Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第390号(2016.11.05発行)

船舶運航データとシップデータセンター(ShipDC)

[KEYWORDS]ビッグデータ/船陸間通信/IoT
(株)シップデータセンター代表取締役社長◆永留隆司

(一財)日本海事協会は中立的立場で船舶運航データの蓄積と提供を行う(株)シップデータセンター(ShipDC)を設立した。
船舶においては、その特殊性からビッグデータの活用は活発でなかったが、ようやくその状況が変わりつつある。
船舶に関わるデータ利用の現状と、ShipDC設立の背景と目標について紹介する。

船舶に関わるビッグデータの活用

近年、さまざまな「ビッグデータ」の存在が注目されている。IoT(Internet of Things)※1等から収集されるデータにより、航空用ガスタービンでの状態監視を活用した新ビジネスモデル、プラントや建設機械などでの故障予知や最適メンテナンスなども報告され、異業種間の提携によるビッグデータを活用した新たなビジネスモデルの構想も次々と報道されている。
海運におけるデータ活用を考えると、1970年代から始まった機関室夜間無人化船の登場などを経て、機器類にセンサを装備し、センサデータをモニタする船舶が増加してきた。また、海難事故の原因解明を目的とするVDR(Voyage Data Recorder=航海データ記録装置)の搭載が国際航海に従事する船舶に義務付けられて以降、このデータを事故原因解明以外の目的に利用する例も多い。船陸間通信でも、VSAT(Very Small Aperture Terminal、超小型地球局)の登場後、低コスト化が進んでいる。現時点での船舶のビッグデータ活用の主たる対象は、これら、船舶が運航中に生成するデータ(船舶運航データ)と言える。これまで船舶の管理者だけでなく、船舶や船上機器の製造者にとっても船舶・機器の運航中のパフォーマンスを把握するのは容易でなかった。船舶運航データを活用することにより、陸側からのより迅速で適切なサポートや、データ蓄積を踏まえての設計変更等により船舶、機器類の性能・信頼性向上、運航コスト低減などが可能になると期待されている。

船舶運航データを取り巻く環境

船陸間の船舶運航データは、現時点ではVDRとデータロガーを介して得るのが一般的である。VDRにはGPS、オートパイロット、エンジンテレグラフ、レーダなどが接続され、位置、船速、針路、水深、舵角、エンジンオーダなどのデータが集まる。
一方、データロガー(Data Logger)は機関室機器のデータを記録するもので、集められるデータは主に船主の意向で決定され、重要度の高い主機関係が中心である。船舶は大洋航海中では外部からの援助を受けることが困難なため、機器故障が航行に影響することは絶対に避けなければならず、主機以外は、安全性を担保するため二重装備を採用してきた。その結果コストをかけてまでデータ監視による損傷防止を目指すインセンティブに乏しく、装備されるセンサもデータ活用例も少なかった。今後、乗組員の負担軽減や機器の実運航時のパフォーマンス把握、さらには自律船化などの活動の中で、主機以外へもさまざまなセンサが装備され、データが活用されることが予想される。

業界通じてのデータ活用への道のり

船舶運航データを利用した最適運航のサポートは既に一般化している。これは、気象予測情報なども加味して最適な航路や船速を提案し、燃料消費の低減などを可能にするものである。また、機器類の部品の劣化を予め把握して、長い運航期間中の短い入港日における整備のために、交換用の持参部品の選定に生かすなどで、国際物流コスト削減への動きもある。
ビッグデータの活用やビッグデータ解析はさまざまな枠を越えて大きな規模で行うほど多様かつ信頼度の高い結果が得られるものである。しかしながら、利害関係のある企業の枠を超えるのは容易でなく、現状では、本船上での運航データの収集、陸上への送信のための機器設置等を各社で行い、データの保管も各社の仕様や手続きを基にデータを独自の場所に格納して、サービスや研究活動を行っている状況にある。
プレイヤーの多い海運の世界でこの状態が続けば、ビッグデータとしての活用は非常に困難になると想像され、企業の枠を超えて中立的な立場で運営されるデータセンターの早期の設立を求める声は少なくなかった。しかしこれは、多数の関係者がデータの入出力を行うことになるため通常のデータベースとは比較にならない堅牢なセキュリティ確保をも必要とし、またさまざまな関連企業に活用してもらうには利用コストも低廉であることが求められるなど多くの問題点がある。
かかる状況を踏まえて、業界共通のデータプラットフォームとして、(株)シップデータセンター(ShipDC)は、(一財)日本海事協会(NK)により2015年12月に設立された。これは、世界有数の船級協会※2であり、その中立性に信頼の厚いNKがその任に最適である、との業界の要望に応えたものでもある。ShipDCに蓄積されるデータは、前述の設計改善等を図るツールとなる他、EU-MRV規則※3等の環境規制対応への利用も期待されている。

ShipDCの現状とこれから

ShipDCでは、さまざまな船舶から送られる船舶運航データを、データのフォーマットや名称の違いに関わらず受け入れ、(一社)日本舶用工業会スマートナビゲーション研究会の目指すISO国際標準規格(本誌 No.371「船舶のビッグデータ活用〜スマートナビゲーションシステム研究会の活動紹介〜」諸野 晋著※4参照)に合せて変換、蓄積する。また船主の認めるデータ利用者に、船主の認める範囲のデータのみを提供できるように、API(Application Programming Interface、データなどを外部の他のプログラムから呼び出して利用するための手順やデータ形式などを定めた規約)を介してデータを提供する(図)こととなっている。
国内大手船社の協力を得て、実船からのデータ送受信トライアルを開始し、成功裏に受信、蓄積し、APIの作成も完了した。国土交通省は本年、船陸間・船舶間のデータ通信を活用した船舶等の開発のうち、幾つかの要件を満たす事業を対象に、『先進安全船舶技術研究開発支援事業』を開始したが、平成28年度にこの事業に採用された事業の幾つかでShipDCの利用が決定している。
またNKでは、ShipDCに蓄積されたデータを活用しての船級検査合理化を目指しているが、この将来の船級検査合理化を視野に入れ、ShipDCをデータ保管先として計画するアプリケーションプロバイダも事業開発を進めている。
現状では、多くのデータが集まり、多くの人が利用する、という状態にはまだ遠く、海事クラスターとして活発なデータ活用に向けては漸く緒についたばかりだが、国際的なIoTやビッグデータの利活用において、少しでも業界としての活動の中で、わが国の国際競争力強化に役立てるよう、努力を続けていく所存である。(了)

  1. ※1IoT(Internet of Things)=世の中に存在するさまざまな物体(モノ)に通信機能を持たせ、 インターネットに接続したり相互に通信することにより、自動認識や自動制御、遠隔計測などを行うこと。
  2. ※2船級協会=船舶と設備の技術上の基準を定め、船舶と設備を設計・建造から就役の過程で検査し、さらに就役後も繰り返し検査し、基準に沿っていることを保証する非政府組織。船籍国政府から検査を委任されることがあり、この場合は船級規則のみならず、船籍国政府の法律に基づいて検査を行う。世界最初の船級協会はロイド船級協会(1760年設立)、日本海事協会は1899年設立。
  3. ※3EU-MRV規則=Regulation (EU) 2015/757 of the European Parliament and of the Council on the monitoring, reporting and verification of carbon dioxide emissions from maritime transport, and amending Directive 2009/16/EC(燃費報告制度に関する欧州規則)。船舶から排出されるCO2量の把握を目的とする。
  4. ※4海洋政策研究所URL参照
    /oprij/projects/information/newsletter/backnumber/2016/371_2.html

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