中東パートナーと共に創る未来
~新たな国際開発協力のフロンティア~
筆者が中東に関心を持った原点も、まさにその「交流が生み出す豊かさ」にあった。正直に言えば、筆者は中東の専門家ではなく、知識も限られている。それでも、大学時代にご指導いただいた文化人類学者、故・片倉もとこ先生(当時、津田塾大学国際関係学科)のゼミで触れた世界は、固定的な中東像を大きく覆すものだった。アラビア砂漠の遊牧民(ベドウィン)の女性たちの生き生きとした姿、敦煌や中央アジアを経てトルコ、中東、欧州へと連なるシルクロードが育んだ文化交流の歴史――それらは、中東を「対立の場」ではなく「交流の場」として捉え直す契機となった。
現在のガザやイランをめぐる情勢は、当事者はもちろん、地域全体のみならず、日本を含む国際社会や世界経済にも深い影響を及ぼしており、予断を許さない状況が続いている。しかし同時に、将来的には復興や地域の安定、さらには新たな未来に向けた取組が、さまざまな形で模索されていくだろう。
このような認識に立つとき、歴史的なしがらみにとらわれず、中立的な立場で関わってきた日本は、国際協力において中東のパートナーと連携することで、この地域の平和と安定に貢献し、新たな未来を共に創り出す可能性を持っているのではないか。さらに、国際秩序や開発協力が転換期にある中、従来の「援助」を超えた新たな協力モデルを実践するフロンティアが、ここに広がっているように思われる。
多極化・多層化する世界と国際開発協力
現在、国際秩序は大きな転換期にある。米国をはじめとする先進国の影響力が相対的に低下するなか、世界は多極化し、多様な価値観や主体が併存する「multiplex」な構造へと移行しつつある。国際開発協力も例外ではなく、関与するアクターの多様化が急速に進んでいる。米国国際開発庁(USAID)の解体や相互関税をはじめとする「トランプ2.0」の政策転換が顕在化してから一年余り、世界はそれを既定路線として受けとめつつあり、国際開発協力の将来像を問い直す動きが活発化している。
実際、経済協力開発機構(OECD)開発協力総局(DCD)は、2026年の年次報告書のテーマを「未来の国際開発協力(Future of International Development Cooperation)」と定め、5月上旬にマルチステークホルダーによる会合を開催した。さらに、民間イニシアティブとして、ゲイツ財団やフォード財団が支援する「開発協力の未来連合(Future of Development Cooperation Coalition)」、世界経済フォーラムにおける「援助の再構想(Reimagining Aid)」評議会、またアフリカ主導の動きとしてガーナ大統領らが提唱する「アクラ・リセット(Accra Reset)」などがある。加えて、英国やドイツといった伝統ドナー国の政府も、それぞれ国際会議を主催し、未来の国際開発協力の議論を牽引しようとしている。
これらに共通するのは、現在進行している変化が単なる資金量の問題にとどまらず、多様なパートナーを組み込んだ新たな開発モデルの構築を志向している点である。そして、その重要な担い手として存在感を高めているのが、中東の湾岸諸国やトルコである
存在感を増す中東の開発アクター
OECDの開発援助委員会(DAC)に加盟し、長年にわたり政府開発援助(ODA)を供与してきた先進国の二国間政府・機関は、一般に「伝統ドナー」と呼ばれる。これに対し、近年経済的に台頭してきた新興国も活発に援助を提供しており、こうした国々・機関は「新興ドナー」と総称されることが多い。トルコや湾岸諸国(サウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)、カタール、クウェートなど)もその一角に位置付けられるが、これらの国々は宗教・文化的つながりや地政学的要因を背景に、長年にわたり対外援助を行ってきた(表1を参照)。政府機関に加えて、イスラム慈善を基盤とする財団や慈善団体、人道支援組織などが重要な担い手となっている点も特徴である。こうした点を踏まえると、「新興」ドナーという分類は必ずしも適切とは言えない。
また、二国間機関に加え、イスラム開発銀行(IsDB、1975年設立、サウジアラビアに本部)に代表される多国間機関も重要な役割を担っている。IsDBは57カ国が加盟し、インフラ、教育、保健、農業など幅広い分野で投融資を行い、加盟国を中心にイスラム圏に独自の開発金融圏を形成している。
(出所)外務省「開発協力白書」参考資料集(2024年)および公開資料をもとに筆者作成
