Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第212号(2009.06.05発行)

第212号(2009.06.05 発行)

編集後記

ニューズレター編集代表(東京大学大学院理学系研究科教授・研究科長)◆山形俊男

◆ついに新型インフルエンザの国内発症患者が報告された。関西を中心に休校が相次いでいる。私たちの健康をミクロの世界から見るならば、免疫機構が様々なウイルスとの耐えざる戦いに勝利することで保たれているわけだが、幸いにして、今回のウイルスの毒性は弱い。過剰反応は避け、適切な衛生管理で乗り切りたいものだ。危機管理のあり方を考える良い機会としてもとらえたい。
◆今号の最初のオピニオンは呉市長の小村和年氏によるものである。海との深い繋がりの下で発展し、今や観光都市として脚光を浴びる新生呉市について解説していただいた。「鎌刈は、一名蒲碕ともいう。地は安芸州に属す。居民の舎屋は、松竹の間に燐の如く立ち並び、前湾の鏡のような水面に相映り、瀟洒朗灑(しょうしゃろうさい)、これまた海中の名勝である」。これは、徳川吉宗の将軍襲位を祝し、李朝から派遣された朝鮮通信使に随行した申維翰による<海游録>の一節である。約三百年前の呉市周辺の夕暮れ時の様子が偲ばれる。続いて、藩主浅野吉長が差し向けた儒官、味木 虎と親しく交流する様子が描かれている。瀬戸内海の海路はこの国が国家としての形をなす以前から大陸の人々との交流の場でもあった。
◆科学ジャーナリストの瀧澤美奈子氏は豊かな海とは何かを考える。46億年前に太陽系第三惑星として地球が生まれ、40億年前に原始海洋が形成され、生命が誕生、そして地球と生命の共進化が始まった。その結果として私たち人類が存在する。私たちの血液中の塩分は海水の三分の一程度であるが、生命発生時の古海洋の記憶を留めていると見ることもできる。「母なる海」の表現には隠喩以上のものがある。海洋生態系しかり、温暖化問題しかり、海の豊かな役割をよく知り、その知識を広く世界の人々と共有することが、今、最も求められている。
◆海洋工学者の寺尾 裕氏は波力を推進力として使う世界初の波浪推進船マーメイドII製作の苦労と、堀江謙一氏による太平洋航海の成功の話を紹介する。堀江謙一氏は47年前に風力を利用するヨット、マーメイド号で太平洋単独航海に成功したことで著名である。太陽光の利用もその一つであるが、多様な自然エネルギーを、私たちの日々の生活にうまく取り込んでゆくことがますます必要になっている。地球環境問題への対処にはマクロの対策に加えて、こうしたミクロの対策も併せて進めることが大切である。この方面の工学が更に発展することを期待したい。  (山形)

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