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オーシャンニューズレター

第195号(2008.09.20発行)

第195号(2008.09.20 発行)

原子力空母の横須賀配備--安全保障と安全の相克

[KEYWORDS]日米同盟/原子力空母/米海軍
海洋政策研究財団研究員◆小谷哲男

この9月下旬に、原子力空母「ジョージ・ワシントン」が横須賀に配備される。
反対派は空母の配備について「許さない」「いらない」と主張しているが、米海軍は原子力空母の安全性を繰り返し説明しているし、新鋭原子力空母の配備は日本の安全保障にも大きく寄与するだろう。
安全保障と安全を混同してはいけない。

はじめに

空母「ジョージ・ワシントン」(建造年1992年、排水量104,200t)。なお、同空母に関する詳細は、在日米海軍司令部HPを参照ください。
空母「ジョージ・ワシントン」(建造年1992年、排水量104,200t)。なお、同空母に関する詳細は、在日米海軍司令部HPを参照ください。

「空母はどこだ」。仮に読者が合衆国大統領であったなら、国際的な危機が起こったときに、まずこのように聞くのではないだろうか。実際、空母はその機動性と万能性に加えて、航空戦力を海外基地に依存せずに運用できるため、米国軍事戦略の要である。この9月下旬、米海軍の原子力空母「ジョージ・ワシントン(GW)」が横須賀に配備される。1973年以来、横須賀は米海軍が空母を配備している唯一の海外基地であるが、原子力空母の配備は今回が初めてである。しかし、原子力空母の「危険性」を主張し反対する人たちは、「GW」の配備は「許さない」、「いらない」と主張している※1。

「GW」の配備は「許されない」のか?

「GW」の配備に反対する人たちはこれを「許さない」としているが、軍艦は国際法上外国の領海で無害通航権を有しているだけでなく、沿岸国の管轄権からの免除を受ける。また、軍艦の外国港への入港を受け入れることは国際的な慣行となっており、原子力艦船であってもその入港を拒否することは困難である。日米安保条約上も、原子力艦船はその他の艦船と同様の権利を有する。しかし、唯一の被爆国である日本の特殊事情に配慮して、 1967年に日米両政府は原子力水上艦の日本寄港に合意し※2、米国は「エード・メモワール(覚書)」※3で原子力艦船の安全性と事故発生時の責任と賠償に関して確認している。言い換えれば、この取り決めによって、原子力艦船の日本寄港は日米間の事前協議の対象とはならないことが確認されたのである。
「GW」の配備に関しても、本来ならこの取り決めによって何ら特別な計らいは必要ない。しかし、原子力空母の「危険性」に関する懸念を払拭するため、2006年4月に米国は原子力艦船の安全に関する「ファクトシート」※4を公表した。また、横須賀市長をはじめ地元関係者は、米海軍の招きで原子力空母の母港となっているサンディエゴの視察を行っている。2007年3月には横須賀市と在日米海軍が防災協定※5を締結し、11月には横須賀市の防災訓練に米海軍が初参加した。これは、他のどの原子力空母の母港でも取られていない措置である。
このように、米海軍は原子力空母が戦闘にも耐えられるように商業用核施設よりも強固に作られていることを繰り返し説明している。それでも、反対する人たちは「GW」を「動く原発」とみなし、その配備の是非を問う住民投票を市に求めたり、同艦の配備に必要な設備工事の差し止めを裁判所に求めたりしてきた。だが、「GW」の配備を「許さない」とするこれらの請求はいずれも棄却されている。

「GW」の配備は「いらない」のか?

