Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第195号(2008.09.20発行)

第195号(2008.09.20 発行)

ユネスコ政府間海洋学委員会(IOC)の過去から未来を展望する

[KEYWORDS]政府間海洋学委員会(IOC)/全球海洋観測システム(GOOS)/海洋データ
ユネスコ政府間海洋学委員会 元議長◆Geoffrey L. Holland

ユネスコ政府間海洋学委員会(IOC)は、2008年6月22日から7月1日にパリで第41回理事会を開催した。
ここでは関連する二つの重要な議題が討議された。
2010年に到来する50周年の記念事業と組織の将来展望である。
ユネスコにあって機能的自立性を持つIOCは、海洋科学に基づき政府間の海洋問題を扱う国連の中心組織として、新たな未来に挑戦しようとしている。

政府間海洋学委員会

UNESCO松浦晃一郎局長の挨拶。
UNESCO松浦晃一郎局長の挨拶。

政府間海洋学委員会(IOC)は、1960年7月にコペンハーゲンで開催された海洋研究の国際会議後、国連教育科学文化機関(ユネスコ)内に設置された。これにより海洋科学は国際政治において重要な一歩を踏み出した。この背景には、海洋研究における国際協力の必要性が高まり、海洋科学と海洋情報が国際政治において戦略的意義を持ち、国内のみならず、地域・国際問題の解決に重要な役割を果たすことが認識されるようになったからである。IOCの活動は次第に本来の海洋研究の領域を超え、今や沿岸管理、海の健康、気候変化、海洋サービス、能力開発などの分野にまで発展している。その小さな規模と限られた資金にもかかわらず、IOCは海洋における政府間協力の面で重要な貢献をしてきた。特に加盟国間における能力開発プログラムを精力的に維持してきた。加盟国が初期の40カ国から現在の135カ国に増加するに伴い、科学技術支援を必要とする国が増えている。加盟国のIOC信託基金への寄附や現物支援により、IOCイニシアティブの規模は増加している。例えば、ベルギー政府からの支援により、サハラ以南のアフリカに各国海洋データセンターが設立され、海洋情報の域内協力ネットワークが構築された。
またIOCは、加盟国の協調的作業により活動しており、プログラムの推進には地域機関も貢献している。常設の地域事務局はごく少数しか存在しないが、その中で1979年に設置された西太平洋海域共同調査(WESTPAC)は、最も有力な地域機関であり、その沿革は日本を含む12カ国が参加した1965年の黒潮調査に遡る。

IOCの役割―海洋情報サービスと海洋科学の振興

IOCの役割―海洋情報サービスと海洋科学の振興

IOCの調整なしに、海洋データの国際交換はありえない。国際海洋データ・情報交換委員会(IODE: International Oceanographic Data Exchange Working Committee)は、海洋データの方法論と運用法について最新動向を把握し活動している。今や、自動観測、品質管理、電子情報通信等の発達でデータ管理に大きな変革が起き、海洋学者がデータを個人で占有するよりも、迅速なデータ交換や、あらゆる情報源と各種のデータにアクセスできることの有利性が認識されつつある。海洋データおよび情報は、沿岸および海洋資源の管理に不可欠なのである。
そして情報サービスはデータを収集する観測ネットワークがなければ存在できない。そのため、全球海洋観測システム(GOOS)と合同海洋・海上気象専門委員会(JCOMM: Joint Technical Commission for Oceanography and Marine Meteorology)が、海洋全体をサポートする政府間枠組を提供している。北東アジア地域GOOS(NEAR-GOOS)、EUROGOOSなどの地域観測ネットワークは、各地域の優先課題とニーズに対応し、その成功により他の地域も追随している。太平洋津波警報システム(ITSU)は、太平洋地域に発生した二度の破滅的な津波の後、1965年IOCにより設置された。不幸なことに、各国政府はこの種のネットワークの必要性を認識せず、他の大洋にシステムを展開するためには、もう一度インド洋の大規模津波を待たなければならなかった。
IOCは、また海洋科学における政府間協力にも大きな役割を果たしてきた。1982年には世界気候研究計画(WCRP)の下で大規模海洋実験の必要性を議論する東京会議を共催し、その成果として史上最大規模の海洋実験、30カ国の参加により、極めて貴重なデータを得ることになった世界海洋循環実験(WOCE: World Ocean Circulation Experiment;1990年~1997年)が実施された。現在、この調査が、世界および地域の気候変動の予測、極端現象の頻度と強度予測の基礎データを提供している。さらに有害藻類ブルーム(HAB)に関するIOCプログラムは、世界的な有害藻類発生の増加に対する関心の高まりを受けて1992年以降継続され、大きな成功を収めている。この他にも多くのプログラムが、海洋活動の効果的管理に必要な知識と情報サービスの基盤となっている。

持続的な海洋活動に向けて

今後、海洋への取り組みには変化が生じると思う。地球を構成する海洋という基本要素を理解するのに、これまで費やした時間も財源も余りに少な過ぎた。廃棄物を捨て、生命資源を捕獲し、海運や、鉱物資源採取等のために、何の報復も受けずに海洋を利用し続けることはもはやできない。今後私たちは海洋活動を持続可能な形で管理してゆかなければならない。特に沿岸域は人間の活動に最も影響を受けやすい。多くの地域で統合的な沿岸管理を実施し始めているが、一連の活動を拡大し、さらに改善してゆかなければならない。重要なことは、国の管轄域を超え国際海域にまで関心を広げ、一層壮大な規模で外洋の管理を考え始めなければならないことである。外洋と沿岸を効果的に管理するためには、より多くの情報と研究が必要であり、国際海域については政府間協定が必要である。国連海洋法条約(UNCLOS)は、歴史的な国際協定であるが、すでに時代遅れになっている。この条約は、国際海域から生まれる新しい海洋資源の可能性―遺伝資源、国際海洋保護区、海洋空間の利用など―を想定していない。条約の起草時点では、気候変動、海水酸性化、サンゴ白化、海洋生物生息環境の喪失などの環境問題が、現在ほど認識されておらず、また顕著でもなかったからであろう。
今後対応すべき新しい海洋活動が他にも生まれると思う。海を耕しタンパク質生産を何倍にも増大させる方法が開発されるかもしれないが、それは賢明かつ持続可能な形でなされるべきである。淡水と再生可能なエネルギーを求めて海洋に向かうことも増えるだろう。海洋資源を用いて持続可能な街や都市を海上に建設することにもなろう。塩水環境でも栽培できるように作物の遺伝子を改変することが行われるかもしれない。いずれ、気候を駆動する海洋を知り、気候変化とその影響を予測する方法も学ぶことになろう。
IOCが間もなく設立50周年を迎えるこの時期に、国連の枠組みの中で、期待されたほどの重要任務を担うに至っていないのは不本意である。一方で、その小規模な資金を考えるなら、IOCのこれまでの成果はまさに驚異的である。各国政府は、海洋共同研究を実施し、観測ネットワークと情報センターの構築のための資金提供の必要性をいずれ認識するだろうか。それともこれらに気付くには、津波警報ネットワークと同様に、何か災害を待たなければならないのだろうか。
私たちの対応は間に合うのだろうか。地球は、海洋は、刻々と変化している。(了)

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