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オーシャンニューズレター

第323号(2014.01.20発行)

第323号(2014.01.20 発行)

季節の旅人スルメイカは海洋環境変化の指標種

[KEYWORDS]海水温の変化/回遊の変化/スルメイカ
北海道大学大学院水産科学研究院教授◆桜井泰憲

2010年以降、日本列島周辺で漁獲される魚種に大きな変化が起きている。
最近、寒い冬から一気に暑い夏、残暑のあとにすぐ冬が来るという実感が、1年の短い一生で日本列島を一周する季節の旅人・スルメイカにも非可逆的な生活史の変化として見られている。

2010年以降、海で何が起きている?

2010年4月中旬と8月中旬の海面水温の平年値のずれは(気象庁・海洋の健康診断HP※1)、春は北日本の親潮域を中心に低水温であったのが、夏には一転して日本周辺海域は高水温に変化している。春と秋が短く、平年にもまして寒い冬、そして平年にもまして暑い夏が、海洋生物の回遊や生活史にも影響を及ぼしており、TV・新聞報道でも主要な魚類などの回遊の変化を報じている。例えば、北日本沿岸に回帰するサケは、えりも以南の太平洋沿岸や日本海では回帰の遅れと漁獲尾数も減少している。この原因として、回帰時の秋の沿岸の高水温に加え、春に降海するサケ稚魚への沿岸の低水温の影響や、2007年以降のベーリング海の寒冷化(海氷面積の拡大)に伴う生物生産の季節的遅れが、回遊期のサケの餌不足をもたらした可能性がある。一方、南の産卵場から北上するブリは、最近急激に資源が増加しているが、この原因は不明のままである。また、北海道では秋に沿岸の岩礁域で産卵するホッケの漁獲量が、特に日本海で激減した。おそらく、秋の産卵期の高水温が、産卵と加入に影響していると推定される。

魚種交替が始まったのか?

これまで、日本の表層回遊性のマイワシは、寒冷レジーム期(例えば、1977~1988年)に増加し、温暖レジーム期(1989年以降)には急激に減少し、代わってマアジ、カタクチイワシ、スルメイカが増えるという魚種交替が定説となっている。この魚種交替は、日本の南側の産卵海域が温暖であればアジ、カタクチイワシ、スルメイカ、温暖から寒冷への推移する時期にはサバ類、寒冷であればマイワシの再生産・加入の成功率が高まると考えられている。2010年以降の冬~春の低い海水温が再生産海域の餌環境を改善し、2010年のマイワシ、2013年のマサバの卓越年級群の出現をもたらしたと考えられる。

海面水温と海底地形情報から産卵場を推定する

■図1:スルメイカの季節発生群
秋生まれ群(10~12月、左図)と冬生まれ群(1~3月、右図)の主産卵場、索餌場、主漁場と回遊経路(水産庁HPより)(木所ら、2008)

■図2:スルメイカの新再生産仮説
これまでの仮説に、ふ化幼生が最も活発に遊泳できる水温範囲(19.5~23℃)を適用)(Sakurai他,2013)

