オマーン:
新型コロナと新国王就任の2つの課題に立ち向かう親日国の今
カーブース前国王は、内政面ではオマーンの多様性を尊重し、共存路線を取ったことが特徴的である。1970年の即位後、すぐに国内を歴訪して、地方を拠点とする部族や、多彩な宗教コミュニティとの関係を深めることに努めた。国民の大多数がイスラム教の一宗派であるイバード派を信仰し、国内の多くの移民労働者は、ヒンドゥー教、キリスト教を信仰している。さらにはシーア派のイスラム教を信仰しているイランからの移民もいる。こうしてみると、カーブース国王は、国内でも多宗教、多民族のコミュニティ間の共存を維持する絶妙なバランス感覚を持っていた、ということも言えるのかもしれない。
日本との最近の関係で言えば、安倍総理は、国王が亡くなられた直後の今年1月14日に、日本の総理としては6年ぶりに同国を訪問してハイサム新国王と会談を行っている。新国王は、カーブース前国王の路線を引き継ぐと即位声明で述べている。オマーンの前途には、以下に述べるとおり経済面、外交面で多くの克服すべき課題があるが、新国王にとっては、新型コロナウィルスへの対応がさらに緊急課題として立ちはだかった格好になる。この小文では、オマーンにおける新型コロナウイルス(以下新型コロナ)感染の影響が、新体制下のオマーンの経済、外交問題に与える影響について概観する。

オマーン国 (出典:外務省)
新型コロナ感染拡大の状況
3月中旬以降、オマーン政府は委員会を設置して次々と感染を止める対応策を打ち出した。3月18日、外国人の入国とオマーン人の海外渡航の禁止、さらに国境の全面閉鎖、集会や会議の禁止、観光地の閉鎖、スゥークと呼ばれる狭い路地に店が軒先を並べる迷路のような商業地域(市場)の完全閉鎖などの措置を実施した。またスゥーク以外でも食糧など生活の必需品を扱う店舗以外は全て閉鎖し、レストランも閉鎖され、テイクアウトのみ許可されている。3月29日には、マスカットームサンダムの国内便以外の国内外便旅客機の運行を全て禁止した。さらに、4月1日には、政府職員に全員在宅勤務を義務付け、首都マスカット市内で特に感染拡大が蔓延しているマトラ地区の封鎖を決めた。4月8日には、より広範なマスカット県に出入りする全てのポイントに検問所を設け、4月10日から県全体を封鎖している。当初は4月22日までの封鎖と発表されたが、5月5日に封鎖を5月29日まで延長することが決定された。
こうした一連の対応策を決定して指示を出しているのは、オマーン政府コロナ対策高等委員会と呼ばれる組織で、国王の下で内務大臣が議長を務め、メンバーとして各省庁から大臣・次官レベルが参加している。この委員会が司令塔となり、最初の感染者が確認されて以降次々と対応策が出された。こうした対応策に関する法令の改正などは一切ない。また、これらの対応策の執行を担保し、遵守させるための監視をするのは、警察と軍隊である。
これまでのところ、オマーン政府が、感染者数が比較的少ない早期段階から厳しい措置を断行した結果,感染の抑制に一定の効果を上げることができたと評価できる。君主制という政治体制の在り方も、こうした迅速な対応に一役買っているのかもしれない。5月下旬以降、ラマダン、イードの際に人々が禁止されている集会などを行ったために感染が拡大してはいるが、新国王の即位直後、新体制も整っていない段階での危機への対応としては、オマーン政府は健闘したというべきではないか。
新型コロナ感染拡大のオマーン経済への影響
オマーンの経済は2014年の原油価格の下落を契機に、特に2017年以降低迷を続けている。2017年にはGDP0.35%成長、2019年には0.47%成長と、経済成長率も非常に低い。また,累積財政赤字は対GDP比50%を超える。このような状況に加え、新型コロナ感染拡大の影響で、世界中の経済活動が縮小され、石油の需要も激減している。一般的な経済活動の停止によるダメージは他の国と同様であるが、オマーンを含め、産油国にとって大きいのは原油価格の下落である。2020年度の国家予算の前提となる想定原油価格は1バレル58ドルであるが、現在は1バレル20ドル程度になっており、財政基盤の弱いこの国がどのように対応できるのかが、大きな懸念材料である。
さらに、オマーンは世界でも有数の若い国と言われ、総人口(461万人)のうち28%が19歳以下(半数が29歳以下)と言われている。若者を中心に失業率が非常に高く、政府の20年来の雇用促進政策もまだその成果が大きくは出ていない。今回の新型コロナ感染拡大に伴う経済の失速により失業率がさらに上昇することが懸念される。またオマーンでは総人口のうち外国人労働者の占める割合が多く、こうした労働者が多く雇用されている飲食・宿泊業などのサービス業がほとんど休業し,建築産業などもその多くが休止している状況で、収入がゼロになった労働者も多い。
新型コロナの影響を受けて、社会的な格差、貧困のさらなる拡大が懸念される中、今後こうした労働者層をコロナ対策の一環としてどのように救済していくのかが、大きなポイントになる。
新体制下における外交問題
今後のオマーンの外交問題に深く関わっていくのは、今回の新型コロナ感染拡大とこれに伴う世界経済の失速、特に原油価格の下落である。オマーンについては、GCC諸国の中でも特にUAEとの関係、サウジアラビアとの関係がよくメディアでも取り上げられる。特にUAEには国境を越えて働くオマーン人も多く、経済的、社会的な関係性が深い。2017年にサウジ、UAEなどはイランとの関係を理由にカタールと断交したが、オマーンはこの動きから一線を画し中立路線を貫いた。2019年ごろから、イエメンの内戦の問題もあり、現在、UAEは、サウジと距離を置き始めていると言われる。両国ともに、経済的に苦しい中、こうしたGCC諸国間の外交問題が、直接オマーンの独自外交路線に影響を与える可能性もある。このような状況下で、今回の経済危機を、オマーンがどう乗り越え、GCC諸国との関係をどう作っていくのか、また新国王が、カーブース前国王が築いた独自の外交路線を今後も維持できるのか、ということは、オマーンという国の将来を考える上で、非常に重要な課題であろう。新型コロナ感染拡大によるオマーンの未来がかかった大きな転機が、今、訪れているのかもしれない。
*本エッセイを書くにあたって貴重な情報をご提供いただいた、在オマーン日本大使館小林特命全権大使に深く感謝申し上げる。
【引用資料】
(オマーンの地図)
外務省ウェブサイト https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/oman/index.html
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