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オーシャンニュースレター

第368号(2015.12.05発行)

再び帆船の時代へ~ウィンドチャレンジャー計画~

[KEYWORDS] 帆船/ゼロエミッション船/省燃費
東京大学特任研究員、(株)大内海洋コンサルタント代表取締役◆大内一之

これまで石油燃料に依存してきた大型貨物船にも省エネとゼロエミッション化による変革は避けられない。
東京大学を中心にした産学共同研究「ウィンドチャレンジャー計画」は、風のエネルギーを最大限に利用した巨大な伸縮式硬翼帆をもつハイブリッド帆船の実現をめざして、2014年1月には縮尺モデルによる実証機による陸上実験を開始した。その取り組みを紹介する。


船舶の省エネとゼロエミッション化

現在、世界の物流の95%以上を担う大型貨物船の動力源のほとんどすべては石油燃料に依存している。しかしながら、21世紀に入ってからはCO2の排出による地球温暖化問題が顕在化し、また、石油の生産も陸の油田はピークアウトし海底のより深い油田からの採取を強いられるため、コストと価格がさらに高騰していくことが予想される。したがって今後、石油燃料はこれまでのように船舶推進エネルギー源の主役であり続けることは難しいと思われる。
このような問題に対処するために、現状では船舶の省エネルギーが大きな技術トレンドとなっている。現実的な手段としては、減速航海、船型の大型化、ウェザールーティングの活用がされている。また新規技術としては、推進効率向上のため、二軸大直径低回転プロペラとツインスケグ船尾の組み合わせや、プロペラ後部旋回流のエネルギー回収装置としてPBCF(プロペラボスキャップフィン)、CRP(二重反転プロペラ)、リアクションフィン、ラダーバルブ、ラダーフィン等がある。他にも、摩擦抵抗低減のため、気泡を船底に注入し船底潤滑(AL法、MARS等)を図ることや、主機排熱の回収と有効利用(排エコターボ発電、主機関の温排水回収によるバイナリー発電)などの多様な分野の最先端の省エネ技術開発が続々と行われている。
しかし、船の数は海上物流の増加と共に増え続け、今後も石油を使用する限り根本的問題解決は困難である。将来の海運・造船・海事社会の基幹産業としての持続的な成長と社会貢献のためには、石油等の化石燃料船からCO2排出のないゼロエミッション船への転換が不可欠であると考えられる。
ゼロエミッション船のコンセプトとしては、風力、波力、太陽光、原子力、燃料電池、2次電池、バイオ燃料、CCS(Carbon Capture and Storage)などが考えられる。しかし、原子力・CCSでは社会的受容性および廃棄物処理方法の問題、燃料電池・2次電池ではサイズ・重量と航続距離の問題、またバイオ燃料に関しては食糧への影響と生産コスト面の問題などで、外航大型商船への適用には大きな技術的・社会的なハードルがある。これに対し、風力船に関しては技術的には過去の帆船時代の実績もあり、今後の海運界における航海速力低速化の流れも馴染みやすく、同じ再生可能エネルギーでも波力や太陽光のようなエネルギー変換効率の低いエネルギー源に比べて、最も期待されるコンセプトといえる。

巨大硬翼帆船ウィンドチャレンジャー計画

■図1:84バルカー型ウィンドチャレンジャー(左:展帆状態、右:縮帆状態)

来るべき低炭素社会へ向けて、2009年末より東京大学を中心にした産学共同研究「ウィンドチャレンジャー計画」が発足した。研究目的は、海洋風エネルギーを最大限に取り込み、船舶の推進エネルギーに変換し、かつ、現代の物流に不可欠な定時性を担保するための補助的エンジン/プロペラも備えたハイブリッド帆船の研究開発およびそれらを充分に機能させるための気象予測情報による最適航路選択システムの開発である。
ウィンドチャレンジャー計画の最大の目玉は、高さ50m、幅20m、厚さ4m、帆面積1,000m2の巨大な伸縮式硬翼帆である。図1に硬翼帆を4枚装備した載貨重量84,000トンのバルクキャリア(長さ228m、幅36.5m、喫水13.9m)の展帆航海中と縮帆荷役中の想像図を示す。内部に鋼製の伸縮式マストを持つ複合材GFRP(Glass Fiber Reinforced Plastics)製の全閉翼パネル5枚が、油圧シリンダーによって入れ子状に伸縮することにより展帆と縮帆を行う仕掛けになっており、これまでの欧米型の帆船で使用されてきた布製の帆にはない新しいコンセプトに基づいた帆となっている。また、入れ子状に縮帆することにより、縮帆率を大きくすることが可能となり、より大面積の帆を搭載し風力エネルギーを大量に取り込むことが可能となった。因みに1980年代に日本で開発された世界初の硬帆搭載船「新愛徳丸」のJAMDA帆※1は、縮帆時は帆を縦に二つ折りにする構造のため、展帆時の面積を大きくするには限界があった。

ウィンドチャレンジャーの燃料削減効果

一般的に、現代の帆船では帆を翼として機能させ強い推進力を得ている。従って、翼に対する充分な迎角が取れない向い風の時は、風から推進力を受けることができない。そのため帆が前進力を出すのは翼としての揚力が有効に発生する見掛け風向が45°~135°の横風、および抗力を有効に使える見掛け風向が135°~180°の追風の場合である。風洞実験やCFD(Computational Fluid Dynamics)などによる検討結果では、図1に示した84型バルクキャリアが14knot(時速26km/h)で走る時、風速10m/sの横風の場合で40~50%、12.5m/sの横風で50~70%の燃料が削減されることになる。
常に横風が吹き続けていれば、上記のような大きな省エネ効果があるが、実際に実海域を航海するとなると、無風、微風、向い風、風速変化、季節変化の影響が大きく、実航海での年間平均の省エネ量は小さくなる。また、最短距離の大圏航路を航海するのと、最短ではないが極力風の強い海域を選んで航海する最適航路との省エネ効果の違いも考えられる。このような気象データと諸条件を加味して年間平均省エネ率を、本プロジェクトで開発したWCSS(Wind Challenger Sailing Simulation)を使って計算すると、横浜/シアトル間の往復航海の場合、大圏航路選択で年間平均23%の省エネ、最適航路選択で年間平均29%の省エネという結果が得られた。

今後に向けて

■図2:実証帆(1/2.5モデル)による陸上実験

ウィンドチャレンジャーの実用化に向けて最も確認が必要な技術要素は、新形式の伸縮可能な巨大硬翼帆の信頼性・耐久性と性能である。そのため、同じ材料・構造・動作機能を持った1/2.5の相似な縮尺モデルを製作し、2014年1月より長崎県佐世保市の海岸縁の高台に実証機として設置し、陸上実験を開始した。図2にその縮帆時と展帆時の写真を示す。本実証実験は間もなく2年を経るが、台風など種々の自然環境の中で問題なく実験を継続しており、実物大硬翼帆の設計製作に向けて貴重なデータの蓄積を行っている。
ウィンドチャレンジャーの実用が近い将来に開始され、過去とは違った現代の価値観に立脚した帆船が、再び世界の海を静かに力強く航海することを願うものである。(了)

※1 JAMDA(日本舶用機器開発協会:現在は日本舶用工業会に統合)と日本鋼管が開発。建造は今村造船所、内国航路のタンカーとして投入された。

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