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オーシャンニューズレター

第374号(2016.03.05発行)

震災から5年目の水産復興の課題、どう捉えるか

[KEYWORDS] 東日本大震災/水産復興/地域経済
東京海洋大学海洋科学部准教授◆濱田武士

東日本大震災の被災地の水産業の復興状況を数字で見ると、これまで順調に推移したと見えてしまいますが、現地に入ると労働力と水産物の販路の確保が大きな課題になっています。今、この課題をどう捉えるかが重要になっていると思います。
本稿では、そこに論点を絞って、今被災地の水産復興が新たな段階に入っていることを論じます。

被災地の状況

■図1:東日本大震災による水産への影響と対応(水産の復旧・復興状況)
(平成27年12月 水産庁)

東日本大震災から5年が過ぎようとしています。震災直後、三陸、常磐の沿岸の状況を見たときには、水産業の復興にどれだけの時間を要するのか想像できませんでした。しかも、東京電力福島第一原発の事故に伴い放射能を含んだ高濃度汚染水が海に流れ出て、人や水産関連施設だけでなく、魚まで放射能物質に汚染され、被災しました。
2014年度の被災三県における主要魚市場における水揚量の現状(回復状況)は生産量が震災前(2010年3月から震災直前の2011年2月末まで)の80%、水揚額が87%でした(図1参照)。県別に見ると、岩手県の生産量、生産額が83%、94%、宮城県が80%、86%、福島県が48%、32%でした。岩手県と宮城県は、100%ではないものの、生産面で見ると復興は着実に進んだように思えます。ただ、福島県では、遠洋漁業が震災の影響を受けなかったことから数量で約半分をキープしているが、福島県沖合においては操業の全面自粛が続いていて、モニタリングを行いながら対象魚種を絞る試験操業を行うのみです。それでも被災三県の回復は全体で8割を超える状況です。
被災した漁民や水産関係事業者の懸命な努力が実り、また官と民併せた献身的な復興支援があったからこそ、ここまで辿りついたと言えます。

何が壊れたのか、どうしているのか

しかしながら、現地を歩くと分かりますが、安堵していられない状況もあります。物的復旧が進んでいる一方で、津波や放射能により解体されてしまった様々な「関係」が取り戻せていないのです。例えば、漁業者一家の一員が犠牲になり、漁業に付随する作業の担い手が不足し、水産加工業においては震災後解雇した雇用者が戻ってこない。水産流通においては復興支援によって新たに始まった販路もあるが、失われた販路が戻っていない、などです。
販路が取り戻せない理由としては、被災地からの水産物供給がストップしている間に東北以外からの供給が定着したことがあげられます。なかには放射能汚染を理由に取引が停止されたままの事例もあります。
これ以上に問題視しなければならないのは、たとえ他産地との競合や放射能汚染のことが取り除かれたとしても、供給力が回復していないということです。漁業の現場にしても、水産物流通加工業の現場にしても、働き手が戻っていないからです。漁業と水産加工業ともに働き手がいなければ、販路を増やそうにも供給力が伴わないのです。
震災前ですら、少子高齢人口減少社会が進む地方にあって、最低賃金水準で実現していた地縁血縁に基づく労働力供給と、外国人技能実習制度を活用した外国人の労力供給によって生産をギリギリつなぎ止めていました。もちろん、震災後も人手不足解消のために、外国人技能実習制度の活用が急がれてきました。しかし、昨今、中国の国内労賃が上昇していて、震災前まで頼りにしていた中国からの実習生の受け入れは困難化しています。またその代替としてベトナムからの受け入れも進められていますが、従業員50人以下の事業所に対しては1年間の受け入れ可能人数が3人(1人3年間)までという制限があるため、労働者不足の穴埋めには至っていないようです。特区制度で外国人の受け入れを増やすという動きもありますが、そのような対症療法で供給力を伸ばしたとしても、被災地で暮らす人々に対する経済効果は拡大しません。
その他の手立てとして考えられることは、新たな生産技術や生産管理技術を導入することです。もちろん、国や地方自治体の手厚い復旧支援資金によって、従前使っていた旧式の機器類は最新鋭のものに更新されて、新技術の導入が進みはしました。また岩手県の事例ですが、県行政のバックアップによって、水産加工ラインにトヨタ生産方式導入による"カイゼン"技術も導入されました。トヨタ方式の導入は、生産ラインの稼働率を引き上げますので、人手不足の水産加工業において有効に働いていると聞いています。

これからの被災地と地域経済

■図2:地域経済再生の方向性

震災を契機に、国内の水産物流通の体制は大きく転換し、被災地全体の労働力の供給力が弱まりました。震災直後、早く震災前に戻すことが肝要でありました。ですが、すでに5年が経過し、新たな販路、新たな労働力を掘り起こしていかなければ被災地の水産業は震災前に戻るどころかさらにシュリンクしていく可能性があります。
したがって、これから求められるのは、地域経済に好循環をもたらす対策であって、賃金水準を引き上げて雇用を惹きつけ供給力を回復させる対策です。そのためには、生産性(作業者1人当たりの売上)を抜本的に引き上げる技術体系を構築するとともに、利益率の高い製品市場の創出(製品開発と販路拡大)が伴わなければなりません。もちろん、すべての水産加工業者にそれを求めるのは無理なことです。むしろ、そのようなことを実現する企業群が出てくることで、水産加工業界の棲み分け・分化をより進め、多様化する食品市場に対応できる産地になることに期待するのです。そうなれば、地域経済のポテンシャルが高まるからです(図2参照)。
経過措置的に海外からの労働力供給に頼るのは致し方ないところがあります。しかし、人口減少に歯止めをかけて安定した被災地の地域経済をつくるには、それに依存していては実現できず、生産性向上、賃金上昇をもたらすイノベーションがどうしても必要になってきます。
いまや、復興支援の在り方も次のフェーズに入って来ていると思います。漁業、水産加工業の現況をもっと適確に掴み、その上で産官学による開発研究と開発投資を活発化させることが肝要だと思います。(了)

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