【イベント報告 】
北東アジアにおけるジェンダー投資の主流化
ジェンダー視点を意図的に投資判断に盛り込み、潜在的な価値やリスクの認識をするジェンダー投資(以下、GLI)が「賢い投資戦略」として世界中で注目を集めており、インパクト投資コミュニティに属さない投資家もGLIの可能性を模索し始めています。
一方で、北東アジア地域において、GLIは比較的発展途上にあるといえます。
笹川平和財団ジェンダーイノベーション事業グループの松野文香グループ長は、11月10日、AVPNが主催する「Northeast Asia Social Investment Summit 2021(北東アジアソーシャルインパクトサミット2021)」にて、ジェンダー投資に関するパネルディスカッションに登壇者として参加しました。本セッションでは、北東アジア地域の公開市場と未公開市場におけるGLIの現状や、GLI参入の際のグッドプラクティスについて議論しました。
パネルディスカッションには、松野グループ長のほか、香港とグレーターベイエリアのスタートアップを対象にインキュベーションと投資を行っているHong Kong Science and Technology Parks Ventures(HKSTP Ventures)のFounding Member and Leaderであるサミー・ウォン氏、Women of the World Endowment(WoWE)のFounding Board Memberである木村卓郎氏、韓国にて社会イノベーションのコンサルティング、アクセラレーション、インパクト投資を行うMerry Year Social Company (MYSC) のシニア・リサーチャーであるワンヒー・キム氏が登壇しました。
また、モデレーターはAVPNジェンダー・プラットフォームのナタリー・アウ氏が務めました。
セッション登壇者
(左上から:ナタリー・アウ氏、ワンヒー・キム氏、サミー・ウォン氏。/左下から:木村卓郎氏、松野文香グループ長)
【現在の状況、商品とアプローチ】
まずアウ氏は、松野グループ長に対し、北東アジア地域におけるGLIの状況についてどう考えているか聞きました。
松野グループ長は、当財団および当財団の実施しているアジア女性インパクト基金(AWIF)を紹介したあと、世界最大の年金機構である日本の年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)やG7の開発金融機関が始めた女性のためのファイナンスイニシアティブの2Xチャレンジ、またJICAの具体的な動向を踏まえながら、2017年から現在に至るまで、GLIがどのように注目されてきたのかを説明しました。加えて、当財団が2020年7月に発表した、「ジェンダー投資概況調査:東アジア・東南アジア」を参照し、具体的な伸び率を示しながら、GLIは北米やヨーロッパだけで活発なのではなく、全体規模がおよそ13億ドルであるアジア市場は、公開市場においては、世界で2番目(4億8500万ドル)、非公開市場においては世界で3番目の規模(8億1500万ドル)を持つと説明しました。
また、公開市場においては、安倍政権のウーマノミクス政策に触発された結果、アジアにおけるGLI商品の10本のうち8本が日本に存在するのも注目に値する点としました。
次に、アウ氏は、木村氏にWoWEの採用しているモデルの説明を求めました。
木村氏はまず、WoWEは女性をただの裨益者ではなく、行動者や変革者として着目しており、ジェンダーと、気候変動や健康、教育などの社会的に重要な課題を組み合わせ、インターセクショナリティ(交差性)の視点からGLIに取り組んでいると強調しました。
また、WoWEでは、金融市場全体と比較して、まだ小さいながらも成長している債券市場に着目し、他の主要なステークホルダーと協働しながらジェンダーにフォーカスした債券商品の機会を特定するとともに、ペンシルバニア大学と協力して、インパクトのスコアリング手法を開発したと説明しました。木村氏は、特定の社会課題とジェンダーに関連した債券商品を開発する機会が北東アジアにも存在するとし、このようなスコアリング手法の開発が、商品開発を促進するのに役立つことを期待していると述べました。
続いて、アウ氏は、韓国のスタートアップ・エコシステムがどのようにジェンダー視点を取り込んでいるのかをキム氏に質問しました。キム氏は、韓国のスタートアップ・エコシステムにおいて、女性の数が圧倒的に不足しており、女性創業者の割合は26.8%、また女性のベンチャーキャピタリストは7%しかいないと述べました。女性のスタートアップは2020年に3億3,130万ドルを集めているものの、これは総投資額の8%に過ぎず、また、この投資の3分の2が、ユニコーン・スタートアップの一つである特定のEコマース・プラットフォームにしか行われていないと説明しました。このような現状を多くの人々が問題視しており、ジェンダーレンズという言葉が2017年から韓国で使われるようになってから、ソーシャルセクターの団体が女性起業家のためのアクセラレーションプログラムを用意したり、インパクト・ベンチャー・キャピタルであるイエロー・ドッグが、エンパワー・ファンドというファンドを立ち上げたりするようになったものの、それぞれの動きが孤立しているため、集合的なインパクトを与えるまでにはいっていないと現状を分析しました。
