米国のイラン核合意離脱とテヘラン市民生活への影響について

2018.05.17

5月8日(火)、米国のトランプ大統領はイランの核合意からの離脱し、イランに対して過去最大級の経済制裁を行うと表明した。時を同じくして、当財団の中東・イスラム事業グループの一行は、5月14日(月)にイラン政府機関と女性の起業家支援をテーマとした国際ワークショップを開催するためテヘラン入りしていた。筆者を含む広報班は、事業グループの開催準備を支援する傍ら、テヘランに拠点を置く日本企業の関係者、メディア関係者、日本人有識者等に面談し、経済制裁によるビジネスや市民生活への影響等について話しを伺った。

ドルの入手が困難に

昨年より対ドルレートで下落が続いていたイラン・リアル(イラン現地通貨)は、4月に入り市中レートのドル価格が上昇し、一時期は1ドル=6万イラン・リアルを超えるまで高騰した。経済制裁を見据えた市民がドル買いに殺到したためではないかと見られている。事態を重くみたイラン政府は、4月10日、現地通貨のイラン・リアルの外貨取引を大手銀行3行に集約し、取引レートを1ドル=4万2,000イラン・リアルに統一。市中レートによる取引を禁じると発表した。(図1)

(図1)イラン・リアルの対ドル為替レート推移 出典:イラン中央銀行
(図1)イラン・リアルの対ドル為替レート推移 出典:イラン中央銀行

テヘラン市内の大手銀行の近くには必ずと言ってよいほど外貨を売買する両替商が店を並べている。イラン国内における外貨取引は、政府が定める公式レートと両替商などが取り扱う市中レートの二つの為替レートがあり、海外渡航など外貨を必要とする市民は、街の両替商からドルやユーロ等の外貨を購入するのが一般的であった。

閉店中の両替商(フェロドーシ通り)2
閉店中の両替商(フェロドーシ通り)

取引レートの統一以降、街中の両替商を通じた外貨取引は禁止となり、全ての両替商は休業を余儀なくされている。さらに本来は公式レートでドルの取引が可能であるはずの銀行窓口においても一般に向けてはドルの売買をしないという事態に発展している。そのため、テヘラン市民は通常のルートではドルを入手できない状況に陥っている。イラン政府は、経済制裁の長期化に備えるため国庫のドルの流出を抑えているのではないか、今後の海外取引はユーロがメインになるのではないかといった憶測を呼んでいる。

イラン・リアルの下落は物価上昇に波及し、一般の市民生活にも影響を与えている。テヘラン市民の生活について、テヘラン在住20年のA女史に詳細を伺った。A女史によると、イラン政府は年初来の物価上昇率は9%前後で推移していると発表しているが、ここ数か月間の物品の価格上昇は輸入品を中心に2倍近い値上がりを体感しているという。ドルが高騰したため、国内の在庫にも調達費の値上がり分が上乗せされ、市民生活に跳ね返っているのだ。

経済制裁の長期化が懸念されるなか一般市民は財布のヒモを締め、必要以上の消費は抑える傾向にあるという。なかにはバターや肉類等の保存食品や紙・洗剤といった生活必需品の買いだめを始めている人も出始めている。米国の核合意離脱表明にあたり、イラン経済が大きく好転する見込みがなくなり、多くの人は怒りよりも失望しているのではないかという。

米制裁の影響を受けない中国企業

テヘランに拠点を置く日本企業の複数名の駐在員に経済制裁の影響について話しを伺った。「米国主導の経済制裁がどこまで影響を及ぼすのか不透明であるが、今は状況を見守る必要がある。しかし、同じ外資系では中国企業がシェアを伸ばす可能性が高い。」と口を揃える。

日本を含む外資系企業にとってイランへの進出を阻害する最大の問題は銀行を通じた海外送金だ。米国の経済制裁声明により、米国と取引のある銀行はイランとの取引を縮小せざるを得ない状況にある。一方で、中国企業はイランへの投資にあたり米国と取引を持たない地方銀行を利用しており、中国政府も銀行を支援しているという。いずれにしてもイランに進出する中国企業は送金に困っている様子はないと現地事情に詳しい某社の代表は語る。

