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オーシャンニューズレター

第125号(2005.10.20発行)

第125号(2005.10.20 発行)

「カブトガニブランド」で持続可能な漁業を

ジャーナリスト◆吉田光宏

魚介類のブランド化などで元気な漁業を営んでいる地域がいくつもある。
カブトガニが生息する海には豊かな環境が残っており、そこで獲れる魚介類は安全・安心であることを消費者にアピールできるはずだ。
カブトガニが生息するきれいな海を謳い文句とした「カブトガニブランド」を提案したい。

豊かな自然を魚介類の付加価値に

カブトガニの成体 (山口湾)

瀬戸内海や九州北部に生息するカブトガニは、2億年前からほとんど姿を変えない「生きている化石」であるが、埋め立てや水質汚染などの環境悪化に伴って戦後急速に数を減らしている。ヘルメットのような頭部や長い尾剣があるユニークな生き物は、漁業者には魚網にからまる厄介ものとして嫌われてきた。環境省の絶滅危惧I類に指定されているカブトガニと漁業者の双方を「持続可能」にするアイデアとして、「カブトガニブランド」を提案したい。カブトガニが生息する場所は、豊かな環境が残っており、そこで獲れる魚介類は消費者に安全、安心をアピールすることが可能だ。魚介類が高く売れれば、漁業者の環境保護への意識向上につながり、さらにもうかる漁業へと「好循環」が期待できる。

カブトガニブランドは、近年普及している有機農産物や木材などの認証やブランドをヒントにした。4月6日付日本農業新聞は「宣伝効果ばっちり生き物ブランド米/環境対策をアピール/新たな販路確保にも」という見出しで、メダカ米、源五郎米など、田んぼの生き物をブランドにした米の販売が各地で広がっていることを紹介している。カブトガニならアピール度は十分だろう。

昨年、九州北部(福岡、佐賀、長崎、大分の四県)のカブトガニ生息地と漁業の現状を取材すると、魚介類のブランド化などで元気な漁業を営んでいる地域がいくつかあり、カブトガニブランドの実施へ期待が膨らんだ。

カブトガニは環境の指標

福岡県糸島半島の付け根にある加布里湾では、糸島漁協加布里支所(前原市加布里)が漁業関係者から注目を集めている。中・小型エビ「伊都の花えび」のブランド化と干潟の天然ハマグリの資源管理で大きな成果を上げているからだ。干潟はカブトガニが生息していることで知られている。

ここの漁業者は、小型底引き網で獲ったエビを生死にかかわりなく一緒に容器いっぱいに詰め込んで出荷していたが、生きたエビを選んで出荷する方式に転換してから高値で売れるようになった。エビの成功で次に注目したのがハマグリ。漁業者は資源管理に本腰を入れ、女性や高齢者で組織する「ハマグリ会」が、11月から翌年3月まで手掘りしている。干潟の漁場を3区画に分割して年毎に採取する輪採制の導入、基準の体長に達しないものは海に戻すなど、ハマグリを大切に育てている。天然ハマグリの9割以上は輸入物なので、加布里湾の天然ハマグリは市場での評価も高い。

カブトガニが生息する干潟の環境に対する関心も高くなった。漁協の稗田輝男さんは「以前はミカン畑の造成で赤土の泥水が流れ込んだり、ヘドロがたまったりして貝類が全滅したこともあった。だから干潟の環境を守ろうという組合員の意識は強い」と話す。漁協はカブトガニ調査に協力したり、網にかかったカブトガニを海に戻したりしている。産卵や幼生を見る観察会も開かれている。

次の例は、佐賀県唐津市肥前町の大浦漁協。カブトガニ生息地として知られる伊万里市の多々良海岸から車で30分の位置にあり、ブランドカキ「いろは島天然カキ」で知られている。漁協の近くでは、海岸線に迫る棚田や「弘法大師も筆を落とした」という美しい島々「いろは島」を望むことができる。ここにもカブトガニが生息している。

以前漁業者は天然カキを自家消費用に採っていたが、十数年前、福岡魚市場に出したところ、いい値段がついたのでブランド化を図ることになった。漁のシーズンは11月から2月ごろ。組合員は大潮の夜に出漁し、岩についているカキを専用のピッケルのような道具を使って採取する。生食用むきカキとして袋に詰めて出荷している。組合員は、時々網にかかるカブトガニを海に戻している。漁業者にとっては直接のメリットはないが「貴重な生物だから」と豊かな海にすむ「生きている化石」への理解を示している。

■カブトガニが生息する加布里干潟
 
■加布里干潟で獲れた天然ハマグリ

海の環境保護へ消費者支援を期待

福岡県北東部の豊前海にもカブトガニがいる。ここではノリ養殖が不振になったため、1980年代からカキ養殖を始めた。豊前海は波が穏やかで、河川から栄養分が補給されるので、プランクトンが多くカキの成長が早い。99年度から「豊前海一粒かき」というブランドでの販売を開始した。生産者組織である「豊前海かき養殖研究会」(97年発足)のメンバーである北九州市門司区の恒見漁協を早朝訪ねると、建網漁をしている1隻の漁船が港に帰ってきた。漁業者はカブトガニが1匹網にかかったので海に戻したという。九州有数の生息地として知られる曽根干潟が近く、よく捕獲されている。

最後は、国東半島の南の付け根にある杵築市。地元の大分県漁協杵築支店の組合員約300人のうち、半数が小型底引き網でクルマエビ、ヒラメなど多種の魚を獲っている。この網にカブトガニがかかる。杵築市では漁業者にカブトガニを海に返してもらう代償として、クルマエビの放流を市単独事業として行ってきた。予算は年間1,300万円程度。同時に漁業者に依頼して出漁時の「カブトガニ捕獲記録」に記入してもらう。標識がある場合はその記号を書き、標識のないカブトガニには船上で標識をつける。

以上紹介した各地の漁業は、いずれも「カブトガニのいる海」で営まれており、消費者が高い関心を示す産地情報を十分に発信できる。関係漁協や行政が連携すれば、統一カブトガニブランドも可能ではなかろうか。ブランドを示すラベルやシールを漁業者に購入してもらい、その売上金をカブトガニが魚網を破った場合の補償、カブトガニの研究や保護活動などに充当すればいい。曽根干潟を案内してもらった日本カブトガニを守る会福岡支部副支部長の林修さんも同じようなアイデアを持っておられた。

四方を海に囲まれた日本が海の環境を守っていくには、海を一番よく知る漁業者に元気を取り戻してもらわなければならない。カブトガニブランドが今後の漁業振興と海の環境保全の足がかりとなるように期待したい。(了)

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