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中東・イスラムグループ

地球の住民という立場性

東京大学名誉教授・トヨタ財団理事長・三島海雲記念財団理事長 羽田 正


2026.08.03

同時多発テロの衝撃

2001年9月11日夜、私はニューヨークのワールド・トレード・センター・ビルが炎上し倒壊する様を映し出すテレビのスクリーンを信じられない思いで凝視していた。とんでもないことが起きているということはすぐに分かった。しかし、その時点では、まさかこの事件が自分自身のその後の研究に大きな影響を与え、その方向性を転換させることになるとは思ってもいなかった。
私は当時イラン前近代史の研究者であり、東大での本務の傍ら、いくつかの私立大学で非常勤講師として「イスラーム世界」や「イスラーム史」という題目の講義を担当していた。高校の世界史教科書で説かれているイスラーム世界の歴史をより詳しくたどることが本筋だったが、同時に、今日のイスラーム世界(当時は「イスラーム世界」という空間概念に対する疑念は持っていなかった)は巷で言われるような危険で不可解な世界ではないということをも語っていた。その根拠として示したのは、私自身の現地での体験である。訪問先各地の人々は親切で親しみやすく、親兄弟や親せき、友人を大事にし、私たちと変わらない道徳観を持っているということを力説した。また、私が撮影した美しい宗教建築や魅力的な街並みをスライドで紹介した。
と言っても、私が実際に現地を体験したのは、年齢的にかなり遅い。その理由の一つは、1979年のイラン革命の影響で、留学先をイランではなくフランスにしたからである。そのため、1989年に東大東洋文化研究所に赴任した当時は、観光旅行ではないまともな現地経験はなかった。しかし、幸いなことに科研費の支援を得て、1990年代前半、30歳代後半になってようやく、建築や庭園の調査のために、西はモロッコから東はインドに至る広範囲の地域を実際に訪れることができた。
その頃も、中東やイスラーム教、それにイスラーム世界についての日本での報道は否定的なものがほとんどだったので、調査に出発する前はよく分からないままに何がしかの懸念を抱いていた。しかし、調査先で出会った人々はどこでも本当に明るく友好的で、私の漠然とした不安はすぐに消えてしまった。素晴らしい調査の先達や仲間に恵まれたことが大きかったのだが、毎年夏の2か月間地図を片手に重いカメラの機材をかついで(まだ、スマホのなかった時代!)中東各地の街中を歩き回ったあの4年間の調査は、本当に楽しく勉強になった。調査の成果の一部は、『モスクが語るイスラム史-建築と政治権力』(中公新書、1994年、増補版、ちくま学芸文庫、2016年)として出版した。

シリア・アレッポにて筆者(左から2番目、1992年)

今思い返すと、授業の主眼は、歴史を語ることよりも、この調査の経験を話し、イスラーム教やイスラーム世界を肯定的にとらえるべきだと強調することになっていたようにも思う。その意味で、当時の私はイスラーム教とイスラーム世界の「伝道師」を務めていたのである。私の話を聞いてモスク建築に関心を持ち、わざわざトルコやモロッコまで出かけた学生がいたくらいだから、その目論見は一定程度成功していたとも言える。
しかし、2001年に同時多発テロが起き、ほどなくその実行犯についての情報が広まると、内外の様々な場所でイスラーム教とイスラーム世界、それにムスリムに対する声高のバッシングが始まった。イスラーム教は危険な宗教だ、イスラーム世界とそこに住むムスリムは不可解で暴力的だ、彼らとは価値観が違う等々。その巨大批判の波は何者も抗うことができないほどの激しさだった。私は授業でイスラーム教やムスリム、イスラーム世界について肯定的に語り続けたが、学生たちはマスメディアをはじめ各所で発せられる否定的な見解と私の話の内容の相違に戸惑っているように見えた。同時多発テロは、私の小さな「伝道活動」にも大きな影響を与えたのである。

『イスラーム世界の創造』

私が中東や北アフリカ各地で出会い話した友好的なムスリムが、直接関係しない事件のために厳しい批判にさらされている。事件の首謀者や実行犯とされる人々の考え方や行動は極端であり、大部分のムスリムのそれらとは異なっている。しかし、ムスリムは、ムスリムであるというだけで恐れられ、批判されているのだ。事件発生からしばらくの間、このような状況がなぜ生じるのか、私にはその理由がよく分からなかった。思いを巡らし悩んでいるうちにふと気付いたのが、「イスラーム世界」という概念の曖昧さだった。ムスリムはイスラーム世界の住人であるという理由で批判されるが、そのイスラーム世界とは一体何なのかと思ったのだ。

