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オーシャンニューズレター

第323号(2014.01.20発行)

第323号(2014.01.20 発行)

沖縄から発信する「新しい島嶼学」

[KEYWORDS]島嶼学/問題解決型研究/「周縁」から「中心」へ
琉球大学国際沖縄研究所 所長・教授◆藤田陽子

「新しい島嶼学の創造」とは、従来「周縁」と捉えられてきた島嶼地域を主体的に捉え、劣位性を優位性に転換するとともに、世界の中での新たな位置づけを模索することによって、島嶼地域社会の安定と発展に寄与するための問題解決型島嶼研究を目指し、沖縄から世界に発信しようとする取り組みである。

島嶼研究の新たな展望

日本で唯一、島嶼のみで構成される沖縄県に立地しているという特性を活かし、琉球大学国際沖縄研究所では文部科学省特別経費プロジェクト「新しい島嶼学の創造-日本と東アジア・オセアニア圏を結ぶ基点としての琉球弧」(平成23~27年度)に取り組んでいる。沖縄をはじめとする島嶼地域の置かれている状況は、グローバリゼーションが進む近年において急速に変化している。本プロジェクトは、島嶼地域の個性や多様性を活かし、また、大陸や本土との新たな関係性を構築することによって島嶼地域の主体性を確保するための方策を導き出す問題解決型の島嶼研究を確立することを企図している。
「新しい島嶼学の創造」は、次の3つの研究フレームを柱として、島嶼地域・島嶼社会に関する学際的研究を推進している。「琉球・沖縄比較研究」は、足下の琉球・沖縄の研究の成果をもって、共通の課題を抱える他の島嶼地域の発展に寄与することを目的としている。「環境・文化・社会融合研究」は、自然と文化と社会・経済が密接に関連し合う島嶼社会の特性を明らかにし、島嶼型持続的発展に向けた具体的方策の導出を目指す。「超領域研究」では、歴史的に支配される側であった島嶼地域が現代の新たな国際秩序の中でその役割を変えつつある現状を踏まえ、島嶼地域がいかにしてグローバル社会の中での地位やイニシアティブを獲得するかという点について探求する。これらの研究に人文・社会科学・自然科学・工学・医学等、さまざまな分野からアプローチし、その成果を統合して島嶼地域の未来を展望することが本プロジェクトの目的である。

島嶼地域の優位性の発見と活用方法の提言

■国際シンポジウム「島と海」の様子(2013年10月27日)

■「新しい島嶼学の創造」概念図

本プロジェクトでは、これまで島嶼地域に共通するさまざまな課題について、国内外の研究者や実務家との議論を交わしてきた。その中で常に念頭に置いていることは、旧来の島嶼研究が繰り返してきた「大陸との比較に基づいた島嶼の劣位性から現状を再確認する」ことにとどまらず、島嶼地域の未来を切り開くための具体的方策を提言・発信していくということである。
「隔絶(遠隔)性」「狭小性」「脆弱性」とは、島嶼地域の特性を表すためによく使われる言葉であるが、これらはすべて大陸や本土との比較に基づいた表現である。たしかに数の論理を根拠にすれば、こうした特徴によって島嶼地域は劣位に置かれる。しかし、島嶼地域の側から主体的に捉えたとき、これらの特徴は優位性に転換することもできる。例えば、広大な海によって他地域から隔絶されてきたが故に、島の豊かな自然環境あるいは個性的な伝統文化や慣習が守り育まれ、今ではそれらが世界中の観光客や研究者を惹きつける力となっている。大陸から遠く離れているという距離感もまた、非日常を体験する魅力を増幅させる要素である。また、海は島と他とを隔絶する反面、島の人々の食糧や生業の源となっており、また多くの島々ではマリンレジャー・サイトとして活用されている。さらには、国連海洋法条約によって小島嶼国に認められた広大な排他的経済水域における航行権や漁業権は、国際社会において大国と対峙する際の重要な戦略ともなっている。
このように角度を変えてみれば、島嶼地域にも比較優位と捉えることのできる特性が数多く存在する。それらは先進国的な経済効率性とは距離を置くが、島ごとに異なる自然や文化に現れる個性や多様性、大陸や先進国にはない希少性といった、「オンリーワン」の価値となり得るのである。「新しい島嶼学」では、島嶼地域が世界に誇ることのできる価値を島嶼地域の持続的発展につなげるための方策を各分野の専門的知見を結集して提言しようと取り組んでいる。沖縄はもとより世界のさまざまな島嶼地域について研究を重ねながら、地域のコミュニティや人と人との絆の力を活用することによって持続的な沿岸水産資源管理を実現したり地域の生活習慣の改善を図って健康増進につなげたりするアイデア、地元の人にとっては当たり前の物や景色を独自の資源として掘り起こし、域外の人々のニーズとマッチングする工夫をこらすことによって観光や産業振興につなげた事例、お互いに隔絶されているからこそ育まれてきた島々の言語・文化・自然の多様性を島の個性と認識することによって島人としてのアイデンティティを確立する考え方、等々、さまざまな提案を発信し続けている。

グローバル社会の中での島嶼地域の存在

その昔、琉球王国の人々がそうであったように、島の人々は広大な海原をダイナミックに移動しながら他国・他地域との関係を築いてきた。交易を通じて経済的結びつきを強化するとともに、大国との政治的な関係を、時には強気に、時には従属を甘んじて受け入れながら維持することによって自国の平和と安定を図る戦略も持っていた。
では現代においてはどうか。あらゆる面でグローバリゼーションが進む現代において、他と無関係に存在できる地域はなく、小さな島国は、やはり大国からの影響を強く受ける側にある。エネルギー源や食糧の確保、気候変動への対応、中国の台頭や米国経済の弱体化などによる環太平洋地域の国際秩序の変化、人の移動のグローバル化と加速化による労働力の流出など、島嶼地域の対外関係に密接に関わる重要な課題は山積している。これらの問題を解決するには、経済援助や技術供与などを通した先進国との良好な関係が不可欠であるが、そこに過度に依存しない「自律」型の経済社会の構築を目指さなければならない。
一方で、国連海洋法条約による排他的経済水域の設定や、情報通信技術の飛躍的な発達などが、大国にとって「周縁」であり「脆弱」であった島嶼地域の位置づけを変えつつある。昨今の米国政府の「アジア・太平洋回帰」の傾向が一つの例であろう。その中で必死にしかし、したたかに、大国と渡り合い主体性を堅持しようとする小島嶼国の姿がある。世界が新しい秩序を模索している今、海によって結ばれている島々を「中心」に据え、島嶼社会がグローバル社会において発揮できる力、果たすべき役割について考えることが「新しい島嶼学」の目指す着地点である。(了)

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