【登壇報告】アンタルヤ外交フォーラム
2025年4月11日(金)~13日(日)に、トルコ外務省が主催する「アンタルヤ外交フォーラム(Antalya Diplomacy Forum)」がトルコ共和国アンタルヤで開かれ、11日のADF-Panel” Geostrategic Dynamics in Asia-Pacific”に当財団の角南理事長が登壇しました。
笹川平和財団は、2020年1月9日に中東情勢研究会で東京外国語大学の松永泰行教授(イラン政治、国際関係論)をお招きし、「イラン大統領訪日他を受けて―今後の展望―」というタイトルでご講演いただきました。
イラン政府は1月5日、2019年5月8日から段階的に進めてきたJCPOA履行義務縮小の第5弾を発表した。この発表自体は、イラン・イスラム革命防衛隊のソレイマーニー司令官殺害以前から予定されていたものだ。しかし、公益判別評議会のモフセン・レザーイー書記が、司令官殺害に対しイランが取るべき措置とJCPOAとを結びつけてしまったため、私はIAEA査察受け入れ拒否など、過激な発表にならないかと危惧していたが、そこまで至らず安堵した。発表の内容は、まず遠心分離機の数に関する制約を取り払うとのものだった。これでウラン濃縮能力、濃縮度、濃縮量、研究開発の制約がなくなった。次に、IAEAに対しては従来通り協力することを明言している。さらに、JCPOAからの受益部分が復活した場合は、イランは合意に基づく義務を再び履行すると述べている。
つまりイラン側は、これらの措置は可逆的であるとしており、JCPOAから離脱したいとは一言も言っていない。少なくともロウハーニー政権のイランは、JCPOAを守りたいと思っている。しかし、合意が「互恵的」で「双務的」でないならば、なぜイランだけが義務を履行しなければいけないのか分からないと考えている。さらに、これらの履行義務縮小をJCPOAの枠内で、すなわち36条と37条の紛争解決メカニズム(Dispute Resolution Mechanism)の根拠に基づいて行っていると認識している。ところが、JCPOA締約国のE3(英独仏3か国)の首脳は、1月6日の共同声明で、JCPOAに反するすべての措置を撤回するようイランに求めており、イランと解釈がすれ違っている。
ソレイマーニー司令官は、1月3日未明、ダマスカスからバグダッドへの民間航空機を降り、滑走路脇を車両で移動している最中に、米国のドローン攻撃により殺害された。同時にイラクのシーア派民兵組織、カターイブ・ヒズボラのムハンディス司令官も殺害された。ムハンディス司令官は、母親がイラン人で、イラン・イラク戦争当時から革命防衛隊と協力しており、イランとのつながりが一番強い人であった。米国はムハンディス氏の殺害までは計画していなかったであろうが、米国にとり好都合な結果となった。
ソレイマーニー司令官殺害については、現地時間午前1時頃、バグダッド空港脇爆撃の第一報が流れ、2時40分には、イラクの人民防衛隊幹部への攻撃であったとの報道が流れ、その本文中でソレイマーニー司令官も「殉教」したことが言及されていた。ニュース速報のタイトルに司令官「殉教」が登場したのは早朝5時頃で、多くのイラン国民が知ったのはおそらく朝7時の国営テレビ(イラン・イスラム共和国放送)のニュースであっただろう。アナウンサーが「ソレイマーニー司令官は殉教者になった」と伝えた後、シーア派の殉教を悼む哀悼歌が挿入されていた。長年イランのニュースを見てきたが、このような劇的な演出は記憶にない。1月6日にテヘラン大学で、ハーメネイー師がソレイマーニー司令官のお棺を前に弔いの礼拝を捧げたが、号泣していた。葬儀の前日に、司令官の次女ゼイナブ・ソレイマーニー氏がレバノンのマナールTVのインタビューを受けていたが、「叔父さん」のナスルッラーが復讐すると語っており、ソレイマーニー司令官とレバノンを拠点とするシーア派組織、ヒズボラのナスルッラー書記長との家族ぐるみのつきあいを窺わせた。
1月8日未明、革命防衛隊は、米軍が駐留するイラクのアイン・アサド基地とアルビル基地を射程300km程度の弾道ミサイルで攻撃した。1月3日の暗殺直後に開催された国家安全保障最高会議でハーメネイー師が、「激しい報復をする」と宣言しため、イランとしては引っ込みがつかなくなった。しかし8日の攻撃は、米国が攻め返してきて全面戦争にならないよう抑制のきいた限定的なものであり、米国にもそのメッセージは伝わった。ポイントは、まずアイン・アサド基地を爆撃したことだ。アイン・アサド基地は米国の「イスラム国」掃討作戦の基地であり、また同目的のNATO同盟他多国籍軍部隊の本拠地でもある。またイラン側の説明によると、同基地はソレイマーニー司令官殺害のドローンが出撃した基地でもあり、報復の対象としては象徴的だ。続いて、自国で生産し、運用しているミサイルで攻撃したことだ。2019年6月にホルムズ海峡で米国のドローンを撃墜したときも、イランは自前のミサイルを用いていた。さらに、今回の反撃は法的には国連憲章下の自己防衛であると強調している。このように、全面戦争は求めないが、同害報復の「釣り合った(proportional)」反撃を行った点が特徴だと言える。
ハーメネイー師は、上記反撃後の8日の演説で、「米国に平手打ち」を浴びせたと表現し、反撃はこれだけでは終わらない、米軍のペルシャ湾からの撤退を外交力、総合力で目指すと語っていた。これは米軍を軍事力で撤退させようと思ってないということであり、理性的な判断だと言える。トランプ大統領は、イランの反撃に対し「すべて順調だ」と述べていたが、大統領選挙を控えた今年、中東で戦争するのは得策ではないと理解しており、ある種の落としどころを求めていたようだ。
最後に、今後の見通しについて簡単に述べたい。まず、JCPOAは瀕死の状態だ。イランが、米国だけでなくE3と話が通じていないからだ。トランプ大統領は欧州首脳に対し、JCPOAから脱退するよう働きかけている。JCPOAは米国大統領選挙の結果が出るまで、もたないかもしれない。
続いて、今年2月下旬に予定されているイランの国政選挙と来年6月の大統領選挙について触れたい。国会は、保守派の優位は変わらないだろう。ロウハーニー大統領とうまく連携しながら法案を通していたラリジャニ国会議長が今回の選挙に立候補しなかったため、議長は交代する。ラリジャニ氏は大統領選挙に出るようだ。彼は、今回のソレイマーニー司令官殺害を1953年のCIAによるモサッデク政権へのクーデター、1988年の米軍によるイラン航空機撃墜事件と重ね、米国の本質が明らかになったという演説をしており、今回株を上げたと思う。中期的には、次期最高指導者の最有力候補はイブラーヒーム・ライースィー司法府長官だろう。今回の葬儀の場面でも、ハーメネイー師とツーショットの形で同長官が映されていた。日・イラン関係については、米国の二次制裁がいつまで続くかが焦点だ。
以上