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  • マレーシアの新型コロナウイルス対応 (1)―2020年前半期の政府と社会の対応
コロナ対応から考えるアジアと世界

マレーシアの新型コロナウイルス対応 (1)

2020年前半期の政府と社会の対応

伊賀司1

2020.12.23
25分

はじめに

 マレーシアにおいて政府が新型コロナウイルス(以下、新型コロナウイルスを「コロナ」と省略)に感染した最初の患者を確認したのは2020年1月25日のことである。最初の患者は中国国籍の旅行者であった。この最初の感染者確認をコロナの第一波の始まりとすると、第一波の感染は2月初頭までに収まり、小規模で短期なものだった。
その後は2月末からコロナ感染者が急増する第二波が発生した。第2波は後述する政府の活動制限の導入の効果もあって6月に入ると一時的に抑え込むことができた。しかし、本稿執筆時点の2020年11月の段階では、9月末からの第三波の発生によって再び感染者数が急増するサイクルに入っている。
マレーシアに限らず、コロナの感染拡大は現在進行形の出来事であることから、本稿では2020年3月から6月にかけて起こったコロナ感染拡大の第二波にマレーシアの政府と社会がコロナにどのように対応したのかをみていくことにしたい。まずは、マレーシアでコロナ感染者がどのように拡大していったのかをみてみることから始めよう。

1. コロナはどのように拡大したか

 ロイター通信が提供する各国別のコロナ感染状況をまとめたサイトによると、11月26日の時点でマレーシアの累計コロナ患者数は5万9817人で死者数は345人、死亡率は0.58%である(表1参照)。

表1: 東南アジア主要国のコロナ患者の現状

国名 感染者数 死者数 死亡率
インドネシア 511,836 16,225 3.17%
フィリピン 422,915 8,215 1.94%
ミャンマー 83,566 1,810 2.17%
マレーシア 59,817 345 0.58%
シンガポール 58,195 28 0.05%
タイ 3,926 60 1.53%
ベトナム 1,321 35 2.65%

出所: ロイター「新型コロナウイルス感染の現状」2

 人口数や従来からの医療設備の充実度などの違いはあるにせよ、隣国との比較でいえば、マレーシアは2020年11月の段階でコロナの感染と死者の拡大を一定程度に抑えることができた国の1つであるだろう。
 とはいえ、感染拡大の第二波が始まった2020年3月の時点でマレーシアは、東南アジア諸国で最大の感染者数を記録していた3。3月の時点でASEAN域内での最大の感染者数を記録していたことは、政府が周辺国と比べて早い段階からマレーシア全土を対象とした思い切った感染抑止策や経済対策を打ちだすことにつながった。

第二波のクラスターの特徴―首都圏における宗教と移民

さらに第二波で大規模化したクラスター群の性質自体も政府の果断な対応を呼び込んだ。第二波において最大のクラスターを生んだのは、クアラルンプールのスリプタリン地区のモスクで2月27日から4日間の日程で実施されたタブリーグのイベントである。タブリーグとは1926年に北インドのメーワートで生まれたイスラム教の宣教活動であり、一般信徒がグループとなって国内外で宣教をおこなってきた。
政府はこのイベントには約1万6000人が参加し、そのうち1500人程度が外国人だったと発表している。3月末の時点で当局が把握しているだけでも国内では600人を超えるイベント参加者からコロナの陽性反応がみられ、彼らを通じて国内で2次、3次の感染が次々と広がっていった。さらに、コロナ感染がイスラム教のネットワークにのってインドネシアやブルネイなど国境を越えて拡大する気配をみせていたことも政府の早急な対応を必要とした。
マレーシアのコロナの第二波では、このタブリーグのイベントを含めてイスラムの寄宿学校、コーランの学習センター、キリスト教教会などの宗教関連の施設や集会で大きな感染者数を伴うクラスターが発生した。そこで政府は宗教関連のクラスターへの警戒を強め、第二波が4月から5月にかけて断食月のラマダンの時期と重なっていたこともあって国民に外出および不特定多数との対人接触の抑制を強く訴えることになった。
宗教に加えて、第二波で主要なクラスター群を形成したのは後述する移民関連のクラスターである。3月から6月にかけてのコロナ第二波の特徴は、宗教や移民に関連した大規模なクラスターが発生し、その大半が、連邦直轄地のクアラルンプールとプトラジャヤ、スランゴール州、ヌグリスンビラン州を含んでマレーシアの首都圏を構成するクランバレー地域でのものだったことにある(表2参照)。

