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第323号(2014.01.20発行)

第323号(2014.01.20 発行)

解き明かされつつある黒潮大蛇行の謎と黒潮のこれから

[KEYWORDS]日本南岸黒潮流路/気候変動/黒潮発電
(独)海洋研究開発機構地球環境変動領域◆宮澤泰正

日本南岸の黒潮は時として大きく南下する大蛇行流路をとることがあり、科学的に興味深い現象であるとともに、水産業、海上交通、海洋再生可能エネルギーなどの観点から社会的にも影響が大きい。
最近の研究によってわかってきた黒潮大蛇行発生の仕組みと、これから予想される変動傾向について解説する。

2013年の黒潮

2013年夏は、日本南岸の黒潮流路が4年ぶりに遠州灘沖で北緯32度以南に南下し、話題となった。南下した黒潮流路は時として5年以上も南下したまま停滞することがあり、これを黒潮大蛇行と呼んでいる。世界の海には北米のメキシコ湾流など黒潮に匹敵する大海流がいくつも存在するが、数年以上も安定して存在する大蛇行は黒潮にしかないきわめて興味深い特徴である。夏に生じた黒潮南下流路は、2013年10月以降、大蛇行に発展することなく徐々に接岸する傾向を見せている。

解き明かされつつある黒潮大蛇行の謎

■2013年の黒潮―JAMSTECの数値海流予測システムJCOPE2による解析・予測結果

水深200mの水温と流動の分布を示す。2013年5月に冷水渦が九州南東方で黒潮と合体して引き金蛇行を生じさせ、それが流下して蛇行に至ったことがわかる。図5は2013年10月半ばに予測した2013年12月1日の海況を示す。蛇行は振幅を減少させ、徐々に収束に向かう傾向を見せている。
http://www.jamstec.go.jp/frcgc/jcope/

黒潮大蛇行の頻発する時期(大蛇行期)とそうでない時期(非大蛇行期)は、約20年周期で入れかわるとされている。この説が正しければ、2000年代半ばから大蛇行期に入っていることになる。実際、2004年夏には約13年ぶりに大蛇行流路が生じ約1年間続いた。黒潮大蛇行の発生と消滅のしくみは、世界中の海洋物理学者が長年にわたって取り組んできた興味深い謎である。ここ20年で国際的な連携のもとで海洋観測網が充実し、計算機上に構築した数理モデルにより現実的な黒潮の変動を表現することが可能になったため、計算機を用いた数カ月先までの黒潮流路予測が実現している(図参照)。近年はこうして蓄積した新しい観測事実と、計算機をともに活用した研究が進展し、黒潮大蛇行の謎が解き明かされつつある。
黒潮大蛇行が安定して存在する条件は、黒潮の流れそれ自体によって蛇行が東に流されようとする作用と、蛇行が波として西に向かおうとする作用のつりあいによって決まる。もちろん、蛇行しないで直進する状態が安定する場合もある。すなわち、大蛇行と非大蛇行はどちらかが異常な状態なのではなく、ともに安定して存在する状態(多重平衡状態)なのである。二つの安定な状態は、何らかの擾乱が加わることによってお互いに入れかわる。黒潮の場合、周辺にあまねく存在する渦が擾乱として働く。渦は黒潮を含めた様々な海流の不安定によって生じる。もし黒潮流路が常に多重平衡状態であれば、大蛇行・非大蛇行は、偶然生じる擾乱によってお互い反対の状態に移りかわるだけのことであり、その長期的な予測は難しい、ということになる。現在では、擾乱(渦)がひきおこす黒潮流路変動の予測可能性期間は、2カ月程度であることがわかっている。これは、高・低気圧のうつりかわりによって生じる空の天気予報の予測可能性期間が1週間程度であることに対応する。海の場合は、海流や関係する波の速度が大気の場合に比べて小さいことと関係し、「天気」の変化も空に比べて緩やかなのである。
2004年に生じた黒潮大蛇行の発生と消滅は、衛星観測と現実的な数理モデルによって詳しく調べられた最初の大蛇行である。研究の結果、この大蛇行は、台湾東方から伝播して黒潮に合流し下流に流下する暖水渦と、北緯30度付近を西進する冷水渦が九州南東方でともに黒潮と相互作用し、大蛇行の種となる小蛇行(引き金蛇行)を引き起こすことによって生じたことがわかった(2013年の場合を示す図1においても類似の引き金蛇行が見える)。さらに興味深いことに、引き金蛇行を生じさせる暖水渦と冷水渦は、それぞれ北太平洋中央部の大規模な海上風変動によってその生じやすさが変わるのである。また日本南岸でいったん生じた大蛇行は、下流(黒潮続流)側からやってくる大小様々な渦との相互作用によって不安定になる傾向があり、下流側が安定しているかどうかがその安定性に影響する。こうした下流部の安定性も、北太平洋中央部の大規模な海上風変動によって決まる。
以上3点に留意して、黒潮大蛇行の生じやすさを決める因子の時系列をつくると、過去に生じた大蛇行の発生時期はその因子でほぼ説明できる(Usui et.al., 2013)。黒潮大蛇行は北太平洋全体からみると小さな現象であるが、まったく偶然に生じる現象ではなく、北太平洋全体の気候変動のある種の指標になっているといえる。

黒潮のこれから

最近の研究によって、日本南岸で黒潮流速(流量)が大きすぎる場合は、上述した力学的なつりあいが崩れ、東に流される傾向が強くなり大蛇行は安定しにくくなることがわかっている。黒潮流量は、太平洋全体の風の強さで決まる。現在、北太平洋の海上風の強さは、黒潮大蛇行が安定する限度の上限に近いといわれている。いくつかの地球温暖化モデルによる見通しでは、100年後の日本南岸での黒潮流速は増大するとされている。さらに、表層が暖まり成層が強くなると、大蛇行を許容する黒潮流量の範囲が狭まることも示唆されている。以上のことから、地球温暖化のさらなる進行とともに、安定した黒潮大蛇行は生じにくくなることが見通しとしてありうる。実際、温暖化との関係は不明であるが、過去20年間の衛星観測により日本南岸表層での黒潮流速は増加し続けていることがわかっている。過去20年に生じた大蛇行は2004~2005年に1年続いた大蛇行のみであり、2013年夏に生じた黒潮南下流路(図4)も、安定せずその振幅は小さくなりつつある。
近年、太陽光、風力などの再生可能エネルギー開発が本格化している。海洋でも、海上風、波浪、潮流に加え、大海流のもつ膨大な運動エネルギーの活用が模索されている。日本が位置する大陸西岸では、西岸境界流と呼ばれるように、黒潮のような大海流が常に存在している。地政学的な意味で、黒潮は日本のもつ有力なエネルギー資源といってよい。特に、前述したように人間活動によって温暖化した結果、黒潮の運動エネルギーが増大しているとすれば、その増大分を人間活動のエネルギーとして再利用するとともに、化石燃料利用を削減し地球温暖化ガス放出を減少させることは理にかなったことであるといえる。
ただし、黒潮の運動エネルギーを吸収しすぎると黒潮の流量が減少し、黒潮流路など種々の物理変動特性を変えてしまう可能性がある。日本の上流に位置する台湾東方でも黒潮発電が計画されており、上流で運動エネルギーが吸収されすぎれば下流の日本では黒潮流路が大きく変動するとともに、そのエネルギーが活用できなくなるかもしれない。今後、黒潮のエネルギー活用にあたってはこうした観点からの環境影響評価が必要であり、このための議論を、社会・産業界を交え学際的かつ国際的に活発化させていくことが期待される。(了)

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