Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第214号(2009.07.05発行)

リップカレント(離岸流)を学ぶことの重要性について

[KEYWORDS] リップカレント/海を知る/水の事故防止
特定非営利活動法人日本ライフセービング協会神奈川県支部長◆加藤道夫

海で遊ぶときに、波のあるところは危険であり、波のないところが安全であると誰もがそう思うはずです。
しかし、実際にはその多くが真逆で、波のないところは沖への強い流れであるリップカレント(離岸流)が発生しています。
海外に比べて日本の水の事故は多く、これを減らすためには、海の基礎知識を子どもの時から地域社会で教えるべきと考えます。

波がないから安全は真逆!

オーストラリアのリップカレントのイラスト
■オーストラリアのリップカレントのイラスト
遊泳禁止、遊泳危険区域など文字中心の日本とは違い、海は楽しめる前提で、子どもにも分かりやすくリップカレントをイラストで説明している。細かい文字では流されてからの対処法まで触れられている。

ごく普通に考えれば、海で遊ぶときに、波のあるところは危険であり、波のないところが安全であると誰もがそう思うはずです。しかし、実際にはその多くが真逆で、波が割れづらくなっている海の深み(澪=みお)にこそ、沖への強い水の流れであるリップカレント(離岸流のこと。サーファーは短縮してカレントと呼ぶ)が発生して、慌てるととても危険な場所になるのです。
日本では、毎年夏休みの1日だけで10人以上の方が海で亡くなることは多々ありますが、世界中から観光客を集める常夏の島ハワイオアフ島では、国際的な海浜リゾートのワイキキビーチや冬に大波がヒットするノースショアを抱えていても"年間の水の犠牲者"は多くてもわずか10人です。
アメリカやオーストラリアの一般的なビーチでは、強いリップカレントが発生する場所に、毎朝ライフガードが看板を設置します。またこれらの地域では、小学校の授業やライフガードによるジュニア対象のサーフィンやライフセービングのレッスンの中で、必ずリップカレントのことを教えているので、海は場所によって水面下にリップカレントが発生していることを子どもの頃から学んでいます。海に慣れ親しんでいる地元の子ども達は、逆にリップカレントの流れを利用して早く沖に出て、波を捕まえてはボディーサーフィン(身体をサーフボードのようにして波に乗ること)であっという間に岸に戻ってきます。日本の多くの親や教師は、海は危険だから近づいてはダメ!と諭しますが、それでは問題がいつまでも解決しないばかりか、いずれ海に接したときに悲劇的な事故につながる可能性を秘めています。繰り返しますがオアフ島の水の犠牲者は年間で多くても10人です。

発生の仕組みと脱出法

海は基本的に楽しいフィールドだが、無知ならば危険と隣り合わせにもなる。
海は基本的に楽しいフィールドだが、無知ならば危険と隣り合わせにもなる。

リーフカレントの横でGood Waveをグライドする。(写真:KAMIO)
リーフカレントの横でGood Waveをグライドする。
(写真:KAMIO)

リップカレントが発生する仕組みを簡単に説明しますと、サンドバー(砂が堆積した浅瀬)などによって岸寄りに水が溜まり、流れだした場所の海底の砂が沖に少しずつ流されて溝のように深くなり、次第に集まる水の量が増して水の流れも強くなります。この強い流れがリップカレントです。ちょうど激しく雨が降ったあとに、水かさが増して流れが強くなっていく危険な川を想像して頂ければ理解は早いかと思います。
リップカレントは、海水浴場を含めた海底が砂の海岸線に突如として発生する場合と、河川の河口やT型突堤・防波堤などの人工構造物付近に発生する場合とがありますが、後者の場合にはいつも沖への強い流れを発生させています。また海底の地形が岩やサンゴ礁の場所でも、リーフの内側に溜まった水がリーフの境目(パス)から沖に強く流れ出て、リップカレントと同様なリーフカレントを発生させます。
リップカレントの最大スピードは秒速2mくらい(時速換算7.2km)ですが、水の流れなのでその抵抗はとても強く、水泳のオリンピック選手が逆らって泳いでも沖に流されてしまいます。ですから、子どもや一般人がリップカレントにはまったら、流されまいとして岸に向かって必死に泳いでいるつもりでも一気に沖に流され、心理的なパニックを誘発して、仕舞いには力尽きて溺れてしまうのです。
リップカレントの幅は、10mから最大でも30mくらいで、強く流れる距離も数百m続くことは稀で、大体100m前後が多いようです。岸から見て、リップカレントの入り口をマウスと呼び、流れが収束する沖の先端のところをヘッドと呼びます。もしもマウスで強い流れに乗ってしまったら、沖に流されつつも落ち着いてヘッドまで流されてから回りこんで帰るか、泳力の優れた人は岸と平行、できれば斜めに泳げば早くリップカレントから脱出できます。流れるプールで例えれば、強い流れの真ん中から、流れが比較的に弱い端の方に流されつつ泳いでいく感じをイメージしてください。
なお実際の海では、リップカレントから外れて流れのない場所に泳ぎ着いても、そこは浅いので今度は波が割れて(襲って)きます。それでも波は岸に向かって押してくれるので、波に巻かれつつもすぐに背がつく浅瀬に導かれるはずなので、慌てずに落ち着いてさえいれば必ず助かります。
危険と思われるだけのリップカレントですが、サーファーがエントリーするときや、沖の溺れた人の救助に向かうライフセーバーなどは、波で体力を消耗せずに早く安全に沖に出られるので、このリップカレントをいつも活用しています。

人は浮くので慌てない!

海水の比重は約1.03です。人の比重は体型などによって0.92~1.02と差がありますが、肺に空気を入れることで比重が重い筋肉質の人でも浮くことができます。ただし立ち泳ぎ姿勢ですと、水面から出た頭部に重力がかかりますので、 泳力の劣る人はアップアップの状態になって鼻や口から水が入ってきてしまいます。そこで楽に呼吸を確保するには、仰向けに寝る姿勢になって、両手の先を8の字を描くスカーリングというシンクロの技術でバランスをとれば、鼻や口での呼吸を確保しつつ浮き続けることができます。余裕があれば、腕を使って肩の横あたりの水を足の方に押し流せば、少しずつですが身体を進ませること、つまり泳ぐことが可能になります。このセルフレスキューの泳法を、エレメンタリーバックストロークと呼びます。また立った姿勢から前屈して両足首を抱える「伏し浮き」(呼吸するときだけ顔を水面から上げる)という方法もあります。万が一のアクシデントに備えて、この呼吸を確保する方法のどちらか一つだけでもマスターしておくことをお勧めします。
また事故は事前に予測できないからこそ発生します。ゆえに海で楽しむときには、ダイビングの「バディーシステム」(二人ペアで行動)のように、なるべく仲間とともに行動することが基本であるし、多くの市民が楽しむビーチにはアメリカやオーストラリアのようにプロ(公務員)のライフガードの配置が望まれます。海は決して危険なところではなく、最低限の泳力と知識・技術、そして安全体制が備われば、誰もが楽しみつつ心身を成長させてくれる素晴らしいフィールドになります。
最後に、今夏の日本全国の海で、「リップカレント」による悲しい水の事故が発生しないよう、ここまでお読みいただいた海を愛する皆さま方のご指導とご協力を心からお願い申し上げます。(了)

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