Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第368号(2015.12.05発行)

深海熱水噴出域周辺に生息する生物の飼育

[KEYWORDS] 熱水性深海生物/新江ノ島水族館/繁殖
北里大学海洋生命科学部、新江ノ島水族館飼育アドバイザー、(国研)海洋研究開発機構外来研究員◆三宅裕志

熱水性生物の研究のボトルネックはそれらの飼育研究ができないことであった。これを打破するため、熱水性生物の採集・飼育方法を確立した。
熱水性生物の飼育で、繁殖から生態までさまざまなことを明らかにしていきたい。


はじめに

深海生物は一昔前までは図鑑で、死んだ標本の写真を見る程度のものであった。しかし、ここ十数年の間に、わが国では深海生物はかなり身近な存在になり、深海ブームが起こっている。このような深海生物ブームの背景には、これまで見ることのできなかった深海生物たちを生きたまま、間近に見ることができるようになったことに大きな要因があると思われる。これはひとえに水族館の力が大きく、日本では深海生物の展示が盛んに行われており、主な水族館には少なからず深海生物が飼育されている。日本は世界有数の水族館大国であり、日本人は世界一水族館好きな国民である。そのような環境であるからこそ、切磋琢磨されて、よりよい飼育技術が培われてきた。深海生物の飼育技術は日本がトップを走り続けており、そのなかでも北里大学海洋生命科学部と新江ノ島水族館では、潜水調査船でしか行くことのできない深海熱水噴出域周辺に生息する生物を数多く飼育してきた。

なぜ、熱水性深海生物を飼育するのか?

深海生物の研究において一つのボトルネックになっていたのは、深海生物の飼育ができないということであった。とくに海底火山の熱水噴出域などに形成される深海化学合成生態系の生物(以下、熱水性生物)の飼育はほとんどされていなかった。これらの深海生物を陸上で飼育維持し、わざわざ潜水船を用いた調査をしないで、いつでもそのような生物たちを研究に使えるようになれば、さまざまなデザインの研究ができるようになる。
これから、上述のボトルネックを打ち破るべく、熱水性生物の採集から飼育までどのようになされているのかを紹介する。

熱水性生物の採集

本格的に熱水性生物の飼育をはじめる前までは、潜水船で採集し、船上に上がった時には、ほとんどの熱水性生物は虫の息で飼育では生かすことができないと思われていた。しかし、深海底で採集して、船上にあげるまでの間にそれらを活かす工夫をすれば高確率で元気なまま船上にあげることができるようになった。その秘訣は水温を低水温のまま船上にもってくるということである。これは熱水性生物だけでなく全ての深海生物に当てはまる。水深1,000mを越えると水温は4度以下になる。それを夏場であれば水温30度近い所になにも対処しないでいると、8倍近い水温差にすぐに深海生物は死んでしまう。もう一つの秘訣は硫化水素を含んだ熱水を採集容器の中に入れないことである。硫化水素を含んでいる熱水が噴いている周りにいるので、硫化水素を含んだ海水は平気ではないかと思う人が多いが、水の入れ替えのない閉じられた容器内では、硫化水素は猛毒である。これらをクリアするために、潜水船で飼育する生物を採集したときには、適宜、熱水から離れたところで採集した容器の中の水を入れ替える作業をする。そして、潜水船の調査が終わって、海底を離れて海面に上がっていく途中でも、水深600~800mで水温が4~6度の場所で、もう一度水換えをする。そうすると、ほとんどの無脊椎動物は生きたまま大気圧下にあげることができる。なお、無脊椎動物は浮き袋のような気体を身体の中にもっていないので、大気圧にあげたときに膨らんでしまうことはない。また、深海魚は浮き袋が退化している上、その浮き袋の中には脂が詰まっているため、あまり膨らんであがってしまうことはない。

飼育の方法

■a=ユノハナガニ、b=ゴエモンコシオリエビ、c=ゴエモンコシオリエビの幼生(新江ノ島水族館深海化学合成生態系生態系水槽より)

熱水噴出域の環境は、通常環境とはまったく異なる環境である。通常水生生物を飼育するときには、水槽にライトを当て、エアーレーションにより、溶存酸素を高め、水温は室温程度、pHは7~8程度で毒性のある硫化水素は絶対に発生させない。しかし、熱水環境は、4度以下の環境水に加えて、200度以上の熱水がでており、急激な温度勾配があり、熱水は酸性のため、pHは低く6~7程度、溶存酸素量は低く、硫化水素も含まれ、暗黒、高圧の環境である。そのため、通常に飼育する方法とは全く逆の方法で飼育することになる。この環境を再現するためには、さまざまな工夫が必要で、溶存酸素を低く保つためには窒素を曝気して酸素を追い出す。pHを低下させるために二酸化炭素を添加し、硫化水素を発生させるためには、硫化ナトリウム水溶液を添加する。また、水温は4度以下に維持しながら、熱水をだすため、冷却しながら、ヒーターによる加熱をするということもしなければならない。これは熱水域に生息する生物には熱依存性がある種がいるためである。
特に伊豆小笠原海域によく見られるユノハナガニは、熱水に集まる依存性(熱依存性)があり、いつも温かいところに集まっている(図1-a)。一方、沖縄トラフによく見られるゴエモンコシオリエビ(図1-b)は熱依存性がない。これらの条件を総合して作成されたのが、新江ノ島水族館の深海コーナーにある一番大きな水槽である。この深海化学合成生態系水槽は、世界に唯一の水槽であるので、是非ご覧になっていただきたい。

飼育で分かってきたこと

飼育するとこれまで潜水調査では分からなかったことがいろいろ分かってくる。そのうちの一部を紹介する。その一つは、繁殖である。これまで繁殖された生物種として、特記すべきことはゴエモンコシオリエビの幼生(図1-c)を観察できたことである。この幼生は浮力が強く、生まれるとすぐに自らの浮力で浮いてゆき、そして潮流に流されて、新しい熱水域に到達すると考えられる。ゴエモンコシオリエビの成体には眼はなく、腹部にびっしりと生えている剛毛上にバクテリアを養殖してそれを食べて生きているが、幼生や幼体には眼があり、他の生物を補食して生きているとも考えられる。
また、ユノハナガニの熱水への依存性についても、幼体の時には熱水への依存性がなく、成体になり大きくなると熱依存性が出てくる。ユノハナガニの消化酵素の活性を調べてみると、その活性は成体では熱源があると高くなるが、小型個体は熱源の有無に関係ない。このことから、ユノハナガニの熱依存性はおそらく大型個体は消化を助けるために温かいところに集まり、小型個体は熱水までたどり着けるまでの間は低温でも生きることができるように適応していると考えている。

おわりに

深海生物の飼育はまだまだ始まったばかりである。深海生物を展示する水族館がどんどん現れてきたことで、よりよい飼育方法が確立され、さらに詳しい深海生物研究ができるようになると思われる。私としては、今後は中・深層生物の採集と飼育法を確立してゆきたいと思っている。(了)

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