Ocean Newsletter

オーシャンニュースレター

第387号(2016.09.20発行)

編集後記

ニューズレター編集代表(国立研究開発法人海洋研究開発機構アプリケーションラボ所長)◆山形俊男

◆この夏はフィリピン海で積雲活動が弱く、小笠原高気圧が充分に発達できなかった。しかし、ユーラシア大陸を横断する空の回廊を経由して、中国東部から西日本には空気塊が蓄積し、「鯨の尾」と呼ばれる背の高い高気圧が形成された。これに伴う猛暑で日本近海はまるで熱帯の海である。近海で発生した台風が大雨をもたらし、甚大な水災害を引き起こしてしまった。この春まで続いたエルニーニョ現象によってフィリピン海周辺に残された冷水とインド洋に発生した負のダイポールモード現象が、各地に異常気象を起こしている。
◆海は気候変動の母胎であるだけでなく、生命の存続に不可欠なものである。海の恩恵を持続的に受けていくには、その姿を継続的に監視し、変化と変動を予測し、健全な状態を維持する意思決定に貢献していく必要がある。Lautenbacher氏は全球地球観測システム(GEOSS)の一環として日本の海洋研究開発機構と米国の海洋大気庁が連携して展開した熱帯太平洋の物理変量広域観測システムを継続し、さらには生物地球化学変量の観測を含む新システムに発展させることの重要性を力説する。
◆黒潮の洗う日本列島の温暖な海辺に古くから分布する橘は柑橘類の原種の一つとされる。しかし、環境の変化で今や絶滅の危機に瀕している。寺本さゆり氏は記紀や歴史書の記述、環境要件、最近の遺伝子解析を総合し、橘の分布は海を経由した人の活動と自然伝播によるのではないかと推察する。初物のミカンを剥きながら、橘の由来の謎解きに加わるのはいかがであろう。
◆橘の分布する海辺は和辻哲郎風に言うならば自然環境と歴史が一体化した風土である。人と自然は長期にわたり交流し、地域に固有の世界を生み出して来た。しかし両者間の変化と変動のギャップが地域から地球規模に至るさまざまな問題を提起している。このような中、杉野弘明氏は環境心理学者の立場から東京湾の精神分析を試みる。主客を自在に入れ替えることのできる想像力こそ、今、最も必要とされている能力なのかもしれない。(山形)

第387号(2016.09.20発行)のその他の記事

  • 海と私たちの未来 GeoOptics社CEO兼ダイレクター、元NOAA長官◆Conrad C. Lautenbacher, Jr.
  • 橘の由来 ICAエチオピア事務所◆寺本さゆり
  • 東京湾の精神分析 東京大学海洋アライアンス特任研究員◆杉野弘明
  • インフォメーション 第9回海洋立国推進功労者表彰の受賞者決定
  • 編集後記 ニューズレター編集代表(国立研究開発法人海洋研究開発機構アプリケーションラボ所長)◆山形俊男

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