平成19年の「在日米海軍との防災協定」締結式。(写真:横須賀市役所)
平成19年の「在日米海軍との防災協定」締結式。(写真:横須賀市役所)

では、「GW」の配備は「いらない」のだろうか。読者が日本との紛争を抱えた国家の指導者であるとして、紛争解決のための軍事的手段を考慮するとしよう。その場合、日本の同盟国たる米国の空母は各種艦載機を搭載し、トマホーク巡航ミサイルとイージス防空システムを搭載した随伴艦とともに貴国に近づいて、圧力をかけてくるだろう。たとえ貴国の潜水艦部隊が強力でも、海上自衛隊のP-3C哨戒機によって空母に近づく前に補足されるかもしれない。軍事的手段の行使には慎重にならざるを得ないだろう。事実、朝鮮半島や台湾海峡で緊張が高まると、横須賀の空母はいち早く現場に駆けつけてきた。湾岸戦争や対テロ戦争にも横須賀の空母は参加している。横須賀の空母は、米国の日本と地域への防衛コミットメントの象徴であると同時にその主要な担い手なのである。
もちろん、日本政府が「いらない」と言えば、米海軍は横須賀から出て行くだろう。ただし、空母の運用には1日に1億円かかると言われ、米国にとっては作戦地域に近い横須賀に空母を前方配備することによって、経費の大幅な削減と乗組員と家族の離別期間の短縮が可能となっている。また、優秀な横須賀の修理・補給設備も利用できる。この利点は、ひいては日本の安全保障に寄与するものである。逆に言えば、この利点が失われれば、米国が日本を守るためにかかるコストが増大し、結果として米国の防衛コミットメントを弱めることになってしまうだろう。原子力空母が「いらない」なら、誰がこのコストを払うのだろうか。また、空母には5,000人以上の乗組員がいるが、乗組員とその家族が横須賀に住んでおり、仮に引き上げということになると地元経済は大きな損害を受けるだろう。
原子力空母は燃料補給が不要なので、目的地まで最短距離を最高速度で移動でき、即応能力に優れている。艦の燃料タンクが不要な分、艦載機用の燃料をおよそ2倍余分に搭載することもできる。つまり、艦載機を2倍多く運用できるということである。災害救援や人道支援においても空母はその能力を発揮するが、原子力空母は支援物資をより多く搭載することも可能である。また、老朽化した通常型艦船よりも、原子力艦船の方がむしろ安全性も高く環境にも優しいのである。

おわりに

世界の首都の8割が海岸から500km以内にあると言われ、世界の人口の半数が海岸から80km以内に居住していると言われる。空母は、これからも戦時と平時を問わず、米国の世界戦略の要であり続けるだろう。横須賀に原子力空母が配備されることは、北朝鮮の核開発や台湾海峡、中国の台頭という安全保障問題に対処する上で日本にとって非常に有益である。
もちろん、原子力空母の安全は厳重に管理されなくてはならない。5月に「GW」艦上で起こった火災は、乗組員のタバコの投げ捨てが原因だと判明した。原子力潜水艦「ヒューストン」の放射能漏れも問題になったばかりである。しかし、われわれは日常生活の中でも微量の放射線を浴びて生きている。また、日本の電力供給の3割は原子力発電に依っている。原油高と地球温暖化によって原子力への依存は一層高まるであろう。原子力の安全と有効活用を冷静に考えていくことが求められているのである。
艦載機の騒音問題もある。空母が横須賀に入港すると艦載機は神奈川県厚木基地に駐機するが、騒音問題が深刻なため山口県岩国基地への移駐が決定している。艦載機の運用には不断の訓練、特に夜間の離発着訓練が不可欠であるが、今は暫定的に主に硫黄島で行われている。だが、硫黄島は本土から1,200km以上も離れていて、遠すぎる。
空母の武器は艦載機である。その戦力を最適に保つため、艦載機の岩国への移駐を確実に実施し、恒久的な離発着訓練施設を本土近辺に確保しなければならない。安全や騒音問題に目を奪われて、国家の安全保障を忘れてはならないのである。(了)

※2 原子力潜水艦の寄港については1964年に合意。
※5 「在日米海軍との防災協定」(PDF)で入手可能。

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