したがって、中東諸国は、従来のDACドナーとは異なる歴史的・制度的文脈を持つ開発アクターとして捉える必要がある。特に、次の2点が注目に値する。
第1に、開発協力アクターとしての存在感である。湾岸諸国やトルコは資金量の面で伝統ドナーに匹敵する貢献を行っている。また、OECD-DACの正式加盟国ではないものの、DACと緊密な関係を維持し、定期的にODA実績を報告している(注:UAEとサウジアラビアはBRICSに加盟し、トルコも加盟申請中であるなど、多元的な枠組みと関係を持っている。なお、トルコはOECDの原加盟国)。モダリティは機関ごとに異なるが、有償資金協力(譲許的融資)、無償資金協力、技術協力、人道支援などを通じて、とりわけイスラム圏やアフリカにおいて存在感を発揮している。
(出所)OECDデータペースをもとに筆者作成
この中で、トルコ国際協力調整庁(TiKA)は、設立過程において日本のJICAの経験も参照したとされる。文化観光省傘下の実施機関として、170ヵ国以上で社会インフラ、教育、医療、文化財保護等を分野で技術協力や機材供与、施設整備支援を幅広く展開している。また、シリアにおける人道支援で存在感を示している。中東、中央アジア、南アジア、バルカン半島、アフリカなど61ヵ国に現地事務所を展開し(2025年1月時点)、現場重視の体制をとっている。JICAとTiKAは1990年代から、災害リスク管理や持続可能な開発などの分野で、周辺諸国を対象とする第三国研修を実施してきた。こうした協力の蓄積も踏まえ、両機関は2012年には戦略的パートナーシップの強化に向けて、協力覚書を締結した。
第2に、とりわけ湾岸諸国に顕著なのが、潤沢な資源収入を背景とした資金動員力である。石油収入などを原資として、政府系金融機関や開発基金を通じ、自国および他国のインフラ、エネルギー、水、食料安全保障などの戦略分野に資金供給を行っている。さらに、政府出資の投資ファンド(ソブリン・ウェルス・ファンド:SWF)を通じて、国内外のスタートアップ、AI、再生可能エネルギー分野への投資を進め、国際金融市場においても積極的な運用を展開している。
このように、湾岸諸国は、イスラムを含む宗教・文化的ネットワーク、資金規模、革新的な取組、公的資金と民間資金を組み合わせたブレンディッド・ファイナンスのハブとしての役割など、特徴ある貢献が期待されている。また、トルコも特に2000年代初頭以降、輸出入銀行等を通じて官民一体でアフリカにおけるビジネス展開を推進している。
未来を創るパートナー、新たな開発協力の試金石
第1に、日本は自らの強みを発揮し、中東諸国を「相互補完的」なパートナーとして位置付けるべきである。湾岸諸国やトルコは、宗教・文化的ネットワークに加え、中東・アフリカを中心とする経済・ビジネスネットワークや地政学的アクセス、紛争・脆弱国支援の経験、資金力、迅速な意思決定に優位性がある。他方、日本は現場重視の実践力に加え、インフラ、再生可能エネルギー、製造業分野における技術力、制度構築や人材育成に強みを持ち、官民を通じて長期的な信頼関係を築いてきた。両者を組み合わせることで、中東諸国の資金力や、イスラム金融を含む多様な金融・制度基盤、さらには中東・アフリカへの地政学的アクセスを活かしつつ、日本が相手国の文脈を踏まえながら制度構築や人材育成を重視した具体的な協力を行うといった相乗効果が期待されよう。
第2に、新たな開発協力のあり方を試みる格好の機会である。開発協力は「援助中心」から、多様なパートナーを取り込み、投資やイノベーションを重視する形へと転換しつつある。ODAは引き続き重要であるが、南南協力や新興ドナーの台頭に加え、民間、慈善団体、開発金融機関との共創を通じて、社会課題解決における「触媒」としての役割が一層高まっている。とりわけ湾岸諸国では、世界的なイノベーション拠点を目指し、巨額のベンチャー投資と企業集積が進められている。この文脈において、中東パートナーは単なる資金提供者にとどまらず、新たな開発協力モデルを具体化する鍵を握る存在といえる。
中東の平和と発展に対して、日本が果たし得る役割は決して小さくない。そしてそれは、日本の国際的な位置づけの強化にもつながる。中東とのパートナーシップは、多様な主体が協働する新しい開発のあり方を共に創り出す機会であり、日本自身の未来を試す試金石でもある。今こそ日本は、自らの強みを研ぎ澄まし、それを実践に移すときに来ているのではないか。
政策研究大学院大学名誉教授 / 専門分野:国際開発政策、開発協力、開発とビジネス