【2023-24 SPF-APSA 米国議会フェローレポート】
アメリカ議会の現場から見た分断と新たな可能性
ダッチャー藤田水美
2023年度SPF-APSA米国連邦議会フェロー(2023年9月~2024年8月)。
米国連邦議会下院の民主党議員事務所にてフェローを務めた。
フジテレビワシントン支局長(2018年~2022年)等を歴任し、現在はジョンズ・ホプキンス大学高等国際関係大学院(SAIS)にてケント・カルダー教授の指導のもと、国際関係の博士課程に在籍中。
アメリカのリーダーを選ぶ4年に一度の大統領選が目前に迫っている。老老対決からの、銃撃事件、そして現職大統領の不出馬宣言。目まぐるしく政治が動いたワシントン。今は、アメリカ史上初の女性大統領が誕生するのか、それとも前大統領の再選という復活劇を見るのか、文字通り世界が注目している。
そして、来年1月20日には新大統領が首都ワシントンの小高い丘の上に位置する連邦議会で宣誓を行う。
米国の議会では多様な意見を尊重し、建設的な対話を通じて合意形成を図ろうとする民主主義の精神が根幹となってきた。この精神はアメリカ合衆国憲法の制定以来、200年以上にわたり連綿と受け継がれてきた。しかし、その一方で、相容れない相手の言論を暴力で封じ込めようとする事件も発生している。選挙キャンペーン中にトランプ氏を狙った暗殺未遂事件が立て続けに2度も起きたことは、その象徴と言えるだろう。国際社会のルールと秩序を牽引してきたアメリカは、同時に多くの矛盾も抱えている。こうしたアメリカと日本はどのように関係を築いていくべきなのだろうか。そのようなことを考えながら議会での研修生活を送った。
スタッフの奮闘:QUAD議連の設立
2023年から2024年にかけて、私は連邦議会下院の民主党議員事務所でフェローとして活動する機会を得た。期せずして、アメリカのメディアが「1929年の大恐慌以来、最も機能していない議会」1 と揶揄するほど、深刻な政治的分断によって法案が通らない議会に身を置くこととなった。与えられた任務は外交委員会インド太平洋小委員会に所属する議員のスピーチ原稿作成や法案立案のサポート、公聴会に向けた準備作業など多岐にわたった。正直に言って、最初の2か月は「こんな重責、私に務まるのか?」と自問自答の毎日だった。何度もくじけそうになったが、そんな時、事務所で机を並べる20代や30代の若いスタッフたちがひたむきな努力を重ね、堂々と仕事をしている様子を見ると、「負けてられない」という気持ちがむくむくと湧いてくるのだった。彼ら彼女らがアメリカのあるべき姿を目指し、打開策を見つけようと奔走する姿には心を動かされた。
こんな出来事があった。日本、アメリカ、オーストラリア、インドの4か国からなるクアッド(QUAD)の多国間協力を推進するために、超党派の上下両院議員による新たな議員連盟(コーカス)の設立が発表されたのだが、その裏にはスタッフによるギリギリの調整があったのだ。大統領選の年は、超党派で協力することが一層難しくなる。民主党と共和党の協力は党派色の強い選挙区では逆風となるからだ。また、有権者の喫緊の課題はインフレ対策や銃犯罪・治安の悪化への対応であり、殊更に国際問題への取り組みを強調すれば国内問題を軽視している印象を与えかねない。賛同を集めるのは思いのほか難航した。
合意形成を目指すのはほとんど不可能に思えたが、スタッフは各議員の事務所を奔走し、粘り強く交渉を続けた。その結果、最終的に民主党・共和党双方の上院・下院議員の連名による議連設立ステートメントの発表に漕ぎ着けたのだった。
静まり返る議会:トランプ氏銃撃事件の余波
事務所ではその後、2021年1月6日の議会襲撃事件の際、議事堂内に居合わせたスタッフの恐怖体験が何度も話題に上がった。当時のトラウマが呼び覚まされたようだ。その話を聞くたびにアメリカ政治の中枢に関わるスタッフたちが負った傷の深さに驚くとともに、傷はいまだに癒えていないのだと知った。 今のアメリカでは、党派間の反発、貧富の格差、人種の対立など、様々な分断が深まっている。癒えぬ傷はそのことを象徴しているかのようだ。
中国への警戒と日本への期待
さらに、フェローシップの期間、中国を専門としてきたジャーナリストとして強く感じたのは、アメリカの中国に対する恐怖に似た怒りだ。アメリカが築き上げてきたシステム(国連やWTO)を巧みに利用して自らの影響力を拡大し、今やアメリカに「唯一の競争相手」とまで呼ばせる強大な国となった中国。この国とどう対峙していくのか、アメリカは困惑していると感じた。もちろん、アメリカは過去にも大国との対立を経験している。冷戦時代のソ連は代表的な一例だ。しかし、ソ連と中国の戦略には重要な違いが見られる。ソ連がアメリカ主導の国際システムに対抗する独自のシステムを“外”に構築しようとしたのに対し、中国はシステムの“内”にあって、中から価値観を書き換え秩序を再編しており、まるで“乗っ取り”が始まっているようにも見える。議会で日々行われている行政府によるブリーフや、シンクタンクによる勉強会で「中国」という言葉を聞かない日はない。中国の一挙手一投足を分析しアメリカに与える影響を理解しようとしているのだ。