羽田正著『イスラーム世界の創造』

この疑問を出発点にその後3年半ほどかけて出来る限り多くの参考資料を読み、推敲を重ねた末に刊行したのが『イスラーム世界の創造』(東京大学出版会、2005年)という書物である(2021年に補章を付して『<イスラーム世界>とは何か』講談社学術文庫として再版)。その議論の骨子は、1.前近代のムスリムによって記された歴史書には「イスラーム世界」史という描き方が見られない、2.「イスラーム世界」という語は「ヨーロッパ」と対になる概念として19世紀に西ヨーロッパで創造された。自由、平等、民主主義、科学、世俗、進歩など近代的な正の価値を実現しつつあるヨーロッパに対して、イスラーム世界は不自由、不平等、専制、迷妄、宗教、停滞などすべての負の価値を引き受ける役割を担った、3.ムスリムの一部知識人はこの二項対立を逆手にとってすべてに正の価値を持つのがイスラーム世界だと主張するようになった、4.20世紀前半にこの言葉が「回教圏」という訳語とともに日本語に導入され、当時の日本の状況と日本語の文脈に沿って特有の意味を持つようになった、といったところである。

結論部分では、解釈と理解の枠組みとしての「イスラーム世界」という語には最初から負あるいは正のバイアスがかかっているので、無批判にそれを取り入れて世界史叙述の単位とするべきではないと主張した。また、「イスラーム世界」という概念は実体を伴わないので、あくまでも理念の意味でのみ用いられるべきだとも論じた。現実の世界を観察しそこで起きていることを分析し理解しようとする国際政治学や国際関係論、あるいは地域研究などの研究において、さらに現状を伝えるマスメディアの報道において、「イスラーム世界」という語を用いることには余程慎重であるべきだと伝えたかったのだ。
出版から20年以上、補章を付した新版が刊行されて5年が過ぎたが、現在に至るまで、その論点や趣旨を大幅に変更せねばならないと考えたことはない。2010年代半ばに、イスラーム国(IS)と自称する過激派組織が、イラク北部やシリア西部に実際の支配領域を持ち、彼らなりに理念としての「イスラーム世界」の実体化を試みた。しかし、ほとんどのムスリムがこの組織の主張と行動に賛同しなかったことは、「イスラーム世界」という語を用いることの恣意性と限界を示す例と言えるだろう。
心なしか、最近はマスメディアの報道で「イスラーム世界」という語を聞くことは少なくなったように感じる。現在進行中のアメリカ・イスラエルとイランの戦争を「イスラーム世界」という語を用いて解説することは困難だろう。

イラン・イスファハーンのイマームのモスク

研究者の立場性

ただし、新版の補章で論じたように、刊行当時は、研究者の有する立場性とその思考を表現する言語の問題にはそれほど注意を払っておらず、原著ではこの点についての考察と論述が足りなかったことを反省している。現在は、立場性の問題は、人文社会科学、あるいは主として言語を用いて様々な事象を説明する学問全般にとってきわめて重要な意味を持つと考えている。この点は、ウェブサイトで「政治や思想、宗教、人種などの違いを超えて人々が共存し共に生活していける世界を目指す」ことを謳う笹川平和財団の活動にも関係するので、以下でやや詳しく解説してみよう。
例えば、研究の成果を報告する論文や調査の報告では、「私たち(we)」という語がしばしば用いられる。その「私たち」とは誰のことなのか、あるいは、誰を読者として想定しているのか、といった問いは、レポートや論文、書籍の執筆過程で明確に意識されているだろうか。私自身の場合、上記『イスラーム世界の創造』を書いている時には、この点が必ずしもはっきりしていなかった。
日本語で書いた本であり、読者としては、半ば無意識のうちに日本人を想定していたはずだ。序論や結論で引用する研究者がすべて日本人であることがその証拠である。しかし、本論中では数多くの外国人研究者の論考や見解を引用し、時に厳しく批判している。その意味では日本人以外の読者を無視しているとも言えないし、論述の主たる内容はむしろ国外、あるいは世界全体に向かっての主張となっているように読める。誰に向かって語っているのかが必ずしもはっきりしないのだ。
「私たち」についても同様の問題がある。日本人一般(例えば、「現在私たちが高等学校世界史で習うような「イスラーム世界史」」)(増補版24頁)を意味する場合がある一方で、地球上の人類一般(「「現在私たちが使用する「イスラーム世界」という概念」(増補版25頁)の意味で用いられている場合もある。この本を英語に翻訳するなら、「私たち」は、少なくとも単に”we「humanity”とする場合と”we「Japanese”とする場合を区別して訳さねばならないだろう。
この本で歴史学者である私が強く訴えたことの一つは、「イスラーム世界」を一つの地域世界の単位とし、その歴史を時系列に沿って説明する現行世界史の解釈や叙述には問題があるということだった。日本でこのような世界史が高校で教えられてきたことは事実だが、他国の場合は必ずしもそうではない。例えば、『新しい世界史へ』(岩波新書、2011年)で紹介したように、「イスラーム世界」に含まれるはずのイランの歴史教科書は、その枠組みを用いて歴史を説明していない。また、現在の中国では国内の政治的理由から「イスラーム世界」という単語はほぼ禁句であり、学校で教えられることはない。つまり、私の訴えはもっぱら日本国内向けのもので、国外の人々が読者となった時に彼らが抱く違和感や疑問には思い至っていないのだi。
日本語の「イスラーム世界」は、英語の”the Islamic world”と”the Muslim world”の両方の意味を含む。私は、英語においても、これらの言葉を用いることには十分慎重であるべきだと考えているが、そのことを訴えるなら、日本語の書物をそのまま翻訳しても簡単には通じないだろう。私が「イスラーム世界」という語を日本語の文脈で語り、日本の事例を多く持ち出しているからだ。英語で論じるなら、まず”the Islamic world”と”the Muslim world”を区別した上で、英語圏の事例を多く示し、英語圏の文脈と論理で語らねばならないii。
これらいくつかの例から明らかなように、『イスラーム世界の創造』の著者としての私の立場は曖昧だった。日本人として日本語で日本の読者に訴えているのか、日本語を用いてはいるが、国の枠を超えてより広範囲の読者に語っているのか、その際に多様な言語的、文化的背景を持つ非日本語話者全体が目に入っているかがはっきりしないのだ。その一因は、学問は普遍的であるはずだとの思い込みにあったのではないかと思うが、この点はこれ以上論じない。