一般的にイランの人々にとって中国製に対する印象は非常に悪い。価格は安いが質が悪く粗悪品が多いというイメージが根付いているためだ。反対に日本製品への信頼は高く、選ぶなら日本製か次に韓国製が人気だという。しかし、自国通貨の下落と日本や韓国企業の投資が進まないなか、日本製品への憧れと消費の実態は変わりつつある。既に中国はイランにとって最大の貿易相手国となっており、中国製品は自動車や車のパーツ、家電、日用品に至るまであらゆる分野で見られるという。経済制裁が長期化すれば中国はイランへの投資に足踏みする日本や韓国を後目に様々な分野でさらにシェアを拡げる可能性が高い。

中国製品の拡大により倒産を余儀なくされたイランのローカル企業も出始めているという。イラン政府も自国の産業が疲弊する状況を望んではおらず、今年の政府スローガンは「国民は自国製品を買おう」だという。しかし、イラン人の消費がスローガンの通りローカル企業に向かうかは疑問であると前述のA女史は首をかしげる。これまでイランのローカル企業は、海外メーカーとの競争にさらされることが少なかった。消費者の目線からみればイランの企業は、負けるべくして負けているという。今後、イラン企業は海外製品を知る市民のニーズに合った製品を提供できるのか課題は多い。

国際社会への復帰を果たしても、経済面で他国に取り込まれては元も子もない。国の将来を他者に委ねるような未来をイランの人々は望んでいないはずである。イランが本当の意味で国際社会への復帰するためには、様々なハードルが待っている。

イランをより深く知るために

テヘランに滞在中、当財団の田中会長に随行し、「聖なる防衛博物館」、「Aban 13 記念館」(在イラン米国大使館跡)を視察した。イランという国のアイデンティティをより深く理解するためだ。前者は80年代のイラン・イラク戦争の経緯を伝える施設であり、後者は1979年11月に発生したイランアメリカ大使館人質事件の正当性を伝える施設である。

防衛博物館では殉教者とされる老人や子供の写真、破壊された家、生活者の遺留品が目に焼き付いた。各国に正義を冠した主張がある。どの国が悪いなどとは軽々しく言うことはできない。しかし、戦争は普通の人々の生活を一瞬で奪ってしまうことを改めて気づかされた。

戦争の殉教者は街の通り名となり人々に記憶されている
戦争の殉教者は街の通り名となり人々に記憶されている

戦禍により破壊された教室を模した展示
戦禍により破壊された教室を模した展示

戦禍により破壊された教室を模した展示
戦争被害者の遺留品

「ABAN 13 記念館」では、アメリカ大使館占拠事件当時に大使館で使われていた暗号機、偽造書類、防音室等が当時のスパイ活動の証拠として展示されていた。ABAN13とはイラン歴のアバン月の13日に起きた事件という意味である。なお、イランの教科書では旧アメリカ大使館という名称は使われず、「ABAN 13 記念館」と記載されているという。

ABAN 13 記念館の外観
ABAN 13 記念館の外観

タイプライタ―、書類、写真、暗号機等が展示されている
タイプライタ―、書類、写真、暗号機等が展示されている

最後に

あるイラン政府の関係者は、田中会長との面談時に「将来、国際社会に復帰したイランは、日本、ブラジル、インド、ドイツの仲間に入りたい。」と語っていた。この意味は、国連の常任理事国に入るのは難しいが国際社会においては確固たる地位を築き、世界から信頼される国になるという意味であるという。

当財団は、日本と中東諸国の相互理解を促進するため、これからも中東地域を専門とする研究員等が様々なプログラムを立ちあげて行く。筆者も財団の事業を通じて中東への理解を深めていく所存である。

最後に日本から来た我々にイランを知る機会を惜しみなく与えていただいたテヘランで活躍される皆さまにこの場を借りて心から感謝を申し上げる。

情報統括部広報課 尾形慶祐

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