Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第368号(2015.12.05発行)

港の中の浅場—生物のオアシス

[KEYWORDS] 沿岸環境/生息場/水中地形
国土交通省国土技術政策総合研究所沿岸海洋・防災研究部海洋環境研究室室長◆岡田知也

港の中には、われわれが思っている以上に生物の棲む所がある。
音響測深機を用いて東京港周辺の運河の水中地形を可視化した。生物の生息に適した水深3m以浅の浅場は、水域全体の18%を占めていた。
豊かな生態系を育み、多くの人が"海の魅力"を感じることできる空間として、港は大きな可能性を持っている。


生物のオアシスとしての浅場

1970年頃と較べると、海の水がキレイになったと思いませんか?
見た目や匂いだけでなく、水質データでも、港周辺の水質は、良くなってきたことは示されている。しかし、魚、カニ、貝等の生息状況は、残念ながら依然として望ましい状態とは言えない。外来種を含め限定された種は生息しているものの、多様性は低い状態のままである。海の水がきれいになっても、多様な生物がいなければ、"海の魅力"は半減であろう。
一方、かつて産業区域として限られた人の出入しかなかった港周辺は、再開発が進められ、都市部において多くの人々が海に近づくことができる貴重な場所へと変わりつつある。東京湾では、多くの商業施設や高層マンションが林立しているお台場、芝浦、汐留、晴海、および横浜みなとみらい等がその典型である。もし、豊かな生態系が回復し、海の魅力が向上したら、これらに訪れた人々や住んでいる人々の意識はきっと海に向うに違いない。そして、多くの人の意識が海に向かえば、沿岸環境にとって、必ずや良い相乗効果が生まれるに違いない。
豊かな生態系の回復には、生物の生息場の再生が強く望まれる。以前に較べて海の水はキレイになったと言っても、夏期には底層付近で水中の溶存酸素の濃度が生物の生息限界以下にまで下がる現象(貧酸素水塊)が発生する。例えば東京港周辺の水深5m程度の運河では、底層から水深3mまで恒常的に貧酸素化している。このことは、東京港周辺の運河において、夏期に底層から水深3mまでの水深帯は、生物生息に適していないこと意味する。逆に、生物生息場として適している水深帯は、貧酸素水塊より上の水深3mよりも浅いところとなる。運河の生物にとって、水深3mよりも浅い浅場は、貧酸素水塊から逃れることができるオアシスとなる可能性がある。

水中地形データの可視化

■写真1:運河の中の浅場

港や運河の中に、浅場はあるだろうか? そんな目で運河沿いを歩いて運河を見てみた。思っていた以上に浅場があった。固定観念が少し崩れたような気がした。護岸沿いや橋の下等、船舶の航行や接岸に支障がない水域には、浅場が形成されていた(写真1)。
次に、水の中が気になった。そこで、音響測深機を使って水の中を覗いてみた。本調査ではスワス音響測深機(インターフェロメトリ音響測深機)を用いた。平面方向には約50cmの解像度とした。また、本調査は写真1のような水中から陸上まで連続した地形も測定したかったため、陸上部を地上レーザで測定した。水中データと陸上データを合わせると、海から陸まで連続した地形データを3次元のデジタルで表現することができる。
図1は調査結果の一例である。データは点群で表示している。黄緑色の点が平均海面である。黄色部がちょうど護岸であり、護岸上の樹木や建物が赤色である。黄緑色から青色にかけて水中部である。下に示すサイドスキャン画像を点群に張り付けた図と合わせてみると判り易い。護岸の前面に浅場があり、運河の中央部に向かって徐々に深くなっていく様子が判る。また、護岸沿いにはほぼ同様に浅場が形成されている。
このように普段見えない海の中を可視化することは、新たな発見や興味を引き出すことができる。環境を考える人、航路維持を考える人、釣り人、海にあまり興味がない人等、人それぞれの立場での発見があるに違いない。図2はお台場周辺の水域を可視化したものだ。砂浜の緩やかな勾配やきれいに掘られた航路等、陸上からは想像できない形状の発見・驚きがある。


■図1:運河内の地形データの一例。
(上)点群データ、(下)サイドスキャン画像


■図2:お台場の海底地形

浅場の面積

さて、3次元データを用いて、水深3m以浅の面積を算出した。東京港内の運河域では水深3m以浅の浅場は、水域面積に対して18%を占めていた。その面積は7.1×105m2であり、多摩川河口干潟の約7割、三番瀬干潟の約5割に相当し、東京港野鳥公園の14個分だった。
東京港内の運河域を400mのメッシュで区切った場合、約8割のメッシュで浅場割合が10%を超えていた。また、浅場割合が10%を超えるメッシュは対象水域のほぼ全域に渡っていた。これらのことは、浅場が東京港内の一部に偏在しているのではなく、広域的に存在していること示す。広域的な浅場の存在は、生態系ネットワークを効率的に構築できる可能性を示している。

港の中のオアシスのために

これらの浅場の良い点は、自然に溜まった浅場であるため、造成干潟を作る際に常に問題点となる砂(地形)の維持をあまり気にしなくて良いことである。この点は、維持管理の面で非常に高い優位性をもつ。一方残念な点は、現状ではこれらの浅場の多くはヘドロ化しており、生物生息場としての機能を100%発揮していないことである。よって、浅場が生物の生息場としてのポテンシャルを十分に発揮し、多様な生物のオアシスとして機能できるように、底質改善等の適切な手当が求められる。
図面で見ると護岸は線にすぎないが、水の中から見ると護岸は面である。鉛直護岸も工夫次第で多様な生物の生息場として活用することができる。生物生息機能を有した護岸等(生物共生型港湾構造物)の技術開発は全国各地で実験が行われている。港はわれわれが思っている以上に生物が棲むポテンシャルを持っている。このポテンシャルを効果的に活かすために、港の中の生物生息場をSeascapeの観点から適切にデザインする意識が必要となるだろう。
豊かな生態系を育み、多くの人が"海の魅力"を感じることできる空間として、港は大きな可能性を持っている。(了)

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