東京外国語大学松永泰行教授・中東情勢研究会「トランプ政権とイラン核合意」要旨を公開

2018.06.06

 笹川平和財団は、2018年5月30日に中東情勢研究会で東京外国語大学の松永泰行教授(イラン政治、国際関係論)をお招きし、「トランプ政権とイラン核合意」というタイトルでご講演いただきました。ご講演の要旨は以下のとおりです。DSC_5151.JPG

■2015-16年イラン核合意(JCPOA)の意義

 核合意は、残念ながら早晩瓦解するだろうと考えているが、まず、その核合意の意義を3点に集約して述べたい。ここでは、核合意の施行、制裁解除の大半が実際に起こった時期に着目し、「2015-16年イラン核合意」と呼んでいる。

 第一に、「イランの核開発プログラム」問題は、イラク戦争直前の2003年に国際問題化した。その後時間はかかり紆余曲折を経たものの、核合意の形で持続的な解決法を見出すことが出来た。第二に、イラン国民・経済への悪影響を排除せず、イランの原油輸出を標的にした過酷な経済・金融制裁に訴える結果になったが、武力は使わず、外交折衝の結果、双方が納得できる合意に至った。中東の問題の解決の事例としては稀有である。是非は別にしても、イラクやアフガニスタンに対する国際社会が武力を用いて対処したのと対照的である。第三に、核合意後、イランはすべての履行要件を遵守したが、これは、双方の外交的・政治的な意思があれば、この問題に対処ができることを示したという点で、歴史的な意義があった。

■イラン核合意の(当初からの)脆弱性

 DSC_5159.JPG成立当時から、核合意は、構造、仕組みに脆弱性を抱えていた。今回米国が単独離脱出来たのは、その脆弱性があったからだ。イラン核合意は、国連安保理常任理事国5か国+ドイツ+EU+イランによる国際合意であって、各国の批准プロセスを必要とする条約ではない。すなわち国際法的には政治的コミットメントの表明と分類されるものであった。とはいえ、条約ではないものの、多国間の合意として相応の正当性をもつものであった。さらに国連安保理が同時並行的にかかわっている。核合意以前に国連安保理決議で科された制裁を解除する決議が必要であり、核合意の内容が国連安保理で履行されないと意味がない。実際、イラン核合意の記者会見の1週間後に国連安保理で決議2231号が採択された。したがって、これは単なる政治合意ではなく、非常に拘束度の高い国際的合意と言える。

 ところが、国際法の専門家に聞いたところ、JCPOAと国連安保理決議は別物であり、相互に法的依存関係はない。これが、アメリカが核合意離脱出来た理由である。アメリカも常任理事国であるから、あからさまに国連安保理決議に反することはしにくい。しかし、オバマ政権当時から、米国の国務省は、核合意は政治的コミットメントであって履行義務のある合意ではないとの理解を示していた。一方のEUその他の国は、抜けたくなったら勝手に抜けていいというものではないと認識しており、理解に相違があった。国際社会から見た悪者はイランであり、イランの違反行為があれば即時に制裁を再開するという仕組み(スナップ・バック条項)がしっかり作ってある。ところが、イランに対し要求を出している国際社会の側が一方的に核合意から離脱するという想定がなかった。したがって、アメリカが単独離脱してもアメリカに対する罰則規定は存在しない。さらに、核合意の実施に当たり、EUや日本など非当事者の国連加盟国は対イラン制裁実施のための法的措置を解除したが、米国は核合意以前の制裁に関する法規定の執行差し止め(waiver)で対応していた。したがって、執行差し止めを解除したら、制裁は即時に再開することとなる。この仕組みはトランプ政権ではなく、オバマ政権の時からあった。アメリカ国内の政治的・法律的問題がこういった事態につながった。

■なぜ米国政府はイラン核合意から離脱したがるのか?

 ここで一番言いたいのは、トランプ政権だから米国の単独離脱になったわけではないということだ。仮にトランプ政権が存在していなかったとしても、米国がサンセット(自動消滅期限)条項の期限が切れるまで十数年も合意を維持したか分からない。ではそもそも米国がなぜ核合意を締結したのかを考えると、それにはオバマ大統領個人の特異さを無視できない。そもそもイランと合意したがる米国の大統領の方が少ない。イランに対し低濃度であれウラン濃縮活動を認めるか否かが最大の懸念事項であったが、歴代の米国政権は認めてこなかった。民主党政権は伝統的にイスラエルに近いため、そのような譲歩条件を簡単に呑めるとは言えない。共和党の国際協調派も同様だ。1979年の米国大使館占拠事件以来の両国の色々な確執、不信感が構造化されている。

 DSC_5148.JPGしかしイランのウラン濃縮活動の容認は、2009年のプラハでの演説以来オバマ大統領の持論であり、オバマ政権だったからこそ核合意が可能となった。したがって(2015-16年の合意後に)遅かれ早かれ、米国内で国交のないイランと政治的な合意を結び、それを維持することへの反対が高まることは予測できた。イランと米国の間に、2国間の根深い問題と対立があることが、イラン核合意の瓦解の根本的な理由である。オバマ政権は、イランとの核合意を本気で維持したいのであれば、イランとの国交回復、あるいは少なくとも国内法を整備して、政権交代後に簡単に単独離脱ができないような手段を講じることも可能ではあった。

■米国単独離脱の影響と今後の見通し

 さて、離脱の影響、制裁の復活に移りたい。制裁はすでに始まっている。イランとの新規契約は、即刻米国の制裁の対象になりうる。他方、既存の売買契約・仮売買合意に対しては、6か月間の猶予期間が与えられ、期間内の取引終了が求められている。しかも復活したのが、(イランと取引した金融機関が米国内で罰則を科せられる)二次制裁である。米国の制裁の肝は、イランとの原油売買を止める、すなわち代金の送金を止めることであるから、金融機関が標的となっている。イラン中央銀行に送金した金融機関は、米国内に銀行口座を作れない。したがって第三国、特に西側の金融機関は従わざるを得ない。欧州諸国は色々と発言しているが、米国と真っ向から対峙してまでイランとの合意、経済活動を維持するのはおそらく無理であろう。したがってイラン原油の輸出量は、ゼロにはならないまでも再び大きな削減を余儀なくされる。イラン向けの航空機の売却も難しい。つまり、2013年のロウハーニー政権成立前の水準に戻るということであり、イラン国内で政治的危機が高まるのは必至であろう。制裁解除を実現してみせると訴えて登場した政権であるだけに、国民レベルでは失望が広がり、政治的には対抗勢力が勢いづく。イランは、アメリカの単独離脱後もIAEAの査察を引き続き受け入れることは出来るが、国内的に難しい立場に立たされる。それにもかかわらず、今のところ米国単独離脱による、地域におけるイランの活動・影響力、弾道ミサイル開発への直接的なインパクトは少ない。では、何のための核合意離脱だったのか?トランプ政権は、核合意がイランの中東地域での活動に影響がないから離脱すると言っているが、本来、両者は別物である。核問題の専門家は、脆弱性はあっても核合意は核抑止につながっているとの理解を示している。なぜ米国が離脱したかというと、先に述べた通り、様々な意味でイランを利する合意を米国としては維持したくないからである。したがって、米・イラン関係の根本的な争点であるイランの現体制の存続に変化がない限り、米国はイランが国際的に利することを許さないということである。

文責:中東・イスラム事業グループ研究員 横山隆広

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