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【Ocean Newsletter】バックナンバー

第397号(2017.02.20 発行)

海域に浮遊するマイクロプラスチック研究の最前線

[KEYWORDS]マイクロプラスチック/モニタリング手法の統一化・標準化/海洋ゴミ
九州大学応用力学研究所教授◆磯辺篤彦

海洋に浮遊するプラスチックゴミは、劣化と破砕を繰り返して、マイクロプラスチックと呼ばれる微細片になる。
これらを海洋生物が誤食すれば、表面に吸着した汚染物質の移行や成長阻害をもたらす可能性がある。
東アジア海域は、マイクロプラスチックの浮遊量が、他と比較して一桁多いホット・スポットである。
今後はモニタリング手法を標準化・統一化させ、各国が協調して浮遊量の現況把握や将来予測に取り組まねばならない。

海洋を浮遊するマイクロプラスチックと環境負荷

■写真1 海岸砂に混じる微細プラスチック片。筆者のグループが石垣島で撮影したもの。

海岸漂着ゴミの約7割を占める廃プラスチックは、紫外線の照射や温度変化によって劣化が進行し、これに物理的な刺激が加わって破砕される。やがてプラスチック片は潮汐や波浪で海へと戻され、その後に再び海岸への漂着を繰り返す。この過程で次第に微細片化が進行するのだろう。色とりどりのプラスチック微細片が砂に混じる海岸は、今では見慣れた光景となってしまった(写真1)。
プラスチック微細片の中でも、大きさが5mmを下回ったものをマイクロプラスチックと呼ぶ。これほど小さくなってしまえば、誤食を通して容易に海洋生態系に入り込む。実際のところ、最近になってクジラから動物プランクトンに到るまで、実海域で採集されたさまざまな生物体内から、マイクロプラスチックの発見が相次いでいる。海水中に本来は無害なほど薄く広がる残留性有機汚染物質が、浮遊するマイクロプラスチック表面には吸着しやすい。誤食されたマイクロプラスチックを介して、これら汚染物質が、効率的に生物体内へ移行するとの報告がある。また、プラスチック自体は毒性を持たないが、一方で成長の糧ともならないため、誤食を繰り返した海洋生物に成長阻害をもたらす可能性が指摘されている。
ただ、海洋生物への負荷の程度は研究の途上にある。実海域でマイクロプラスチック由来の環境リスクが顕在化した事例も、まだ報告されていない。これは、マイクロプラスチックの浮遊数が、まだ現状では少ないためであろう。しかし、今後も海洋への廃プラスチックの放出は続く一方で、プラスチックは自然では容易に分解しない。すなわち、この世界は廃プラスチックの袋小路であって、今後海洋に浮遊するマイクロプラスチックは増加していく可能性がある。ここで注視すべきは、このまま浮遊濃度が増え続けた場合の、将来における「海洋プラスチック汚染」の環境リスクなのである。

マイクロプラスチック研究の最前線

■図1 南極海で採取した浮遊マイクロプラスチックのサイズ別の濃度(海水単位体積あたりの浮遊個数)。バーの上につけた(a), (b), (c)は、同じサイズのマイクロプラスチックの写真(a), (b), (c)に対応している。写真の枠は5mmで軸の太さは0.3 mm。Isobe et al. (Marine Pollution Bulletin, in press) より引用した。

そもそも世界の海には、どの程度のマイクロプラスチックが浮遊しているのだろうか。海洋生物への影響を検証するにせよ、観測データに基づかない浮遊量を想定した実験の設計では説得力がない。実海域での浮遊量の把握と将来予測は、マイクロプラスチックに関する最も重要な研究課題の一つと言える。ところが、マイクロプラスチックが海洋汚染物質として認識されたのは、ごく最近のことである。浅い研究の歴史の中では、観測手法や分析手法について未だ十分に統一がとれていない。最近の数年間に出版された論文を見ても、マイクロプラスチックの浮遊量を表す単位ですら異なる場合がある。海水体積あたりの浮遊個数(例えば個数/m3)と海域面積あたりの浮遊重量(例えばmg/km2)で表された数値の大小比較などという違うユニットを比較するのでは意味がない。浮遊量の海域比較や統合データセットの作成は、単位はもちろんのこと、観測手法や分析手法を揃えることで初めて可能である。
幸いなことに、マイクロプラスチック浮遊量の海域調査は、わが国が他国をリードしていると言ってよい。海洋学の手法に準じた組織的な観測は世界に先駆けており、瀬戸内海西部での浮遊量調査に筆者のグループが取り組んだのは2010年頃からであった。2014年から現在までは、環境省と東京海洋大学、そして九州大学が、日本周辺海域での浮遊量調査を継続している。これは、東京海洋大の二隻の練習船(海鷹丸・神鷹丸)を運用したマイクロプラスチック浮遊数の一斉調査で、毎年に維持される50〜100に至る測点数は、他国に類を見ない規模である。すべての海域で観測手法は統一され、また採取されたマイクロプラスチックは、一元的に九州大学で分析に供されている。2015年からは上記大学に加え愛媛大学と東京農工大学の研究者が連携して、マイクロプラスチック浮遊量の調査と、その影響評価研究に取り組んでいる(環境省推進費4-1502)。
これらの研究を通して、日本列島周辺の東アジア海域におけるマイクロプラスチック浮遊量は、世界の他海域と比較して一桁多い約170万個/km2 (3.7 個/m3)であることが明らかになった。東アジアは浮遊マイクロプラスチックの「ホット・スポット」なのである。将来にマイクロプラスチック由来の環境負荷が顕在化するのは、まず東アジア海域かもしれない。2016年にわれわれの研究グループは、南極海におけるマイクロプラスチックの浮遊を世界に先駆けて確認した(図1)。生活圏から最も遠い海に漂うのであれば、マイクロプラスチックが浮遊しない海など、もはや地球上には存在しないのだろう。

マイクロプラスチック研究におけるわが国への期待

2015年G7エルマウ・サミットでは、マイクロプラスチックを含む海洋ゴミのモニタリング手法の標準化・統一化が日本から提案され、これがG7各国の賛同を得て首脳宣言の一部に盛り込まれた。これを受けて、翌2016年の富山G7環境大臣会合でも、モニタリング手法の標準化・統一化が『G7富山環境大臣会合コミュニケ』に謳われることとなった。2016年12月に行われた第6回日中高級事務レベル海洋協議でも、マイクロプラスチック研究での両国の協調が、10件のうち、4番目に掲げられた合意事項である。今後、日中研究者の相互訪問が繰り返され、ホット・スポットである東アジアで浮遊量の共同調査に道が拓かれることを期待したい。
海流に運ばれるマイクロプラスチックは、領海や排他的経済水域とは無関係に分布を広げている。一国の努力で浮遊量の把握や将来予測ができるものではない。モニタリングが継続的に実施され、各国とのデータ交換を経て、海域浮遊量の二次元マップや三次元マップを作成していくことが重要である。ホット・スポットに位置するわが国には、科学的知見に裏打ちされた観測手法の標準化・統一化で世界をリードしつつ、マイクロプラスチック研究を牽引する期待が寄せられている。(了)

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