Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第387号(2016.09.20発行)

海と私たちの未来

[KEYWORDS]海を知る/海洋観測/日米海洋パートナーシップ
GeoOptics社CEO兼ダイレクター、元NOAA長官◆Conrad C. Lautenbacher, Jr.

全球地球観測システム(GEOSS)は、人類存続に必要な知識を発見し、記録して、世界中のあらゆる専門分野の地球科学者に対して提供する計測基盤である。
わが国の(国研)海洋研究開発機構と米国の海洋大気庁(NOAA)は、GEOSSの一環として熱帯太平洋の観測システムにおける連携を行ってきたが、地球全体の気象の変化と変動を予測する上でもこれを継続的に監視し、さらには生物地球化学変量の観測を含む新システムに発展させることが重要だと考える。

海を知る必要性

海は、この地球に生きる私たちにとって今でも謎と驚きに満ちている。海は、この「青き惑星」の表面の72%を覆い、私たちが必要とする酸素と膨大な量の食料を生産し、生命を生み出しこれを維持していく源でもある。これだけの価値を海に見出しながら、私たちは、海の健康を維持し、ひいては真に持続可能な惑星を創り出すために必要なことをすべて知るには程遠いところにいる。
意外にも、私たちは、海の底より、遠い月や火星の表面の方をはるかによく知っている。海についての知識は、地球を周回する6基の人工衛星が測定する海面形状から海底地形のおおよその姿を得ているのである。海の物理学的特質を詳細に知ることは重要だが、一方で私たちは地球の生命を維持している海の化学的、生物学的全貌に関しては、はるかに無知である。
この50年間に地球上の人口は驚異的に増加したが、この先もかつて見なかった規模に達することが予想される。2100年までには、更に何十億人もの増加が見込まれる人口を、どう維持していけるのか。今日でさえ、既に気候変化、海洋環境の劣化、さらには食料、水、クリーン・エネルギーの供給など、規模の大きな課題を多数抱えており、これらをどう効果的に解決できるのか。私たちの惑星がいったいどのように機能しているのかを知る取組みを全世界で優先させることが、まず重要な一歩になる。
地球はさまざまなシステムからなる。個々のシステム同士は、互いに影響し合い、繋がり合って生命のリズムを生み出している。これらのシステムを大きな視点から解明していくことは必要であるが、地球システムを構成する生命やそのプロセスの複雑さを理解するには、それだけでは十分ではない。システム間の物理学的、化学的、生物学的な関連や相互関係を詳細に知るためには、固体地球、海洋、大気の境界及び境界を超えて計測する機器と研究が必要である。
人類が持続可能な形で地球上に存在し続けることを可能にする要素は何か。それを知るために、大規模な学際研究が極めて重要になった。それには、政府、大企業や社会貢献を目的とする大規模な慈善団体などが全面的に関与して、先端的な計測を展開するだけでなく、既存の観測システムを支援、維持していくことが必要である。

日米海洋パートナーシップ

太平洋を舞台とする海軍軍人として、長年、海上や太平洋周辺諸国で過ごしてきた私は、海をよりよく知る活動に、関心を持って支援していただいた組織や個人に対して深く感謝している。特に、日米間の長年の緊密な協力とパートナーシップに敬意を表し、賞賛を送りたい。両国は共に海洋国であり、貿易も経済も、海の健康と持続可能な利用に決定的に依存しているのである。
日米両国は「地球観測に関する政府間会合」(GEO)の創設メンバーである。同組織は、現在百カ国および同数の支援組織・機関からなり、ジュネーブの世界気象機関(WMO)内に事務局がある。GEOは、「全球地球観測システム」(GEOSS) 構築のために相互間の調整と協力を行うことを目的とした閣僚級組織である。GEOSSは、人類存続に必要な知識を発見・記録し、世界中のあらゆる専門分野の地球科学者に対し提供する計測基盤である。
GEOSS コンセプトを実現する最前線において、日本は、(国研)海洋研究開発機構(JAMSTEC)の技術力によって、また米国は、海洋大気庁(NOAA)を通じて、太平洋熱帯域数千マイルの観測システムを支え、寛大なスポンサー国として最大の貢献をしている。このシステムの中核をなすのがTAO/TRITON アレイであり、JAMSTECはこのシステムの設置以来、西太平洋側の部分の運営、維持を行っている。
この観測システムによって、大気と海洋の基本的な結合パターンについての理解が進むところとなった。これが科学者の間で「エルニーニョ南方振動」(ENSO)、あるいは簡単に「エルニーニョ」と呼ばれる現象である。世界の気象パターンはENSOを引き起こす条件と連動させて判断し、世界のすべての大陸上における季節ごとの気温や降水パターンを予報することが可能になってきている。これに加えて、ENSOに類似し、ENSOと相互補完しあう現象がインド洋および大西洋にもあることが確認されており、こうしたことによって地球全体の気象パターンを事前に知る貴重な窓が大きく開けてきた。

米国海洋大気庁のTAOブイの整備にあたる日本のJAMSTEC研究船「かいよう」
日本のJAMSTEC TRITONブイの整備にあたる米国海洋大気庁のタグボート

観測システムの長期継続を

人の手によって作られたものの常として、このTAO/TRITONシステムも老朽化が進み、継続的な整備や交換が必要になっている。幸い、整備が容易で、しかもより進んだ計測装置を搭載したTAO/TRITONにする国際イニシアチブ、「熱帯太平洋海洋観測システム2020(TPOS2020)」が進行中である。これは、GEO支援機関としての機能をもつユネスコ政府間海洋委員会(IOC)が構築した全球海洋観測システム(GOOS)の一環をなす国際プロジェクトである。
日本と米国がその立案と展開に大きな役割を演じているこの新システムは、単に物理学的測定に限らず化学、生物学的計測機能を備えることになっており、これによって、GEOSSによる主要観測情報の供給が大きく前進することになる。熱帯海域の生物地球化学的変動性と予測可能性に関して詳細な理解を得ることができ、この情報提供は持続可能な地球に向けた意思決定に大きく貢献することとなるのである。米国と日本は、他の太平洋諸国と共に、こうした意思決定を行う世界の指導者達に必要な地球システムの理解を増進するために協力しあっている。
日米両国の強力な支援が今後も継続される必要のあることを強調したい。TPOS 2020のような将来に向けた計画への財政支援は重要であるが、一方で、現行の事業への資金供与の継続も同様に急務である。全地球的規模の観測システムは、単に短期的な実験ではなく、将来に向けて維持されるべき長期の投資である。あたかも私達が家庭において寒暖計を持ち、これによって温度をモニターし、室温調節を行うのと同じように、地球規模の重要な変量を継続的にモニターすることは不可欠である。現在、現行のTAO/TRITON海洋観測システムによって世界の海洋、大気予測が恩恵を受けており、これを今の時点で命を尽きさせてしまうことはできない。地球に関する私達の知識を拡大し、持続可能な未来のために必要な観測を継続していくためには、世界の国々、また大きな企業や慈善団体などによる長期的な支援が欠かせないのである。(了)

  1. 本稿は英語で寄稿いただいた原文を事務局が翻訳・まとめたものです。原文は当財団HP(/opri/projects/information/newsletter/backnumber/2016/387_1.html)でご覧いただけます。

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