議会下院は9月初め、1週間という短期間に25の中国対策法案を超党派の賛成多数で可決し、その週は「チャイナ・ウイーク」と呼ばれた。法案には、中国共産党に繋がる敵対勢力に米軍基地に隣接する農地の売買を禁止する「外国勢力からのアメリカ農業保護法」2 や、中国製部品を使用した電気自動車への税額控除の適用を禁止する「アメリカにおける中国の電気自動車支配終結法」3 などが含まれている。保護主義的な「守り」の法案が目立ったが、怒涛の法案はアメリカの「怒り」にも見えるが恐怖の裏返しにも見える。本来アメリカが得意としてきたイノベーションに予算を付けて優位性を確保する「攻め」の法案は見られなかった。中国への警戒感が強まるなかで、アメリカは自らのアイデンティティを問い直し、国際社会との関わり方についても模索している時期にある。その中で、同盟国日本に対しての期待は高まっている。
日米同盟の進化:グローバルなパートナーへ
今年4月、議会フェローの役得で、上下両院合同会議で行われた岸田前総理の演説4 を現場で聞く幸運にあやかった。日本の総理が議場で演説するのは2015年の故安倍元総理以来だが、今回初めて「中国」を名指しし「国際社会全体の平和と安定にとって」、「最大の挑戦」だと位置づけた。安倍氏演説から9年間で東アジアの安全保障環境が急速に変化していることを感じさせた。また、演説で岸田氏は「日本はかつて米国の地域パートナーだったが、今やグローバルなパートナーとなった」と宣言すると、議員たちが立ち上がり、盛大な拍手はいつまでも鳴りやまなかった。議場から事務所に戻るとモニター越しに演説を聞いていたスタッフが「前向きなメッセージに勇気づけられた」と顔を上気させて興奮気味に話し、「日本の決意を再確認した」「リーダーシップを強める姿勢は素晴らしい」など、アメリカ連邦議会議員のX(旧ツイッター)にも称賛の声が次々に投稿された。「パートナー」という言葉の通り日米同盟の在り方をより対等なものへと進化させることをアメリカも歓迎しているのだと実感した。
しかし、日本側はパートナーとして日本の立場や考えを直言し、議会と意見を交わす機会を十分設けているだろうか。そこはまだ足りていないのではないかと思う。
議会では韓国や台湾の当局や企業、シンクタンクなどの活発な働きかけを目にすることが多かった一方、日本の声は小さく感じた。こうした懸念を日本企業の駐在員に話すと、「党派色がつくのは逆にリスクなので控えている」との思いがけない答えが返ってきた。分断が進むアメリカ政治にあってそのように考えるのは自然なことなのかもしれない。ただ、議会は日本の考えを伝えるだけでなく、アメリカの真意や方向性を汲み取るうえでも有益な機関だ。永田町の議員会館とは違ってアメリカの議員オフィスビルに入るのは簡単だ。受付の手続きやアポの必要はなく、入口で金属探知機の検査はあるが、身分証明書の提示を求められることもない。まさに「開かれた議会」はどの国の立法府よりも門戸が開かれているのだ。日本はホワイトハウスや行政府だけでなく、アメリカ議会にもっと目を向け関係を強化すべきではないのか。日本は大きな損をしていると焦る気持ちが募った。
大統領選に左右されない強固な日米関係を目指して
パートナーと宣言した日本にとって重要なのは、大統領選に左右されない日米関係を築くことではないか。しっかりとした土台の上に立つ日米同盟を構築するために、議会への関与を促進していくべきだ。様々な声がある議会との付き合いはもちろん一筋縄ではいかない。しかし難局に差し掛かった時こそ、こうした裾野が広い関係性が力を発揮するのではないかと思う。
- Joe LoCascio, Benjamin Siegel, and Ivan Pereira, “118th Congress on track to become one of the least productive in US history,” ABC News, January 11, 2024, <https://abcnews.go.com/Politics/118th-congress-track-become-productive-us-history/story?id=106254012>, accessed on October 25, 2024.(本文に戻る)
- “H.R.9456 - Protecting American Agriculture from Foreign Adversaries Act of 2024,” <https://www.congress.gov/bill/118th-congress/house-bill/9456>, accessed on October 25, 2024.(本文に戻る)
- “H.R.7980 - End Chinese Dominance of Electric Vehicles in America Act of 2024,” <https://www.congress.gov/bill/118th-congress/house-bill/7980>, accessed on October 25, 2024.(本文に戻る)
- 「『同盟かつてなく強力』 岸田首相、米議会演説全文」『日本経済新聞』2024年4月12日、<https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA085230Y4A400C2000000/>(2024年10月25日参照)。(本文に戻る)
<募集中!> 2025年度SPF-APSA米国連邦議会フェローを募集しています (募集締切:2024/12/2)
- 派遣期間:2025年9月~2026年8月
- 派遣先:米国ワシントンD.C.
- 募集人数:合計2名
② 実務家カテゴリー:1名
★募集情報の詳細は下記ウェブサイトからご確認ください。
https://www.spf.org/jpus-j/fellowship_a/apsa-fellowship-application.html