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オーシャンニューズレター

第308号(2013.06.05発行)

第308号(2013.06.05 発行)

国際的なサメ保護運動の行方

[KEYWORDS]ワシントン条約/フカヒレ/サメ
桃山学院大学兼任講師◆鈴木隆史

今年のワシントン条約会議で、新たにサメ5種類が附属書IIに掲載されることになった。サメからヒレだけを切り落とし、魚体は海に捨てるというフィンニングからサメを守ろうとする国際環境NGOのサメ保護運動の成果だ。
しかし、サメ保護運動はフィンニング禁止だけに留まらず、フカヒレ所持・販売・提供禁止法まで成立させている。今後、サメとフカヒレを巡る国際的な問題も起きかねない。
私たちは「クジラ」での経験を元に「感情」と「感情」が対立する前に、「科学」と「文化」の側面からサメとフカヒレの持続的な利用と管理のあり方を提言すべきだ。

ワシントン条約とサメ保護運動

今年の3月、タイのバンコクで開催された第16回ワシントン条約締約国会議において、アカシュモクザメ、ヒラシュモクザメ、シロシュモクザメ、ヨゴレ、ニシネズミザメの計5種類のサメが新たに附属書IIに掲載されることが決まった。すでに2002年にはジンベエザメとウバザメが、2004年にはホホジロザメが同じく附属書IIに掲載されており、これで合計8種類のサメがワシントン条約による国際的取引の規制対象となった。今回の決定は、この10年間で急速に高まった国際的なサメ保護運動の成果だと歓迎される一方で、今後規制の対象となるサメの種類が拡大すれば、サメを漁獲・混獲する漁業やフカヒレやサメ肉などの加工業にも影響を及ぼすことが懸念される。今はIUCN(国際自然保護連合)のレッドリストの絶滅危惧種には入っていないヨシキリザメなども、サメ保護運動の方向によっては「保護すべき」対象になりかねない。ここでは、高まりを見せるサメ保護運動とはどのようなものなのか、また何をもたらそうとしているのか、私たちに何ができるのかについて考えてみたい。

サメ保護運動の背景

国際的なサメ(エイも含む)の保護運動が始まったのは、1980年代に急成長したメキシコ湾のフカヒレを目的としたサメ漁業によってサメが急減少したことがきっかけだとされる。環境NGOによる圧力を受けたアメリカ政府は「サメ漁業管理計画」を実施し、第9回ワシントン条約会議(1994)で、サメ決議案を提案するなど、積極的にサメ資源保護に向けて動き出す。FAO(国連食糧農業機関)も「サメ類の保護と管理に関する国際行動計画(IPOA)」を作成し、条約締約国各国には独自にサメ漁業と資源管理のための「国内行動計画(NPOA)」の作成を奨励するなど、国レベルのサメ漁業・資源管理が強化された。
一方、各国政府、政府系機関、NGOなどで構成された国際環境NGOのIUCNは、サメ専門家グループを1991年に結成し、サメの資源、貿易に関する情報を収集し、その結果はサメの保護が必要かどうかを決めるサメ決議案の採択にも用いられた。またIUCNとWWF(世界自然保護基金)の共同事業であるTRAFFIC(野生生物の取引監視ネットワーク)は、サメ漁業やフカヒレの貿易の実態調査を行い、その成果はレッドリスト作成やサメ保護運動にも影響を与えている。その報告書はウェブサイト※で見ることができる。このサメ資源管理と保護運動が誕生の背景には、アメリカ政府や国際機関とIUCNなどの国際的環境NGOの強い協力関係がある。こうしてサメ保護への「科学的」枠組みができる一方、2000年以降、欧米では様々なサメ保護を目的とした環境NGOによる様々なキャンペーンやロビー活動が行なわれた。