羽田正編『グローバル・ヒストリーの可能性』

では、報告や論文を英語で書けば、このような立場性の問題からは自由になれるのだろうか。そんなことはない。一つ例を挙げてみよう。私は『グローバル・ヒストリーの可能性』という日本語の書物を編集し、2017年に出版した。これはアメリカのプリンストン大学、フランスの社会科学高等研究院、ドイツのベルリン自由大学、ベルリン・フンボルト大学の研究者たちと一緒に立ち上げたGlobal History Collaborativeという国際的な研究教育ネットワークによる多彩な活動の成果の一つである。グローバル・ヒストリー研究の方法や具体例に関する13本の論文を一冊の本にまとめたものだが、13本のうち9本の論文の原文は英語である。それらはすべて日本語に翻訳して掲載した。しかし、英文をそのまま日本語にすると論点が曖昧となったり意味が通じなくなったりする場合があった。
例えば、仲の良い友人でプリンストン大教授であるシェルドン・ギャロンの「日本史の立場からトランスナショナル・ヒストリーを書く」と題された論文は、とても建設的で前向きの論考である一方、日本人の日本史研究者が読むとかなりの違和感を抱くことは間違いない。著者は日本史研究者の有する優位性や可能性を論じるのだが、そこで言う「日本史研究者」の特徴は、英語圏、あるいは日本国外の研究者に見られるものであり、日本で日本史を研究する多数の研究者にはあてはまらないからである。日本語に翻訳されるのだから、少なくとも、なぜ日本史研究者全体ではなく日本国外の日本史研究者に限って優位となるのかといった点を説得的に論じておくべきだっただろう。著者はアメリカ人の日本史研究者という立場から論じており、その論点は世界中のどこでも無条件で通用するわけではない。
このように、英語で語ったとしてもそれを使う研究者の立場性の問題はつきまとう。言語を使って説明する人文学や社会科学の研究は、研究者の帰属意識や用いる言語による立場性から自由ではないのだ。

