編集後記
ニューズレター編集代表(東京大学大学院理学系研究科教授・研究科長)◆山形俊男◆熱帯太平洋でエルニーニョ現象が発達している。6年ぶりである。この現象が起きる時にはフィリピン沖の海水温度は低く、対流活動が不活発になる。そのため小笠原高気圧が発達できず、極東アジアでは空梅雨、そして冷夏気味になる。1993年、2003年の冷夏は記憶に新しいが、共に熱帯の海にエルニーニョ現象が発生していた。特に1993年はインド洋東部スマトラ沖の水温が高く、そこで上昇した大気がフィリピン周辺で下降して、対流活動を更に弱める効果が加わったために、小笠原高気圧の発達が著しく抑えられた。インド洋にもエルニーニョ現象とよく似た現象が発生していたのである。このダブルパンチで東北地方では稲作が壊滅的な打撃を蒙った。この年の異常気象による農業被害額は1兆円を優に超えたという。今年のインド洋にも似たような兆候が見られるようだ。この夏は熱帯の海から目が離せない。
◆今号ではまず西尾正範氏に開港150周年を祝う函館の官民協働の記念事業について紹介していただいた。日米修好通商条約が締結された翌年の1859年に函館、横浜、長崎の三港が米、英、仏、蘭、露の5カ国に開かれた。関税自主権が無いなど、この条約の不平等性は維新後も長らく明治政府を悩ますことになったが、わが国の貿易立国の礎となったのも確かである。先人の苦労を偲びつつ、未来を展望する事業がこの夏に次々と開催される。
◆干場静夫氏には、(独)海洋研究開発機構に在職時の経験に基づき、深海調査体制の現業化について具体的な提言をいただいた。海洋基本法は海を知り、守り、利用することを高らかに謳っているが、深海においてそれを実現するには、深海技術の進展が不可欠である。幸いにしてわが国は優れた深海調査技術を持つ。この維持、発展においても、官民の協働が必要なのである。
◆海水浴の季節が近づいて来た。夏には毎日のように痛ましい海の事故が新聞などで報道される。しかし、その多くがリップカレント(離岸流)によるものであり、仕組みを知ることで犠牲者を大幅に減らすことができるという。日本ライフセービング協会の加藤道夫氏には海を安全に楽しむ術について解説していただいた。この夏こそ海の事故を撲滅したいものだ。 (山形)