フィンニング撲滅キャンペーンとフカヒレスープボイコット

■2012年、インドネシアのスカルノ・ハッタ空港の国際線ターミナル内にあるツバメの巣やナマコ、フカヒレを扱う海産物店からフカヒレが消えた。Shark's Finという部分にテープが貼られているが、魚翅という言葉は残されている。海外の環境団体から空港管理会社へ取り扱い中止を求めるメールが相次いだためだ。

NGOがサメ資源減少の最大の原因として指摘するのは、サメからヒレだけを切り落とし、魚体は海に捨てるフィンニングだ。このフィンニング撲滅のために様々なキャンペーンやロビー活動が行われた。サメ保護あるいはフィンニング撲滅を求めるNGOの主張には、魚体重の5%にしか過ぎないヒレのために残りの95%を投棄するのは資源の浪費だという「科学的」主張と、生きたサメからヒレだけを切り落とすのは残酷だという「情緒的」あるいは「感情的」主張が混在している。「一杯100米ドルもするフカヒレスープのために、年間7,300万尾ものサメが犠牲になっている」という数字で資源の減少をイメージさせ、フィンニングの様子を動画や写真をウェブサイトで公開することで、残酷さをアピールした。こうしたキャンペーンとロビー活動は、アメリカ、カナダ、EU諸国などでフィンニング禁止法案を成立させ、ヒレは魚体に付けたまま港に持ち帰らなければならないとする法律も制定された。
これと並行して、フカヒレの消費を減らすためのフカヒレスープボイコットキャンペーンも展開された。アメリカのWild Aidは元NBAのバスケットボール選手だったヤオ・ミン氏をスポークスマンとして起用し、ウェブサイト動画で「食べるのを止めれば、殺すことも止められる」と呼びかけ、Shark Truthは中国系の人たちの結婚式でフカヒレ料理を出さなければ、抽選で海外旅行をプレゼントするというキャンペーンを行っている。また、2011年には世界的ホテルチェーンのペニンシュラとシャングリ・ラは、全店のレストランでフカヒレスープの提供を廃止すると発表し、2012年には香港のキャセイパシフィック航空がフカヒレの空輸を停止すると発表した。これらはNGOのロビー活動の成果でもある。そして、2012年には中国政府が公式の宴席でのフカヒレスープ提供禁止を決定し、フィンニング撲滅とフカヒレスープボイコットキャンペーンは成果を上げたように見える。しかし、問題はそれからだ。

フカヒレ所持・販売・提供禁止法の先に見えるもの

■ジャワ島のインドラマユの漁港では今も流し網によって漁獲されたサメが水揚されている。しかし、フカヒレは価格が低下し、売れなくなったという。(2013年3月)

サメ保護運動は、ついにフカヒレの所持、販売、提供を禁じる法案を成立させるのに成功する。アメリカではハワイ、グアム、ワシントン、オレゴン、カリフォルニア各州で、カナダではオンタリオ市やトロント市で、法律がすでに施行あるいは施行されようとしている。これは、フカヒレが取引の規制対象になったことを意味する。カリフォルニア州では中国系住民による人種・文化的差別につながるという反対運動が起きたものの、大きな問題にはならなかった。各国でフカヒレスープボイコットを支えているのは、若者世代だということにも注目したい。「サメの保護」という「環境保護運動」は「正しいこと」で「おしゃれ」という感覚で受け入れられやすいからかもしれない。しかし、こうした一元的な「押しつけ」は、フカヒレ料理が中国の伝統的な食文化であるという誇りや、またサメを獲る漁民、フカヒレの流通に携わってきた人々の歴史や文化の否定につながりかねない。このことは私たちが、「反捕鯨運動」によって経験済みだ。今後フカヒレそのものがワシントン条約で国際的な取引が規制される可能性もある。そうなれば、サメ・エイ漁獲量世界一のインドネシアでサメ漁業に従事する零細漁民や、ようやく復興を遂げつつある気仙沼のサメ産業にも大きな影響を及ぼしかねない。私たちは、「感情」が「科学」を越えてしまう前に、両方のバランスをとる本当の資源管理のあり方をクジラから学ぶ必要がある。(了)

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