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【Ocean Newsletter】バックナンバー

第185号( 2008.04.20 発行)
第185号(2008.04.20 発行)

編集後記

ニューズレター編集代表(総合地球環境学研究所副所長・教授)◆秋道智彌

◆この後記を書いているとき、地元京都の桜は満開であった。京都は特にこの季節、観光客が多い。日本人は春、桜を愛で、秋には紅葉を満喫する。一昨年、京都で「人はなぜ花を愛でるのか」というシンポジウムが開催された。私も8人の話題提供者の1人として参加した。なぜ人は花を愛でるのだろうか。こたえは残念ながら明らかにできなかった。それでも、花を食べる、花で身体を飾る、花の匂いをかぐ、花を見て楽しむなど、五感を通じた花と人間の関係論についての私の問題提起は面白いとの評であった。
◆花の話を里海に置き換えてみよう。人はなぜ、里海や里山にさまざまな想いをいだくのか。本誌で中島満氏が指摘されているように、里海の厳密な定義はない。その一方、日本の国は里海、里浜を再生する事業を立ち上げている。そのこと自体には賛成したいが、里という語の心地よい響きだけでこのまま突っ走れるかどうか、不安がよぎる。里海という共同幻想についていま一度考えてみる必要がありそうだ。なぜなら、モデルとなる里海などはじつのところない。あるのはそれぞれの地域で育まれてきた個としての里海なのだ。といったところで、読者諸氏は里海にどのような想いをお持ちだろうか。都会や山育ちの人と海辺で育った人とでは海についての情報量も体験の深さも相当ちがう。里海のイメージも個人や世代によってちがう。
◆私の里海にたいするイメージは少年時代に毎夏、訪れた若狭の海で形成された。裸足で浜を歩くときの砂の感触、岩場で海藻のゆれるさま、イソギンチャクに触れて指が締め付けられたときの快感、網をつくろう漁師さんの日焼けした顔。天日干しの魚の匂い。眼に入る景色だけでなく、匂いや音、感触など、身体全体で受け止める世界がイメージ形成にかかわっていることを実感する。ただし、感性の世界の背景には、自然に及ぼしてきた人間活動の結果としての制度や経済原理などが埋め込まれているはずだ。その糸をときほぐすことこそが重要なのだ。
◆里海の権利論、参加型の運動など、社会的に重要な課題を五感の世界から迫るアプローチを提起したい。里海を復権することが人間の心とどうリンクするのかについて考えてみてはどうか。
◆イメージの世界は、現実の浜を訪れると瓦解する。ゴミで覆い尽くされた浜、油の匂いのする磯。網をつくろう人の姿がない海辺。こんなはずではなかった。そこで失望し、怒りを覚えるのは都会からの旅人だけではない。地域の人びとは海をどのように考えているのか。声にもならない心の世界を通じた対話から里海再生を考えることがあっていい。
◆本号から各オピニオンに3つのキーワ-ドを付けていただくこととした。読者に内容を端的に伝えるとともに、今後、本誌の検索用資料としても活用していきたいと考えている。新しい試みをよろしくお願いいたします。  (秋道)

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