話題を香港に移し、アウ氏はウォン氏に対し、HKSTP VenturesにおけるGLIと、香港のスタートアップ・エコシステムにおけるGLIの状況について聞きました。ウォン氏はまずHKSTP Ventures が2つのファンドとアーリーステージのファンドを運営しており、ライフサイエンス、ヘルスケア、半導体、ロボットなど、ディープテックのいくつかの分野において、シードからシリーズA、グロースステージのファンドへの投資を行っていると説明しました。キム氏は、彼のチームの半数近くが女性の投資専門家であり、また女性の起業家が設立した企業に少なくとも4社は投資していることから、HKSTP Venturesは女性起業家に優しい環境を提供していると述べました。一方、香港において女性起業家の数が増えているものの、香港の風潮を鑑みると、エコシステムの構築者として、また投資家として、ジェンダー視点やより良い多様性を全面的に押し出すのは未だに非常に難しく、ジェンダーの視点をポートフォリオに取り入れる代わりに、女性の創業者や経営者の能力開発を奨励していると説明しました。
【ベストプラクティスとGLIの始め方】
次の質問にてアウ氏は、GLIを始める上で参考になるベストプラクティスを登壇者各人に聞きました。
松野グループ長は、AVPNおよびオーストラリア政府のイニチアチブであるInvesting in Womenと協働で今年度実施している、Gender Lens Investment (GLI)フェローシップ・プログラムを紹介し、12月には第1回目のプログラムが終了するものの、次回第2ラウンドが始まる予定だと述べ、GLIに関心のある投資家にとって、GLIを始める上で活用できるプログラムであるとしました。
加えて、投資家や女性向けファンドが出会う機会を提供している、隔年開催の「Gender Smart Investing Summit」や、そのサミットの一環として実施している投資家や女性向けファンドが出会う機会を提供する「Capital Connect」プログラムを紹介しました。
さらに、GLIを始める上で対象に考えるファンドは必ずしもジェンダー平等を主な目的にしているもののみに着目する必要はなく、時には気候変動や他の社会課題との交差性の中でのジェンダー視点に着目したファンドにも視野を広げる必要があるとしました。
当財団のアジア女性インパクト基金の場合、重要なのは投資を通じ、アジアの女性と女児にインパクトを与えることなので、GLIは、それを実現するための一つのツールに過ぎないと述べました。
次にアウ氏は、WoWEが、データ収集者や、インデックス開発者、金融商品開発者、アセットマネージャーなどを集めGLI金融商品を開発していることに触れ、公開市場におけるGLI商品の共同開発について、どのようなベストプラクティスがあるかを木村氏に聞きました。また、公開市場のポートフォリオにジェンダーの視点を取り入れようとしている投資家へのアドバイスを求めました。
木村氏は、2019年にWoWEがUN Womenとともに実施し、世界銀行、ジェンダーに特化したデータ機関であるEquileap、金融機関、その他のエコシステム・プレーヤーが参加したプロトタイピング・セッションにて、債券市場には、ジェンダーに焦点を当てたソブリン債の格付けが欠けているという大きな気づきを得たことにより、ペンシルバニア大学と協力して、独立した指標やジェンダー・ボンド、あるいはソーシャル・ボンドのKPIを設定するための研究を行うようになったと述べました。
このように、多様なアクターとともにアイディアを出し合い、そこから解決策を生み出したことは、GLI実施に関するグッドプラクティスと言えるのではないかと述べました。また、投資家に対するアドバイスとしては、ジェンダーを包括的・インターセクショナル(交差性)な視点から着目することを挙げました。
次に、香港において、どのようなステークホルダーと協力してきたかについてウォン氏に質問しました。ウォン氏は、これまで、研究者や政府、起業家、ベンチャーキャピタリストなど、様々なアクターと協働し、アドバイスやサポートを受けていると述べました。また、現在の香港のイノベーション・テクノロジー委員長は女性であり、女性起業家に関しても、HKSTP Venturesが女性起業家4社に出資していることからも分かるように、アジアにおいて数が増えてきていることから、GLIに追い風が吹いていると言えると主張しました。また、投資家の間でも著名な女性投資家が増えており、これらのポジティブな変化は、多様なステークホルダーと協働する上で励みになっているとし、今後のGLIの発展に期待を寄せました。
最後に、韓国市場に触れ、MYSCのGLI活動および応用できるケーススタディをキム氏に質問しました。
キム氏は、MYSCは単なる投資家ではなく、「システム・メーカー」だと説明したあと、資金調達プログラムを設計しているアクセラレーターやインキュベーター等の中間支援組織の視点を変えることが必要であり、そのためMYSCは、中間支援組織が、それぞれのプロジェクトにジェンダー視点を組み込むためのプログラムを展開していると述べました。また、これまでの投資プロセスが、投資家の判断や優先順位に大きく依存していることを問題視し、評価者や投資家にジェンダー視点を説明することで、すべての投資プロセスにおいてジェンダーを尊重するよう働きかけていると説明しました。最後に、社内にジェンダー委員会を設置し、ステークホルダーにアンケートを実施したり、一緒にディスカッションをしたりするなど、まずは自分自身のジェンダー視点を見直し、内側から小さな変化を起こすことが最大のイノベーションになるのではないかと問いかけました。
最後のQ&Aセッションでは、今後の北東アジアにおけるGLIの発展性や、GLIの指標や評価ツールに関してなど、様々な質問が寄せられました。
GLIは、ジェンダー平等および女性のエンパワーメントに資金を向ける手段としてだけでなく、潜在的な価値やリスクを認識し、投資家がより優れた投資判断をするための有効な手段ともなり得ます。北東アジア地域においてもGLIが活発になるよう、笹川平和財団は今後もジェンダー投資に関する情報発信に力を入れていきます。