Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第214号(2009.07.05発行)

海難でも深海調査体制を

[KEYWORDS] 海上保安庁/(独)海洋研究開発機構/危機管理
東京大学大学院特任教授◆干場静夫

海洋国家日本にとって、深海の調査能力は重要であり、深海研究者の高度な調査能力によって、いくつかの重大な問題が解決された。
一方、わが国の海難事故に対する深海調査能力は、不十分である。
海上保安庁に充実した深海調査機能を付与して、研究機関や民間と協力しつつ、わが国にふさわしい対深海危機管理体制を整備すべきである。

はじめに

大海原に何か特別のものが沈んだというニュースを聞くと、決まって同じ疑問が湧いてくる。だれかが探しに行くのだろうか、どうやって見つけるのだろうか、最後は引き上げるのだろうかという疑問だ。
ここでは、わが国の深海に対する調査能力がきわめて高いにもかかわらず、国の危機管理の観点からは十分な体制がないことに疑問を持ち、解決のための提案をしたい。

過去の事例と深海の調査体制

沈没した「ナホトカ」号船尾部(写真提供:JAMSTEC)
沈没した「ナホトカ」号船尾部(写真提供:JAMSTEC)

(1)タイタニックはだれがどうやって見つけたか?
世界的には深海調査能力は、主に研究機関にあると思われる。沈没船から財宝を引き上げるなどの話題は多いが、多くは浅い海であり、深海については調査も引き揚げも、技術的に難しく資金も多額を要するので民間には難しい。
客船タイタニック号(全長269m、総トン数約46,000t)は大西洋の3,800mの海底に沈んだが、1985年に米国ウッズホール海洋研究所のロバート・バラード博士がフランスの海洋研究所と共同で発見したことで、世界的に有名である。最近では沈没した原子力潜水艦の探査という米海軍からの要請と関係していたとバラード博士自身が語ったと聞く。そのことからは、米海軍にもトップクラスの研究機関以上の探査能力はないと云えよう。

(2)沈没タンカー「ナホトカ」号は、どうやって見つけたか?
1997年1月2日、真冬の日本海にロシア船籍タンカー「ナホトカ」号(全長177m、排水量約13,000t、重油19,000klを積載)が沈没した。船体は二つに折れ、船首部は厳冬の風が吹き付ける福井県海岸に漂着し、船体部は水深2,500mの海底深く沈んだ。
積み荷の重油は、荒天にあおられて日本海側の広範囲の海岸に漂着した。重油の汚染を取り除くために多数の地元民や日本中から集まったボランティアが従事したが、冬の寒さと疲労で死者が出るに至った。
一方、沈没した船体からさらに大量の重油が出て海岸に押し寄せてくるのではないかとの懸念が払拭できなかった。このため、深海に沈む「ナホトカ」号の船体の状況を把握し、重油の大量湧出の可能性について調査する必要があるとの声が上がった。
「ナホトカ」号の沈没はいわゆる海難である。当時、海洋科学技術センター(JAMSTEC。現在の(独)海洋研究開発機構)にいた筆者は、海における事故の調査・対策は、もとより海上保安庁の役目と思っていたところ、海上保安庁は浅いところしか調べられない、深海は調査能力のある研究機関にしかできないという話が聞こえてきた。にわかにJAMSTEC内がざわめき立ち、「何故、センターが?」あるいは「失敗したら大変」という声はありつつも、窮地に陥りつつあった政府の一員として、深海の調査事情をよく知る深海研究者のグループを中心に「ここは一番、受けざるを得ない」という判断に傾いていった。
定期点検中だった無人深海探査機と母船を昼夜兼行で整備し、日本海に向かった。結果として、海域の事前調査をした海上保安庁と協力して首尾よく沈没部を発見するとともに油漏れなど船体の状況もある程度確認することができ、国民の不安を軽減する上で貢献することができたのは、国の機関としては本望ではあった。しかし、研究機関の一員としての筆者にはどこか腑に落ちないところが残ったのも事実である。

(3)大海の砂粒も見つけられる?
JAMSTECは、宇宙開発事業団(現(独)宇宙航空研究開発機構)が打ち上げに失敗したH-?ロケット8号機を探したことがある。このときは太平洋の海底3,000mに沈んだ、船よりもはるかに小さなロケットエンジン(中心部は1m程度)を苦闘の末探し出した(1999年11月19日より捜索、翌年1月回収に成功)。これによって事故の原因が推定とは違っていたことが判明し、その後のエンジンの改良に大きく貢献する快挙であった。
これは研究機関同士の協力であったが、NHKの「プロジェクトX 挑戦者たち」(第22回2000年9月)で取り上げられ、深海研究者の卓越した技術が知られるようになる。

海上保安庁は海難に対応する深海調査機能を具備すべき

わが国には深海を機動的に調査する高度な能力を有する機関は、一つしかないことがわかった。しかし「ナホトカ」号の調査などは、国の緊急時であり、危機管理の問題である。JAMSTECのような研究機関の「海の男の気概」に依存するのは本来の姿だろうか?
海上保安庁設置法第二条には「(略)海難救助、海洋汚染等の防止、(略)に関する事務を行うことにより、海上の安全及び治安の確保を図ることを任務とする。」とあり、第四条には、「海難に際し人命及び財産を保護するのに適当な構造、設備及び性能」と保有すべき船舶および航空機の能力まで規定している。深い海が除外されているわけではない。
海上保安庁には、海洋情報部(旧水路部)という歴史ある優秀な海洋調査機能が備わっている。その調査能力は決して沿岸部に限るものではなく、測量船「昭洋」をはじめ排他的経済水域(EEZ)を深さを問わず調べる能力を備えている。わが国のEEZには水深6,000mを超す深いところもあり、深海部の調査は国土の確保・保全上重要である。
「ナホトカ」号の調査の時、海上保安庁の大型測量船が当時最新鋭のソナーを使って有力地点を絞り込んだので、冬の日本海という極めて悪い条件にもかかわらず、比較的短い時間のうちに発見できた。しかし、同庁は現在曳航体は保有しているが、推進機のついた無人深海探査機は依然保有していない。
そこで筆者は、海上保安庁が推進機のついた無人深海探査機を保有し、運用することを提案したい。
探査機の運用には予算も人も必要であるが、有人とは違って、無人深海探査機は決して高いものではない。人員については、JAMSTECも専門要員を相当程度海洋関係の民間企業に負っている。海上警備ではないので、海上保安庁の測量船の運航や搭載した深海探査機の運用に民間の海の男を乗せない理由はないだろう。JAMSTECと海上保安庁が、それぞれ必要な深海探査機を保有し、民間の能力の活用を通じて運用面で相互に協力することができれば、わが国の対深海の危機管理能力は飛躍的に高まるであろう。またこのことは、造船における無人深海探査機の製造技術の維持向上にも繋がる。
海上保安庁は、タンカー事故に備えて重油回収船を建造したが、無人深海探査機の整備も、次の事故が起こる前に是非実現すべき課題である。(了)

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