表2: 各州および連邦直轄地のコロナ患者数の推移

3月18日 5月4日 6月10日 9月26日 11月30日
プルリス州 8 18 18 33 43
クダ州 38 95 96 352 2563
ペナン州 31 121 121 142 2088
ペラ州 31 253 256 269 1785
スランゴール州 204 1550 1973 2227 13935
クアラルンプール 123 1334 2399 2660 6206
プトラジャヤ 5 86 97 99 205
ヌグリスンビラン州 49 598 921 1047 4915
マラッカ州 19 207 242 263 387
ジョホール州 93 667 677 756 1379
パハン州 30 305 363 374 403
クランタン州 36 155 156 161 360
トレンガヌ州 10 110 111 116 237
サラワク州 50 523 556 705 1064
サバ州 107 316 355 1586 28771
ラブアン 5 16 17 26 1356
合計 839 6354 8358 10816 65697

出所: Kementerian Kesihatan Malaysia
注1: クアラルンプール、プトラジャヤ、ラブアンは連邦直轄地
注2: 3月18日はMCOの実施開始日、5月4日はCMOの実施開始日、6月10日はRMCO実施開始日、9月26日はサバ州選挙投票日。

2. 政府はコロナにどう対応したのか

活動制限令の施行

 コロナ感染者数の急増をみた政府は、3月18日から国内全土に「活動制限令」(Movement Control Order: MCO)を実施した。その内容は集会禁止、マレーシア人の海外渡航禁止および外国人の原則入国拒否、特定業種を除く全ての政府・民間活動の停止を強制するものだった。一時的とはいえ4月上旬には、生活必需品購入や診察などを除き自宅から10km圏内の移動を禁止し、外出できる人数も1回にあたり1人とする規制が導入された。感染者が集中した地区には軍隊と警察を使って対象地区内の住民を外部から完全に隔離する「強化活動制限令」(Enhanced Movement Control Order: EMCO)も採用された。MCOは感染病予防・管理法や警察法に基づいて執行され、違反者には最大1000リンギ(11月時点では日本円で2万5000円程度)の罰金、最大6か月の懲役、あるいはその両方が科された。
MOCの実際の執行については、保健副大臣や与党党首の娘が違反して罰金を科せられたり、宗教大臣が捜査対象になったりするなど全国民に対して政府が公平な姿勢で臨んでいる姿勢が示された。政府が算出したMCOの達成率は3月段階で既に90%を超え、4月に入ると99%を達成しており、当初の目標は十分達成できた。
 3月から4月にかけて起こった第二波のピークの時期は4月末になると次第に下火になっていった。そこで政府は5月4日からMCOを一部緩和した「条件付き活動制限令」(Conditional Movement Control Order: CMCO)を実施した。さらに5月に入って感染拡大が収まってきたことをみた政府は、6月10日から活動制限を一層緩やかにした「回復に向けた活動制限令」Recovery Movement Control Order: RMCO)を実施した。このように政府は適切な時期を選んで国民の活動制限を段階的に緩和していった。

大型経済対策の導入

 政府は市民活動を規制する一方で大型の経済対策も導入している。最大の経済対策は3月27日に発表された総額2500億リンギの「国民に配慮した経済刺激パッケージ」(Pakej Rangsangan Ekonomi Prihatin Rakyat: PRIHATIN)である。その内容としては、4月と5月の2回に分けて支給された所得に応じた直接給付金、2020年4月1日から9月30日まで個人と中小企業を念頭にしたクレジットカード負債を除く全てのローン支払い猶予、電気料金値下げ、一定量のフリー・インターネットサービス、日本の厚生年金に相当する被雇用者積立基金の第二口座からの引き出し許可、4000リンギット以下の所得の労働者に対する賃金保障などである。6月にも大型の経済対策として予算規模350億リンギの「国家経済復興計画」(Pelan Jana Semula Ekonomi Negara: PENJANA)も発表された。