北太平洋亜寒帯海域では、海洋生活期が1年のカラフトマスが環境変化の指標種として注目されている。寿命1年のスルメイカも毎年世代交代しており、特に再生産―加入過程の成否は、その時の海洋環境変化に敏感に反応している。本種の秋生まれ群は、対馬海峡から山陰沿岸が産卵場で、主に日本海で生活し、6~9月には津軽海峡を通過して一部太平洋側で成長し、再び海峡を通過して日本海の産卵場に回遊する(図1左図)。一方、東シナ海の大陸棚域を産卵場とする冬生まれ群は、幼イカは黒潮内側域に沿って房総半島沖からの黒潮の北側の北洋の海まで分布を広げ、次第に成長しながら、10月以降に北海道沿岸に移動し、宗谷海峡と津軽海峡を経由して日本海を南下する(図1右図)。
スルメイカの再生産仮説として、「スルメイカの産卵場を含む再生産可能海域は、陸棚―陸棚斜面(100~500m)域の表層水温18~23℃(特に19.5~23℃)で、表層暖水の混合層深度が中層に存在する海域である。まず、産卵直前の雌イカは海底に座って産卵準備をし、中層の密度躍層より上の暖水内で透明な卵塊を産卵、卵塊はこの暖水内で滞留し、3~5日間でふ化した幼生は海面に向かって遊泳し、幼生は表層に留まる」を提案してきた(図2)※2。ここでは、その実験・実証の背景は省略するが、この再生産仮説は、水槽内での産卵、人工授精による卵発生、ふ化幼生の異なる水温下での遊泳行動実験、実際の産卵海域の知見に基づいており、かなり限定された再生産に適した海洋条件を設定することができている。これによって、ふ化幼生が滞泳する最適海面水温分布(19.5~23℃)と水深100~500mの海底部分を使って推定産卵海域が抽出できる。

スルメイカは、短・中長期の海洋環境変化の指標種か?

私たちはこれまで、過去40年間の産卵場の総面積(10月~3月)の経年変化と季節的変化を調べ、1980年代末までの寒冷レジーム期(マイワシ増大期)には産卵場面積が縮小すると漁獲量も減り、1990年代以降は、産卵場面積が拡大すると漁獲量が増えたことを見出した。また、寒冷期には1~3月の東シナ海の産卵場が縮小・寸断されており、これと同時期の冬生まれ群の極端な漁獲減と一致していた。
現在も、この解析を続けているが、懸念されることは、1998年以降は産卵場面積も減少傾向にあり、総漁獲量も徐々に減少している。この現象は、過去の寒冷期に冬生まれ群が減って、秋生まれ群に収斂した年代と異なり、秋の高水温によるものであり、もしかしたら右肩上がりの温暖化に沿った「非可逆的変化」かもしれない。2010年10月は、図1に示した秋の産卵場(山陰沿岸~対馬海峡周辺)が高水温水に覆われ、産卵場は、北海道日本海と三陸沿岸にあり、明らかに秋の高水温の影響を受けている。このパターンは、過去40年間の解析では全くなかった現象であり、2000年以降ほぼ毎年見られ、11月以降になってようやく山陰沿岸から対馬海峡周辺に産卵場が形成される。この影響は、翌年の初漁期の漁場位置や漁獲量、イカのサイズに変化をもたらし、例えば、6月解禁の津軽海峡西口では、来遊の遅れと不漁、釣獲イカの小型化が起きている。
秋の高水温の影響は、産卵期の変化に加えてスルメイカの北上回遊を促している。2000年以降の10~11月の水深50mの水温分布(気象庁・海洋の健康診断HP)では、北方4島から根室海峡、北海道オホーツク沿岸が10℃以上の宗谷暖流で覆われている年が増えている。夜の地球上の都市の明りを捉える夜間可視画像※3には、この暖水内の根室海峡羅臼沿岸に漁火が見られ、毎年秋になると全国のイカ釣り船が100隻ほど、この海峡に集結する。私たちの飼育実験では、スルメイカの生存できる下限水温は12℃で、これ以下では1週間で死亡する。ここで、50m水深の水温をスルメイカの分布解析に使用した理由は、夜間はこの水深帯に、日中は数百mの海底近くの低温域を日周鉛直移動するからである。根室海峡内に閉じ込められた群れは、いずれ衰弱して海底に沈み、底生生物が恩恵を受ける。
日本列島を一周する季節の旅人・スルメイカは、短・中長期の海洋環境変化の指標種であり、これからもその回遊や資源変動に注目して行きたい。(了)

※1 気象庁・海洋の健康診断HP:http://www.data.jma.go.jp/kaiyou/shindan/index.html
※3 北大衛星資源計測学研究室HP:http://ubics6.fish.hokudai.ac.jp/DMSP/

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