地球の住民という立場性

日本では、人文社会科学の研究者が日本語で研究成果を報告することに意味がないかのような論調が一部で見られるが、私はこの見方には反対である。日本人の立場から日本の読者に向けて日本語で論じ、報告することには、大きな意味がある。それによって、日本語による独自の知の体系はさらに奥深く豊かなものになるし、国民の帰属意識や知力が高まるだろうからである。ただし、その際には自らの立場性に自覚的でなければならない。自分はどのような立場で誰に向かって語っているのかを常に意識した上で論じることが重要だ。
研究成果は「世界」に通じるように英語で発表すべきだとしばしば唱えられる。確かに、英語が国際語としての地位を固めている以上、日本の研究者が英語で論じ発表することには大きな意義がある。ただし、日本語の場合と同様、英語での発表や報告においても自らの立場性は常に意識されるべきだ。では、英語圏の諸国、例えば、アメリカ、イギリス、オーストラリアなどにおける政治、経済、文化の文脈や価値観、関心を受け入れそれらに沿って論じる、つまり、英語圏諸国の研究者と同じ立場で論じればよいのだろうか。ピアレビューを受ける雑誌論文などの場合は、その方が採択されやすいことがあるかもしれない。英語圏の研究者は自らの立場性に無自覚であることが多いからだ。
しかし、この方法をとると、日本の研究者は日本語の知を背景として持つ自らの独自の立場と見方を切り捨てることになりかねない。英語圏諸国(といっても、その関心や価値観は一様ではないが)の知は普遍でも絶対でもない。地域的、言語的な知の一つに過ぎない。別の言語によって構築された知の体系とそれを背景とする視点や価値観は尊重されるべきだ。
英語圏の知のシステムの文脈と価値観、関心を意識し、日本語の知を背景とする自らの独自の見方をこれらと矛盾なく論じることができれば、どの研究分野であっても高い評価を得ることはできるだろう。難しくはあるが、実際にこの道を進み業績を評価される日本の研究者は一定数存在するはずだiii。
しかし、私はこれ以外にもう一つ、日本の研究者こそがリードして新しい文脈や価値、関心を作っていく道があるのではないかと考えている。それは、地球の住民という立場で研究対象や問題を論じるという道である。問題設定にもよるが、交通や情報流通が高度に発展し、地球規模の課題が山積する現代においては、多くのテーマについて、一つの国の立場に立って論じ、報告するというだけでは十分ではない。他国の研究者の同意や意味のある批判を得ることも難しいだろう。主権国民国家の国民として自国の利害を大事にせねばならないことは言うまでもないが、それに加えて地球全体の利害をもぜひ考慮に入れて論じるべきだ。 

月から見た地球

日本人の研究者が、自らの日本への帰属意識を念頭に置きながらも「地球の住民」という地球上の誰もが共有しうる立場で研究テーマを設定しそれについて論じれば、その姿勢と論点の独自性は地域や国籍に関係なく多くの人々に届き理解されるはずだ。地球の住民という同じ立場から、他国の研究者とも有意義に議論を深めることができるだろう。それは、例えば、鹿児島県の人と福島県の人が同じ日本という対象について別の角度から論じるようなものだからだ。英語で問題を論じるにしても、英語圏の文脈や問題関心、価値観を無条件で受け入れる必要はない。その代わりに地球の住民として共有すべき文脈や関心、価値観が強く意識されることになる。当面は、各言語や研究分野において、具体的にどのようなことがそういった文脈、関心、価値観にあたるのかということの議論から始める必要があるだろう。
例えば、異なる宗派やエスニシティ間の対立はしばしば中東、あるいは「イスラーム世界」に特徴的な問題だと論じられ、その枠組みの中で「外」から説明される。地球の住民という立場に立って論じるなら、時間と空間の枠を広げ、まず宗派やエスニシティという概念の意味と由来を確認し、これらがなぜどのような経緯で重要視されるようになったのかを論じるところから話を始めることになるだろう。このような観点に立つと、問題は特に中東や「イスラーム世界」だけのものではないということはすぐに分かるはずだ。
現地の研究者や他の地域・国の研究者が、それぞれの言語や国の知の体系でこの問題がどのように語られているか、あるいは語られていないかについての情報を持ち寄れば、地球規模でのこの問題の広がりを把握することができるだろう。そして、それがなぜ現在中東で顕在化している(ように見える)のかについても、新たな解釈と知見が得られるのではないか。要は、問題や課題を国や地域というある種の「他者枠」に閉じ込めず、地球規模で自分のものとして考えるということである。
一般に、人文社会科学の研究は、国の存在をアプリオリに受け入れて枠組みとして利用してきた。日本文学、中国思想、イギリス史、アメリカ経済、ドイツ哲学、フランス社会などがその例である。国のかわりに、ヨーロッパ、東南アジア、ラテンアメリカなどの地域が枠組みとなる場合も多い。私がかつて批判したイスラーム世界もしばしば地域の一つとして扱われてきた。現実に主権国民国家が存在し、地域の枠組みで動く事象が多くあるのだから、これらの枠組みを用いて研究課題を設定することには、依然として意味がある。
しかし、様々な面で世界各地がつながり相互に影響を与え合っていることが明白な現代においては、国や地域の枠組みに基づいて何かを論じているだけでは済まない。これからは、各研究分野の特性に応じて、過去や現在を観察、分析、総合しながら、常に地球全体を意識して、現在人類が抱える課題はどうすれば解決できるのか、今後人類はどのような社会と世界を作っていくのか、そのためには何が必要なのかといった根本的な課題に対して回答を得られるような問題の立て方、論じ方がなされるべきだ。