活動制限令下の政府のガバナンスとリスクコミュニケーション

 MCOの下で政府の司令塔となったのは首相が議長を務める「国家安全保障会議」(National Security Council: NSC)である。NSCはナジブ政権下の2016年にテロ対策などを理由に設置法が制定されたが、設置法の制定にあたっては首相の恣意的な権力行使を可能にすることが懸念されて野党や市民社会組織などからの反対も強かった。MCOの下ではNSCと保健省を中心にコロナ対策が打ち出されていった。さらに経済対策については、3月11日に設置され、こちらも首相が議長を務める経済行動評議会(Economic Action Council; EAC)の役割が重要だった。EACは第一次マハティール政権下で1990年代末の経済危機を受けて経済再建を目指す司令塔として臨時に設置されたことで知られており、ムヒディン政権がコロナのもたらす経済的・社会的影響に強い危機感を当初から抱いていたことを示している。
 政府から市民へ向けてのリスクコミュニケーションの観点からいえば、限定された情報発信者のもとで適切な発信ができていた。主にムヒディン・ヤシン首相、イスマイル・サブリ上級大臣(防衛・治安担当)、ノール・ヒシャム保健省保健局長の3人が記者会見でコロナ感染の状況と政府の対策を説明する主な情報発信者となった。ムヒディン首相が節目ごとにテレビ演説を通じてMCOの延長・変更や経済対策の発表などを行い、イスマイル上級大臣がMCOの執行状況や具体的な規制内容について説明し、毎日の感染状況や保健・疫学的な情報はノール保健局長が担当した。なかでもノール保健局長の役割は重要である。3月1日のムヒディン内閣発足で新任された保健大臣がコロナ関連で不適切な情報を拡散したために、政治家である保健大臣が記者会見等の場に出ることがなくなり、省庁の事務方であるノール保健局長が前面に出て感染情報などを提供するようになった。毎日のメディア報道を通じてノール保健局長はコロナと戦うヒーロー像としてのイメージが国民の間で広まり彼個人の人気が高まった。

国民から政府のコロナ対応への高い支持

 こうしたムヒディン政権のコロナ対策に対して、国民から高い支持と信頼が寄せられた。4月9日と23日のいずれもMCOの延長前にSNSのテレグラムを使ってNSCが実施した世論調査では回答者の9割近くがMCOの延長を支持した[1]。政府統計局が4月10日から24日にかけて実施した世論調査では、大型経済対策のPRIHATINを通じて1種類の支援を受けた人が17.9%、2種類が13.9%、3種類が68.2%であり、96.8%の人が何らかの利益を受け取ったと回答している。PRIHATINの支援受け取りプロセスに関する回答では、62%の人は問題なく受け取り、16.5%の人は官僚的な対応の障害はあったものの受け取りに困難はないとし、9.3%の人は受け取りに困難を訴えた。PRIHATIN全体に対して満足している人は87.3%であった[2]。以上のように政府の緊急経済対策は国民の大半に行き届いてかなり高い満足感を生んでいることがわかる。その結果もあって9月に発表された世論調査では、ムヒディン首相の支持率が69%を記録し、政府のコロナ対策を93%が支持することになった[3]。

3. 移民・難民への社会の対応

 国民からの高い支持のもとで思い切った対策を政府が打ち出したこともあって、4月になると感染拡大の抑止に目途が立ち、MCOの緩和が段階的に進んでいった。しかし、同時に新たなクラスターが問題となり始める。移民労働者の間で発生するクラスターである。主要なクラスターにはクアラルンプール郊外のブキッジャリルにある不法移民収容施設や、ヌグリスンビラン州プダスで移民労働者を大量に雇用するチキン加工工場があった。さらに移民労働者の間でのクラスター拡大は、感染者当人だけでなく、首都圏の台所事情にも悪影響を及ぼした。クアラルンプールの北部に位置する生鮮食品の卸売市場であるスラヤン・マーケットはミャンマー人などの移民労働者によって運営が成り立っていた。長時間の肉体労働を伴う作業が必要なためにマレーシア人労働者を集められず、ミャンマーなどから来た移民労働者への依存が常態化していた。そうしたなかで不規則な長時間労働や十分な医療を受けられない移民労働者を中心にクラスターが発生してスラヤン・マーケットとその周辺地域はEMCOで完全封鎖されることになった。

