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Ocean Newsletter
第267号(2011.09.20発行)
- プリンストン大学上級研究員◆真鍋淑郎
- (独)海洋研究開発機構 地球環境変動領域 短期気候変動応用予測研究プログラム プログラムディレクター◆升本順夫
- 北海道大学大学院水産科学研究院教授◆今井一郎
- ニューズレター編集代表(総合地球環境学研究所・教授)◆秋道智彌
地球温暖化と海
[KEYWORDS]気候モデル/生態系管理/海洋長期観測プリンストン大学上級研究員◆真鍋淑郎
海の生態系を上手に管理し、維持していくためには、海で何がおこりつつあるかを正確に把握することが必要となる。
生態系を含む海の長期観測を行うには、人工衛星、船、ブイ、水中グライダー等、色々なプラットフォームをうまく組み合わせた複合的な観測態勢の強化が不可欠となるが、そのためにも緊密な国際協力が必要となる。
気候モデル
地球温暖化の予測、研究は気候モデルを使って行います。気候モデルは物理法則に基づいて、気候の振る舞いをコンピュータの上で再現します。東大の大学院の学生だった私が気候モデル開発チームに参加するため、米国気象庁に招かれたのは1958年のことです。それから約半世紀たちました。その間、コンピュータの進歩に助けられ、気候モデルも目覚ましい進歩をとげました。最初は簡単な鉛直一次元大気モデルからスタートしたのですが、大気、海洋陸面系の三次元全球モデルに発展し、気温や降水量等の分布をコンピュータの上で見事に再現できるようになりました。気候モデルは、今や温暖化予測に必要不可欠になってきました。
気候モデルの予測によりますと、温暖化は大気だけでなく、海でも起こります。水温上昇は海の表面で大きく、深さとともに小さくなります。ただし表面温度の上昇は一様ではありません。例えば南極周海では、熱の垂直混合が卓越するため表面水温がほとんど変わりません。また、北極圏では海氷の厚さが減り、夏の海氷面積が減ります。これらの予測が観測によって検証されつつあり、モデルの信頼度が高まっています。
温暖化と生態系
海洋生物学者によりますと、海の生態系は温暖化の影響を受けて、 変わり始めているようです。例えば、北半球では、亜熱帯に棲むイカ、魚、クラゲ等が温暖化しつつある中緯度の水域に侵入し始めているそうです。また人工衛星による海面の色の観測によると、水温上昇域で植物プランクトン密度が減りつつあると報告されています。光合成を行って炭水化物を作る植物プランクトン分布の変化は動物プランクトンの分布に影響を及ぼし、さらにフードチェーンをさかのぼって、ひいては魚、クジラ等に影響を与える可能性が指摘されています。
温暖化は二酸化炭素等、温暖化効果ガスの増加によって起こります。これは二酸化炭素の海への拡散、融解を加速します。その結果、海水の酸性度が増加し、炭酸イオン濃度が減るため、プランクトンによる炭酸カルシウムの殻の生成速度が減少し、プランクトンが減ることが予測されています。
このようなプランクトンの減少は、海の生態系に悪影響を及ぼすことが危惧されています。21世紀の終わりころまでには南極圏海の表層水の酸性度がテロポッド(Pteropoda:翼足類)等の動物プランクトンにとって高くなり過ぎ、フードチェーンに悪影響を与え、クジラやオットセイの数の減少を招く可能性も示唆されています。
海水の酸性度の増加はサンゴの生育速度にも影響を与えそうです。
室内実験、野外実験の結果を使った見積もりによると、酸性度の増加は炭酸カルシウムの沈積を遅らせ、21世紀中にサンゴの成長を20~30%減らせる可能性があるそうです。その他、温度上昇等に伴って起こる白化現象や海水の汚染、水位の上昇等のため、サンゴは深刻な危機に瀕しているようです。
■図 クロロフィル濃度の全球分布
クロロフィル濃度の最も低いところは紫と濃い水色、一方うすい水色、緑、黄色、赤は植物プランクトン濃度の高い場所を示しています。
観測期間は1997年9月から2000年8月の3年間。(NASAによる)
海の長期観測
温暖化は将来、海の生態系に非常に深刻な影響を与えそうです。一方、魚獲の急激な増加に伴って色々な魚の数が急減しつつあることはご存知のとおりです。今や海の生態系が大きな危機に瀕していることは疑いありません。持続可能な海の管理は、人類にとって、最も重要な課題の一つだと思います。
海の生態系を上手に管理し、維持していくためには、海で何がおこりつつあるかを正確に把握することが必要です。そのためには、水温、塩分だけでなく、酸性度(あるいはアルカリ度)、全炭素量、栄養素等の全球分布を長期観測することが必要です。また、植物プランクトンが光合成を行うに必要なクロロフィルの分布は、人工衛星を使って長期観測できるようになりました(図を参照)。解決すべき技術的問題が色々あると思いますが、人工衛星を切れ目なく次々と打ち上げて海面のクロロフィルの全球分布の長期観測を是非実現して欲しいものです。
その他に、音波等による動物プランクトン密度、魚の数の測定等、 いろいろ難問がありますが、必要な技術開発を重点的に行う必要があると思います。
生態系を含む海の長期観測を行うには、人工衛星、船、ブイ、水中グライダー等、色々なプラットフォームをうまく組み合わせて、適材適所に使っていくことが望ましいのは言うまでもありません。そのためには緊密な国際協力が必要です。また、正確で、電力をあまり使わない良いセンサーを開発することが必要です。海国日本が、その技術力を発揮して、大きな貢献をすることを期待しつつ、筆を置きたいと思います。(了)
Pinnet、 P.R.、2011: Invitation to Oceanography、 5th Edition Jones and Bartlett Publishers
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