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オーシャンニューズレター

第325号(2014.02.20発行)

第325号(2014.02.20 発行)

フューチャー・オーシャンー持続可能な未来の海へ

[KEYWORDS]未来の海/持続可能な社会/トランスディシプリナリティ
総合地球環境学研究所 特任准教授◆高木 映

海を含む地球環境研究の新たな潮流として、国際科学会議(ICSU)を中心とした複数の国際機関が共同で新たな地球環境研究の枠組み「フューチャー・アース(Future Earth)」を提案している。
持続的な社会の構築を目指すこの枠組みは、海洋研究にとっても新たな刺激となり、未来の海(フューチャー・オーシャン)の構築が期待される。

「タラッタ!タラッタ!(海だ!海だ!)」

ギリシアの傭兵がペルシアでの戦争からの帰国の途で海をみて歓喜する場面である(クセノポン著『アナバシス』※)。タラッタ(θ´αλαττα)は古代ギリシア語で海の意だ。海が見えた時の喜びようがひしひしと伝わり、音の響きと共に非常に印象的なシーンである。海に面した半島に住むギリシア人ですらこの喜びようである。いわんや島国である日本の場合どうであろうか。四方を海に囲まれて海があることが当たり前であり、当然のように海の恩恵にあずかっているが、この恩恵を我々は未来永劫享受することができるのだろうか? 未来の海ーフューチャー・オーシャンはどうなっているだろうか?

フューチャー・アース

■フューチャー・アースのHP画像。フューチャー・アースでも沿岸を含む海洋は重要なテーマである。
http://www.icsu.org/future-earth より)

2012年の国連持続可能な開発会議(Rio+20)において、持続可能な社会の構築に向けた新たな科学研究の枠組みとしてフューチャー・アース構想が提唱された。中心的な提唱機関である国際科学会議(ICSU:International Council for Science)は各国の科学アカデミーや各学問分野を代表する国際学会等を取りまとめている国際組織であり、現会長はノーベル化学賞受賞者である李遠哲博士が務めている。フューチャー・アースはICSUの主導する4つの地球環境研究プログラムの統合を核として、社会変化を含む地球の変動を包括的に理解するとともに、研究者と自治体、企業、市民団体等(ステークホルダー)がそれぞれのディシプリンを超えて協働する事により地球規模課題の解決を図ろうとするものである。そのため多様なステークホルダーが研究の企画・立案の段階から実行まで一貫して参画することによって、社会が科学に求める要望を研究実施前から的確に汲み上げ、研究成果が社会に活用されるようにすることがフューチャー・アースでは強調されている。現在、2015年からの正式始動に向け、国際事務局の誘致やステークホルダーの代表となる委員の選出などが行われている。

トランスディシプリナリティ研究

■第一回のフューチャー・アース科学委員会の開催地となった南アフリカの海岸。南アフリカの雑誌によるとこの美しいビーチも地球温暖化の影響で消滅の危機にあるという。

フューチャー・アースの特徴として、とくに強調されているのがトランスディシプリナリティ(Trans-disciplinarity)である。これは文字通り、ディシプリンをトランス「越えて(超えて)」する活動である。近年よく耳にするようになった「学際」という言葉もあるが、これは英語でいうところのインターディシプリナリティ(inter-disciplinarity)に近く、こちらはディシプリンにインターという「間」とか「~同士」という意味の接頭語が付いたもので、ディシプリン間の共同とかディシプリン同士という言葉で、とくに研究に限って使った場合、それぞれの学問分野のディシプリンはしっかりと守りつつ、互いのいいとこ取りで研究をすすめられるわけである。つまりインターの場合自らの領域にとどまり、相手とキャッチボールをするような交流をしていればよく、それぞれの学問領域は平和なままである。
しかし、トランスとなると話は別である。他の学問領域が越境して自らの学問領域に踏み込んでくるわけである。自らの細分化された研究に没頭し、象牙の塔に籠っていた研究者としては、たまったものではない。しかもフューチャー・アースを特徴付けるものは学問領域だけの越境ではなく、他分野、例えば産業界や行政、市民団体、メディアなど社会を構成するあらゆる分野のステークホルダーとディシプリンの枠を超えた協働を明確に標榜していることである。
このような研究の枠組みを世界の科学を牽引するICSUが中心となり提唱しているということは、ある意味、科学者の敗北宣言である。たしかにこれまでの人類の発展は多分に科学の発展に負うところが大きかったのは間違いのない事実である。科学は確実に進歩したが、社会が抱える問題はより複雑化し、科学者だけでは解決困難な課題が次から次へと発生しているのが現実である。そこで、改めて科学と社会のあり方を見つめ直し、これまでの科学の弱みを認識したうえでそれぞれのディシプリンを超え、多様なステークホルダーと協働することによって問題を解決し、持続可能な社会を構築していこうというのがフューチャー・アースの取り組みである。ただし、社会が抱えるすべての問題に対して"フューチャー・アース的"な取り組みが有効に機能するとは考えにくい。実際には、従来型の科学のイノベーションによる問題解決との両輪として、ディシプリンを超えた協働によるフューチャー・アース的な問題解決による社会変革が推進されることが必要である。

フューチャー・オーシャン

海は地球環境を考える上で大きなウエイトを占めており、フューチャー・アースの取り組みは、海洋研究にとっても避けることのできないものである。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)でも指摘されているように、海洋は地球温暖化に伴う熱を吸収することや、温暖化の原因物質の一つである二酸化炭素を吸収し大気中の二酸化炭素濃度を低下させるなどして気候の急激な変動を抑制している。その結果、海水面の上昇や海洋酸性化等の影響が危惧されている。
フューチャー・アースではステークホルダーと協働でディシプリンの枠を超えた課題解決を目指すが、陸での人間活動によって生じる海洋での問題は原因と結果の距離が遠く、ステークホルダーが特定しづらいという大きな問題がある。また、海洋資源に関しても公海のようなオープンアクセスな場ではやはりステークホルダーが不明確になってしまう。ステークホルダーが不明瞭ということは、裏を返せば多種多様なステークホルダーが海洋問題に関与する余地があり、それぞれがディシプリンを超えた協働をしないと海の問題解決は難しいということである。
このような海洋の特徴を踏まえ「未来の海(フューチャー・オーシャン)」を考えた場合、持続的に海からの恩恵を享受し続けるもっとも重要なポイントは、海からの恩恵を直接的に感じていない多くの日本国民に海の重要性を認識してもらい、当事者意識を持ってもらうことだろう。そのために研究者は海洋研究の重要性をよりわかりやすく世間に伝える必要がある。国民は海の恩恵を受けたり、海を汚したりする利害関係者であるだけでなく、税金という形で研究費を出してくれているパトロンであることを研究者が再認識し、謙虚に研究の内容や成果をパトロンである国民にわかりやすく、丁寧に説明すべきである。
そして海洋研究者は海洋を研究して有益な知見を供給することはもちろんだが、まず自らが一ステークホルダーとして海のありがたみを再確認し、海に感謝すると共に畏敬の念を抱くことが素晴らしいフューチャー・オーシャンを構築するための最初の一歩なのかもしれない。海を見て感動できる未来の海を後世にのこすためにも。(了)

※ 『アナバシス』はギリシア語で海辺から内陸までの遠征を指す。古代ギリシアの軍人・著述家クセノポンがペルシア王の子キュロスが雇ったギリシア傭兵に参加した時(紀元前401年)の顛末を記した。

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