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オーシャンニュースレター

第325号(2014.02.20発行)

第325号(2014.02.20 発行)

海と向き合う

[KEYWORDS]ダイビング/安全対策/海難防止
筑波大学大学院ビジネス科学研究科教授◆白田佳子

スクーバ・ダイビングのライセンスを取ったのは40歳を過ぎてからだ。それまでは毎年訪ねるハワイですら海水浴をするでもなく、「海は眺めるもの」と思い続けてきた。このような私が、ふとしたきっかけで海と向き合うようになった。海と向き合うことは、そう簡単ではない。そのことを理解してからさらにダイビングにはまっている。

ダイビング・ポイント

世界には有数のダイビング・ポイントがある。日本はもとより、アジアの海は魚影が濃く、世界中からダイバーが集まる。近年では中国、ロシアのダイバーも増えている。しかし私は、日本近海ではお目にかかれない大物を求めて、海外へ足を延ばす。バハマのシャーク・ダイブでお目にかかるサメは、アジアで見られる小さなホワイトチップシャーク等とはわけが違う。サメを誘き寄せる餌を入れた籠をもって潜行する身長2メートルはあろうガイドは、血のこびりついた金属メッシュのウェアを着ている。一方、われわれダイビング客は、特段の防備はしていない。大きなサメが横を通り抜けて行く際には、ほほにフィンが当たり圧巻だ。
また、100万平方マイルにも及ぶ、29からなるマーシャル諸島の環礁はすばらしく、当然日本には生息していない固有種の魚も多い。一方、ジンベエザメや、数百匹ものバラクーダ(オニカマス)の群れに会うのならマレーシア・シパダンの海だ。魚影の濃さのみならず、時としてボートから海に入った瞬間、水槽に放り込まれたような透明さに驚かされる。さらには絶滅危惧種でもあるハワイアン・モンクシールと潜るならニイハウ島近海だ。ハワイアン・モンクシールはすでに1,200頭から1,000頭しか生息していないと言われている。とにかく愛想が良い。時には、ダイバーのマスクの中を覗くような仕草を見せる。目があうとニコッと笑っているようにも見え、とても可愛い。海岸で昼寝する姿は、生きているの? と思うほど、微動だにしないのに、海の中での泳ぎのスピードはとても速い。ピンクのフィンやピンクのウェットをつけている人を見つけると、転がってみせたりする。
ちなみに、ケイマン諸島(ブラック・ケイマン)でも潜ったことがある。かつてヘッジファンドによる買収で話題となった日本企業の社外取締役に就任していた頃、そのヘッジファンドが本拠をかまえるケイマン諸島を一度見てみようと思ったという他愛もない理由からだったが。

海外でのマナー

■バハマのサメダイブにて。サメの歯を手に持つ筆者。

マーシャル諸島では、潜る前に半日サンゴに関わる講習を受けなければならない。マレーシアのマブール島では、数カ月前に潜っていても、1本目はチェック・ダイブを受けなければならない。ダイビングではサンゴや魚に触れることは当然御法度だが、ケイマン諸島では海に落ちている身のない貝殻の片われであっても、拾って船上に持ち帰ることは許されない。一般論では語れないが、私の経験では日本人経営のショップよりも現地のショップの方がこのようなマナーには非常に厳しい。また安全確保もしっかりしており、海から上がってからの点呼は毎回行われ、目の前にいても名前を呼ばれる。時としてパラオなどのダイバーの置き去り事故がネット上で紹介されていたりするが、海外の現地ショップでは考えられない。
当然、ダイブ毎に深度がチェックされる。オーストラリアでは、1本目の深度よりも2本目の方が深い場合には、3本目を潜らせない場合もある。アジアの現地ガイドは海軍等での深海作業の経験者も少なくなく、ダイビング・スキルは非常に高い。総じて日本人経営のショップよりもガイドの年齢は高く、20年近く毎年尋ねる海外のダイブ・ショップのほとんどは、スタッフやガイドの入れ替わりはない。年に一度の訪問でも同じ顔ぶれに会えるのは楽しみの一つでもあり、また安心でもある。

安全への配慮

■ホイッスル、ダイマーカー、ミラー、フラッシュライトといったダイビング機材

ダイビングは生死にかかわる非常に危険なスポーツだ。私がダイビングをスポーツとして好む点に、自己管理を必要とされることが挙げられる。よってさまざまな状況下において重大な判断、意思決定が自身に求められる。しかも、海の中では誰かに相談することもできない。DAN(Divers Alert Network)への加入は海外では当然であり、DANのメンバーカードを保持していないと潜れない場所もある。チャンバーなど一般の医療施設では対応できない治療には、一般の海外旅行保険は適用できずDANの加入が必須だからである。
私は、ダイビングをする際には、24時間は一人で海上を漂流することを前提としている。そのため、私のBC(Buoyancy Compensatorダイビング機材)にはライトやナイフ、カレントフックは当然のこととして、ホイッスル、ミラー、ダイマーカー(海面着色剤)、サメよけフラッシュ、蛍光ライト、そして2種類のフロート(水上用と水中用)、30メートルの深度からフロートを上げる滑車を常備している。ダイビングごとに、これらを十分にメンテナンスした上でBCに装備する。ただ、これまで私同様の装備で潜る人に出会ったことがない。少なくとも、ホイッスルやミラー、ダイマーカーは海では必須である。30センチの小さな頭が海で漂流していても、数メートル傍を通る船はもとよりヘリコプターからも、まず発見することはできない。これらを十分に認識した上で取り組めば、ダイビングほど心身ともにリラックスできるスポーツはない。人間が無重力を経験できる場所は宇宙空間と海の中だけなのである。
ちなみに飛行機に搭乗する際に、子供料金のため席を確保されず、大人の膝に座る子供のために、キャビン・アテンダントが予備のライフベストを配布する。夏休みなど、あまりにも子供の予約が多いと、空席があっても搭乗を断わられることがある。これは子供用のライフベストの数の制限からである。飛行機では、実際には何十万回に一度も起こるかどうかわらない不時着水を「常に」想定して、フライト毎に不時着水時のキャビン・アテンダントとパイロットとの任務、配置の確認を行う。飛行機に装備された不時着水用のボートには、ミラーやダイマーカー等が装備されている。また、キャビン・アテンダントは、不時着水に備えた訓練を定期的に受けている。若い頃、キャビン・アテンダントとして海外の空を飛びまわっていた私には、これらの装備なしに海と向き合うことは考えられない。飛行機では何が起こっても対応できるような準備が日常的になされている。ダイビングも同様である。必ず危険が伴うものであるという意識を持って臨むべきである。ダイビングではまずは「安きに寄りて危うきを思う」である。(了)

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