Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第213号(発行)

集まって住む、生き心地最高の村~姫島に見る少子高齢化時代の理想郷~

KEYWORDS 離島/コンパクトビレッジ/ワークシェア
大分大学理事・副学長◆佐藤誠治

離島で、少子高齢化の波に洗われながらもたくましく生きている島がある。
大分県の国東半島沖に浮かぶ姫島は、その空間的な特性を十二分に活かした行政施策が奏功している希な地域である。
それは高密集住とワークシェアの大胆な採用である。
これがハードとソフトバランスを維持し、生き心地最高の村を形成している秘策であろう。

はじめに
「なーんの心配もねえ(なんの心配もない)なあ!」、テレビの朝の番組で島の老人たちに対するインタビューに明るい声で答えていた場面がきわめて印象的であった。その島とは大分県の北部、国東半島から約6km沖、一島で構成される姫島村である。今、日本を覆い尽くしている憂鬱は経済不況に大きな原因がある。と同時に、地方では過疎の最大原因である少子高齢化がある。しかし、考えて見れば、単に子供が少ない、高齢化が進行しているということでこのような事態に立ち至るのか、それをここで再検討して見ることにする。検討対象は、この姫島村である。
日本には統計によると、6,852の離島が存在する。そのうち有人離島は315である。離島も、その置かれる環境は様々である。姫島も平成17年国勢調査では高齢化率31%に比較して若年者率は12%で、少子高齢化の中にあるが、それを克服する2、3の特殊な条件があることを論じよう。
漁村特有の高密集中居住で実現したコンパクトビレッジ
写真1 姫島 (撮影=2006.9.20)

■写真1 姫島 (撮影=2006.9.20)

姫島を訪れると、まず感じるのは、港の近傍に、村役場、診療所、高齢者施設、学校や運動場などの村民のための公共施設が集中して立地していることである。これらの施設がほぼ1km四方足らずの住宅地に囲まれて配置されている。離島はほとんど漁業従事者であり、漁業が基幹産業である。したがって、集落形成も典型的な漁村である。漁村は農村と違って集住である。しかも、姫島の中心部は砂州によって形成された平坦地である。姫島(写真1)と散村の典型である富山県の砺波(となみ)平野(写真2)を比較してみると一目瞭然である。そして、生産空間としての漁場は島の周囲に効率よく配置されている。姫島の漁業は沿岸・近海漁業主体であり、生産空間の中心に島である生活空間が配置されているため、空間効率が高いのである。さらに昭和30年代まで操業されていた塩田がクルマエビの養殖場に転用されるようになってから限られた島の土地資源の利用効率はさらに向上した。そして、ドイツのクラインガルテンにも似た家庭菜園は野菜の自給を可能にするなど、土地の高度利用も姫島の特長である。
写真2 砺波地方 (撮影=2003.10.27)

■写真2 砺波地方 (撮影=2003.10.27)(空中写真:国土地理院)7km四方を同縮尺で表示

さて、生活空間の効率性は都市の中心市街地にも等しいといえる。それはインフラの整備効果を極大にあげる。逆にいえば整備のコストを下げるので整備のスピードも上がる。道路は、自動車の必要があまりないので島外のターミナル港に駐車場を確保しているくらいであり、狭隘道路の整備は必要であろうが幹線道路は足りている。村営のケーブルネットワークはすでに設置完了して自主放送やインターネットのサービスも進んでいる。上水道は十分、下水道はすでに100%の整備率である。ほとんどの島民が居住している中心部は歩行圏に構成しているので、陸上の公共交通も不要である。
このようにみてくると、いま全国の都市で必要とされている、コンパクトシティの島嶼版であることが理解できるであろう。つまり、コンパクトアイランド、コンパクトビレッジである。これを実現したのはもちろん行政施策の的確さやそれを導いてきた人々の努力が大きいのであるが、姫島であるが故の空間的なコンパクト性にその要因があるといっても過言ではないだろう。
集まって住み、ワークシェア
姫島を語るときに避けて通れないのが平成の大合併への参加を積極的に拒否したことである。国東半島の東半分の東国東郡はもともと4町1村で構成され、平成の大合併では全体として国東市になるものと考えられてきた。ところが姫島は地形や、先に見たインフラ整備の効率性は半島の他の町とは大きく異なる。
すなわち、行政にとってみれば、道路一本の整備効果は散らばって集落を構成する地域とは比べるべくもないくらい大きい。これは上水道、下水道、電力や電話、CATVなどのネットワーク型のインフラに共通するものである。また、ほとんどの居住者にとっては、歩行圏域内ですべてのサービスが得られるため、いわゆるライフコストは他の地域と比べ相対的に低いことは想像される。単なる所得だけでは測れない「生活の質」を実現しているともいえる。したがって、行政も自治体職員の給与を抑えながら、村民の70人に一人が公務員といわれるほど多くの職員を雇用し、サービス水準の向上を実現させるためにあえて他町との合併を選択しなかったのである。すなわち公共セクターのワークシェアリングという手法の大胆な採用である。2006年度では姫島村のラスパイレス指数※は70.6であり、全国の離島自治体で最低の数値を示している。加えて、第3セクターで運営されているクルマエビ養殖は島の産業中核を形成しており、ここでの給与水準も押さえながら約70名の雇用を実現しており、島におけるワークシェアの一翼をなしている。このようなワークシェアは集まって住むことによる島の生活コストの低減効果によって可能になっているとも言える。
"集住"と"ワークシェア"は姫島のハードとソフトの絶妙なバランスを表現しているといえる。
島の人々の将来の生活意識と展望

大分大学は平成20年3月に姫島村と協力協定を締結し、共同事業の一環として姫島村の現状を把握するためのアンケート調査をおこなった。970世帯に全戸配布し、約80%の回収率であった。世帯主の職業は漁業と公務員が上位2位であり、いままでの記述を裏付けているといえよう。
ここで注目されるのは、村民が自らの現在と将来の生活像に対する相反した感想を持っていることである。すなわち、このまま住み続けたい、島暮らしをしたいと考えている居住者が86%と高い数値を示しているにもかかわらず、6割程度の回答者が将来に不安を感じていることである。これは冒頭に記述したテレビの報道とは異なる。しかし、これは住民の偽らざる心境を表していると推察される。すなわち現在の生活に対してはさしたる不満はないが、さて将来の自分の生きざまに対して不安がないとはいえない。これは比較的恵まれた経済条件と生活環境を手にした人々においても共通した意識ではないだろうか。都市に住む者にしても、仮に現在の生活に不便を感じないにしても、すでに高齢者であれば、あるいは高齢者になった自分を予想したときの生活不安は容易に想像される。いま求められるのは、集まって住む高密度なコミュニティの特性を十分に活かしながら、将来の不安を取り除き、姫島が維持している現在の生き心地を未来に亘って持続できる施策である、と強く思われるのである。(了)

※  ラスパイレス指数=国家公務員と地方公務員の基本給与額(すなわち給料のみ)を比較する指数。

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