Ocean Newsletter

オーシャンニュースレター

第374号(2016.03.05発行)

「海と生きる」気仙沼 ─ 復興そして創生へ

[KEYWORDS] 海と生きる/社会課題の解決/水産モデル都市
宮城県気仙沼市長◆菅原 茂

東日本大震災で壊滅的被害を受けた気仙沼市。官学民、全国の支援を受けながら復興に向かっている。全国有数の水産都市の復興は現在の水産業の置かれた状況から容易ではない。復興にとどまらず地方創生の観点と併せ、市一丸となった数々の取り組みでその難題に立ち向かう。

「海と生きる」

東日本大震災から間もなく5年、この間、全国・全世界の皆様から多大な支援をいただいてきた。とりわけ、日本財団はじめ海洋・水産関係者には今も寄り添い続けていただいており、心より感謝申し上げたい。
2011(平成23)年10月、気仙沼市の震災復興計画が完成し、その市民公募による副題に「海と生きる」が選ばれた。幾度となく津波に見舞われ、その度に先人たちは海の恵みを信じ、このまちを復興させてきた。海と一緒に育ち、生活してきた私たちの復興への意気込みを表して余りある「海と生きる」は気仙沼市の、そして市民にとってのアイデンティティとなった。

水産業の復興

■震災直後、ガレキの山の上に打ち上げられた漁船群

大震災から10日目、ガレキを掻き分け、灯りもつかない魚市場の2階会議室に200人余りの髭面の男たちが集まった。結論は明確、「カツオがやってくる6月には市場を再開させよう」。無謀な計画だが、男たちにも、まちにとっても生きる目標が必要だった。70cm以上も地盤沈下した岸壁の嵩上げや氷工場に電気を通すなど、関係者の必死の努力で6月23日に魚市場開場、初入港船が接岸した時の市場関係者の表情が忘れられない。
大震災の教訓から沿岸部の一部を災害危険区域に指定し原則非居住地帯とする一方で、漁港区域を拡大し沿岸2カ所、計約30ヘクタールの水産加工業集積地を嵩上げ・造成することとした。それまでの気仙沼は工場・住居が混在し、1社で数カ所の工場を持つなど、生産の効率化が課題だった。「復興は社会課題の解決を伴うべき」という当市の復興の理念に沿ったものだ。
復興庁、水産庁、中小企業庁などの手厚い補助施策のおかげで、多くの漁船、養殖施設が復旧し、水産加工場の復旧も続いている。しかしながら一方で潜在的な要素も含め、わがまちの水産業はいくつかの課題に直面している。
一つは資源問題。2015(平成27)年、当市魚市場の水揚げは2010年比、金額で95%まで回復したものの数量では74%と2014年から少し減少した。カツオの来遊量の長期的減少やサンマの大不漁などが主な要因だ。これを受け、2016年1月30日には当市を会場に資源問題を主なテーマに全国的なカツオフォーラム※1を開催し、2月15日には東京海洋大学との連携事業である連続セミナーにおいてサンマの資源管理を取り上げた。
もう一つは水産加工業の問題。長期にわたる休業や進む魚離れで販路を失い、生産年齢人口の減少と復興事業へのシフトで極端な人手不足に見舞われ、せっかく補助金で復旧した工場がフル稼働できない。これには国・県・市そして民間団体を挙げた販路拡大支援や外国人技能実習生向けも含めた宿舎整備への補助などを行っている。自治体としてできることは限られているが、水産都市※2としての役割を果たしていきたい。

水産クラスターの進化

わが国の漁業生産量、水産物消費量が共に減少を続けるなかで、沿岸・沖合・遠洋漁業全てを網羅し、それを支える造船・鉄工など関連産業のすべてが揃い、大きな魚市場を頂点とする流通、そして多岐にわたる加工業が存在するなど、言わば水産クラスターが発達するわが気仙沼は、全国の漁港がその機能を弱めるなかで、全国の漁業者、消費者から頼りにされる水産都市としての復活と進化を目指している。
まずは被災した魚市場をHACCP(危険度分析重要点管理方式)やトレーサビリティを導入する高度衛生管理型施設として再整備し、場内には新たにマグロ・カジキ類を対象とした低温売場を設ける。加えて観光客を意識した海の見えるキッチンスタジオ、見学用通路の設置など、大震災後の市の観光コンセプト「水産と観光の融合」の具現化を図る。すでに気仙沼市の民間団体では漁師カレンダーを制作し、出船送りをイベント化。氷屋・箱屋の体験ツアーやメカジキのしゃぶしゃぶなどのメニュー開発を行っている。また、市内の造船4社は地盤沈下で上架機能が減少した状況を踏まえ、合併に踏み切った。この合併では、関連事業者も巻き込んで、シップリフト方式を採用、津波に強く環境に配慮した新しい造船所に生まれ変わる。漁船の高度化大型化に備えると共に海洋構造物を含む他領域への進出も目論む。

地方創生/人材育成をめざして

■フカコラーゲンミスト・ジェル、ホヤソース

すでに触れた水産加工業についてもいくつかの取り組みを行っている。売場を失った経験から独自で真似のできない技術を持つこと、付加価値が高く自分で価格設定ができること、そのような商品作りのため水産資源を水産食品にだけ利用するのではなく、幅広いマーケットを対象とする技術開発などイノベーションを起こすため、業界有志と水産資源活用研究会を立ち上げた。すでにフカコラーゲン活用の化粧品、ホヤをベースとした調味料などが開発され高い評価を得ている。市がこのことに注力する理由は水産業の進化と併せ、地方創生の眼目であり全国の地方都市の課題である人口減少への対策と考えているからだ。都会で知識や技能を身に付けた若者なしにこの試みは成就しない。I・Uターンの誘導、受け皿として期待している。
最後は人材育成について。(公社)経済同友会の協力を受けた『東北未来創造イニシアティブ』の取り組みの一環として人材育成道場『経営未来塾』※3を開講し、6カ月を1単位としてすでに4期生、累計67名の水産人にとどまらないまちの次代を担う経営幹部が監査法人、経営コンサルなど田舎では有り得ない豪華講師陣の指導を受けている。この取り組みは大船渡、釜石でも行われており、3市の卒塾生のネットワーク化による相乗効果が期待されている。先に触れたが当市には震災後、連携協定のもと、東京海洋大学がサテライトオフィスを設置、水産業者の相談に応えると共に魚市場の水揚げ閑期を利用して大学の先生や各界のOBを講師に連続セミナーを開いている。市内水産関係者の基礎知識習得や最新情報・技術の紹介の場になればと思っている。
以上、震災からこれまでの歩みや問題点、取り組みについて述べさせていただいたが、そのすべては国、県、他自治体、民間団体などの皆様の手厚い支援と復興に賭ける市民の覚悟と情熱によるものであり、改めて感謝申し上げ、敬意を表したい。大震災という強烈な痛みを伴う大惨事を経て、私たちは新たに水産都市の将来像を描く機会を与えられた。全国の皆様の変わらぬご指導の下、この難局を乗り越え、全国の水産都市モデルとなる歩みにしたいと考えている。(了)

※1 2015カツオフォーラム in 気仙沼 主催 日本かつお学会
※2 水産都市とは、特定第3種漁港などの大規模漁港を有するだけでなく、その都市がもつ機能のなかで水産物の流通や加工などの比重が高い都市(行政用語)。

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