岸国の管轄権の拡張を生じさせないとも限らない。海洋法条約発効後の20年の間に、想定外の事態が多発し、沿岸国と海洋利用国の微妙なバランスが随所で綻びを見せ始めている。

管理のための国際協力

海洋環境は地球環境の重要な一部であり、海洋資源をどう管理し海洋環境をどう保全するかは、将来世代に対する現代世代の責任である。海洋の有効管理のためには国際協力が不可欠である。その第一歩は、海洋に関する人類の科学的知見を増やし、情報を共有することにある。人類は海洋で何が現に生じつつあるかについてあまりに無知である。知っていてもこれに向き合おうとしない。海洋に関する知識を大衆にわかりやすく伝え、今何をすることが必要かを客観的に判断する人々の能力を少しでも向上させて、それを各国の政策に反映させることが重要である。海の管理には本来ポピュリズムもナショナリズムも無縁である。(了)

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