ロヒンギャ難民への対応

 外国人のコロナ感染に国民の関心が移るなかで注目を集めたのは、ロヒンギャ難民に関する問題である。2020年10月段階で国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)に登録されたマレーシアに住む難民は17万8450人である。ミャンマーからの難民は15万8300人で、そのうちの10万2020人がロヒンギャである[4]。2010年代に入って多数のロヒンギャ難民はムスリムが多数派を占めるマレーシアに粗末な船を使って断続的に流れ着くようになった。マレーシアは「難民の地位に関する条約」の締結国でないものの、コロナ発生以前は人道的見地からマレーシアにやってきたロヒンギャ難民を受け入れて保護する姿勢を示していた。しかしコロナ発生以後には、マレーシアの領海内に入ったロヒンギャ難民は軍を動員して領海外に強制的に追い返し、上陸した難民は不法入国者として罪に問うようになった。ムヒディン首相はコロナの感染拡大防止や大規模な経済対策によって発生した財政悪化を理由にあげてマレーシアへのロヒンギャ難民の受け入れを拒否している。マレーシア政府の対応が急変したことにアムネスティ・インターナショナルのような国際NGOから批判が高まった。
 政府がロヒンギャ難民を拒否するようになったのには、コロナ感染拡大防止や財政悪化という表向きの理由のほかに、国民の間でロヒンギャへの風当たりが強くなって不満が表出されるようになり、ネット上でロヒンギャへの差別的なヘイトスピーチも目立つようになってきたことが影響している。ロヒンギャ組織の代表がマレー人は愚かであり、政府がロヒンギャに市民権とマレーシア人と同等の権利を与えることを要求したとのフェイクニュースがネット上で拡散したこともロヒンギャに厳しく対応すべきとの国民の反応を生み出した。
シンガポールの東南アジア研究所(ISEAS)が2019年11月から12月に実施した世論調査では、「追放されたロヒンギャの人々を自分たちの国に再定住させるのを支持するか」との質問にマレーシア人は56.4%が否定的、43.6%が肯定的な回答をした。ASEANの平均値がそれぞれ61.3%と38.7%なのでマレーシアの否定的な回答は低いようにもみえる。しかし、ASEAN平均値は従来からロヒンギャ難民の受け入れに否定的なカンボジア、ラオス、ベトナムのような諸国に引っ張られている面がある一方で、インドネシアやフィリピンでは肯定的が否定的を上回っている (表3参照)。ムスリムが多数派を占めるインドネシアでロヒンギャ難民の再定住への支持が高いのは理解できる。なぜフィリピンでロヒンギャ難民の再定住への支持が高いのかについて筆者は現状で明確な回答を持たないが、インドネシアとフィリピンは大量の移民の送り出し国であることから、両国には国境を超える移民や難民への国民の比較的深い理解や同情があることが影響しているかもしれない。

表3: ロヒンギャを自分たちの国に再定住させるのを支持するか

否定 肯定
ASEAN 61.3% 38.7%
ブルネイ 68.0% 32.0%
カンボジア 80.8% 19.2%
インドネシア 43.9% 56.1%
ラオス 82.6% 17.4%
マレーシア 56.4% 43.6%
ミャンマー 66.0% 34.0%
フィリピン 38.7% 61.3%
シンガポール 68.5% 31.5%
タイ 61.5% 38.5%
ベトナム 75.0% 25.0%

出所: ISEAS8

 ムスリムが多数派を占めるマレーシアとインドネシアでは、コロナ危機後のロヒンギャ難民の受け入れについて、両国政府の異なる対応がみられた。先述のようにマレーシアではロヒンギャ難民受け入れを取りやめて水際で追い返すこともしている一方で、インドネシアでは人道的見地から受け入れを継続して一時的保護を与えるという従来の立場を今のところは維持している。
 マレーシア政府は5月に入るとEMCOによって封鎖された地域内で警察官、軍人、保健省職員を動員した立ち入り調査を行って不法移民の検挙を増やしていった。検挙された不法移民に対してPCR検査を行って陰性の場合はインドネシア、ネパール、バングラディシュなど各国政府の協力のもとで強制送還する方針を打ち出した。
以上のように、移民や難民に対してコロナ以後には政府の対応はより厳しいものとなり、一部の国民の間では不満が聞かれるようになった。