スレイマン・モスク(トルコ・イスタンブル)と筆者(1990年)

というわけで、歴史学者の私の現在の課題は、地球の住民の歴史をどう描くかである。文献史料を用いて素朴に前近代イラン史を研究し、「イスラーム世界」の伝道師を務めていた25年前を思い返すと、何とも遠いところに来てしまったという気がする。しかし、「地球の住民」という概念の原点が、あの30年以上前の中東各地の明るく親切な人々との出会いにあることは確かである。時間はかかったが、その後の国内外での様々な経験を通して自分自身で道を切り拓き、ようやくここまでたどりついたのだとも言える。もちろん、ここが終点ではない。立ち止まることなく、自信と責任を持って、これからも目の前に開ける道をたゆまず歩み続けていきたい。

i 『イスラーム世界の創造』は中国語に翻訳されている(「『 "伊斯蘭世界"概念的形成』(劉麗嬌、朱莉麗訳、上海古籍出版社、2012年)。何年か前に東京大学副学長として北京大学を訪れた際、アラブ史を研究している大学院学生が偶然出迎え要員として空港に派遣されてきていた。大学に向かうタクシーの中で、この学生が自分の研究のことを話し、その分野では日本ですぐれた研究が出版されていると言ってこの翻訳書に言及したので、著者は私ですと言ったところ、その学生が驚愕するという出来事があった。この限られた経験による限り、少なくとも、中国の研究者や知識人の間では、この翻訳書はそれなりの評価を得ているようだ。ただし、内容がどの程度正確に理解されているのか、論述に違和感はないのかといった点についてはよく分からない。また、この翻訳書は現在は品切れで、政治的に微妙な問題を扱っていると判断されたのか、再版は許可されないそうである。
ii Cemil Aydın, The Idea of the Muslim World. A Global Intellectual History. Harvard University Press, 2019は、そのような試みの一つである。
私自身は、この書籍の内容の一部を、英文と仏文で論じた。Masashi Haneda, Modern Europe and the Creation of the  Islamic World”, International Journal of Asian Studies, 4/1, 2007, Haneda Masashi, « La découverte du ‘monde musulman’ dans le Japon des années 1930 », D. Aigle, I. Charleux, V. Goossaelt, R. Hamayon, eds., Miscellana asiatica. Mélange en l’honneur de Françoise Aubin, Institut Monumenta Serica Monograph Series LXI, Steyler Verlag, 2010.
iii 私は今年(2026年)6月、イギリスのThe British Academy(人文社会科学の学士院)からInternational Fellow(国際会員)に内定したとの通知を突然受け取った。7月には正式に選出されたとの連絡もあった。光栄なことであり喜んでお受けしたが、イギリスの学界と特に強いつながりを持っているとは思っていなかったので、いささか驚いた。届いた資料やウェブサイトの情報によると、21ある部門ごとに選考委員会が設けられ、毎年1人ないし2人、全体で最大32人までが候補者として推薦されるとのことである。私は「1850年までの近世史」という部会から推薦されているが、6月以前に何も連絡はなかったので、誰がどういう理由で推薦したのかはまったく分からない。
それはともかく、あらためてBritish Academyのウェブサイトを閲覧して驚いた。400人を超えるInternational Fellowの中で、名前から日本人だと分かる研究者は、私以外に4人しかいないのである:九州大学の溝口孝司教授(考古学)、東京大学の佐々木毅元総長(政治学)、京都大学の吉田豊名誉教授(アフリカ、アジア、中東研究))、ニューヨーク大学のHirokazu Yoshikawa教授(教育学)。
もちろん、イギリスの学士院がすべてではないので、他国の同種の機関では多くの日本人研究者が顕彰されているのかもしれない。しかし、すぐれた成果を英語でも発表している日本人研究者は多数いる。英語を母語とする国の機関の国際会員の数として、これは不当に少ないのではないか。それが日本人研究者の研究テーマの問題なのか、成果報告の場や方法の問題なのか、イギリス人研究者との付き合い方の問題なのか、あるいはそれ以外に理由があるのか、真剣に検討してみる価値があるのではないだろうか。
羽田 正(はねだ まさし)氏
東京大学名誉教授・トヨタ財団理事長・三島海雲記念財団理事長
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