おわりに

 本稿はマレーシアの政府と社会がコロナの第二波にどのように反応してきたかについてみてきた。これまでの内容を簡単に整理してまとめよう。
 第二波の主要なクラスターの特徴として、首都圏での宗教と移民に関連するクラスターが比較的大規模であったことが指摘できる。宗教と移民という多様で外に開かれたマレーシア社会の特徴がそのまま感染拡大の経路となったといえるだろう。イスラム教のモスクで開かれたイベントを介して拡大したコロナ感染からは、マレーシア人の人とのつながり方や海外にまで伸びる宗教ネットワークの存在がマレーシア内外であらためて再確認されることになった。また、マレーシアの経済と社会にとって必要不可欠な存在であるにもかかわらず、普段は表面化しづらい移民の問題について注目が集まったことも重要である。移民問題の延長線上にあるロヒンギャ難民受け入れへの反応にみられるように、国民の一部には外国人に対して厳しい目を向ける保守的な動きも散見されるようになった。
 他方でマレーシア政府のコロナ対応をみれば、周辺国と比べてこれまでのところは政府も社会もうまく対応していると評価できる。次稿で取り上げる予定の2020年3月の突然の政権交代とその後の政局の混乱にもかかわらず、政府はMCOを適切な時期や規模で発令・施行し、PRIHATINのような大規模経済対策も遅延なくまとめあげて実施している。緊急に必要な政策の立案や執行が滞らなかったのは、ムヒディン政権の迅速な政府ガバナンスの構築やリスクコミュニケーションの体制構築を反映した結果である一方で、イギリス植民地期からの伝統として残る強靭な官僚制度に大いに助けられている面も否めない。
 マレーシアでは少なくとも第二波のコロナ感染拡大の時期には、国民の大半が活動制限を受け入れ、政府や政治リーダーを支持してまとまった行動をとろうとする姿勢をみせた。では、コロナ危機の下で政治エリートたちはどのような反応を示しているのだろうか。次稿では政治エリートの動きを中心にコロナの第二波に直面するなかで混乱するマレーシア政局の行方をみていくことにしたい。

1 京都大学東南アジア地域研究研究所連携講師。
2 ロイター「新型コロナウイルス感染の現状」(https://graphics.reuters.com/CHINA-HEALTH-MAP-LJA/0100B5FZ3S1/index.html)2020年11月26日確認。
3 マレーシア保健省のデータによれば、3月31日時点での累計感染者数はマレーシアが2766人、タイが1651人、フィリピンが1546人、インドネシアが1528人、シンガポールが879人である。Kementerian Kesihatan Malaysia (http://covid-19.moh.gov.my/)2020年11月26日確認。
4 Malaysiakini. 2020. “Online poll reveals majority supports another MCO extension.” 23 April. https://www.malaysiakini.com/news/522227 2020年11月26日確認。
5 Department of Statistics. 2020. “Report of Special Survey on Effects of Covid-19 on Economy and Individual (Round2).” https://www.dosm.gov.my/v1/uploads/files/covid-19/Report_of_Special_Survey_COVID-19_Individual-Round-2.pdf 2020年11月26日確認。
6 Merdeka Center. 2020. “Perceptions towards Economy, Leadership & Current Issues, 15 July – 10 August 2020.” https://merdeka.org/v2/download/perceptions-towards-economy-leadership-current-issues/ 2020年11月26日確認。
7 UNHCR. “Figures at a Glance in Malaysia.” https://www.unhcr.org/figures-at-a-glance-in-malaysia.html. 2020年11月26日確認。
8 ISEAS 2020. The State of Southeast Asia: 2020. https://www.iseas.edu.sg/wp-content/uploads/pdfs/TheStateofSEASurveyReport_2020.pdf. 2020年11月26日確認。


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