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日米・安全保障研究ユニット SPF China Observer

情報戦・認知戦に踊らされるオールドメディア

山上 信吾(笹川平和財団上席フェロー)


2026.06.02
11分

はじめに

 中国共産党が、いわゆる情報戦や認知戦の分野において国際社会に向けた情報発信を積極的に展開し、自らに有利な認識の形成を意図した取り組みを継続的に行ってきたとする指摘は、しばしばなされてきた。
 5月中旬に行われた米中首脳会談を巡る日本の伝統的なマスメディアによる報道ぶりを観察するにつけ、こうした情報戦や認知戦の痕跡が至る所に看取される。

 本稿では、米中首脳会談を具体例として、こうした中国当局による工作と、それとはかけ離れた実態を論じることとしたい。

「中国が勝者」⁈

 それにつけても、不思議でならないのは、今回の米中首脳会談を報じた多くのメディアが「中国が有利な立場で臨んだ会談」「勝ったのは中国」といった見方に沿って報道し、論評していたことだ。これは日本のメディアだけではなく、ファイナンシャル・タイムズなど、反トランプ色の強い欧米メディアでもうかがえた傾向だ。

 アメリカ大統領の中国訪問は、トランプ第一期政権以来ほぼ10年ぶりだった。

 米中が戦略的競争相手として覇を競うに至った時代にあって、一回の首脳会談で雌雄が決せられるわけがないのは、東西冷戦時代の米ソ首脳会談の例を引くまでもなく自明のことだ。実際、9月末に習近平中国国家主席がワシントンを訪問することが早々と発表されたとおり、今回の首脳会談は第一幕であって、今後も米中首脳会談は続くわけである。

 また、米中首脳会談で取り扱う事項は、貿易、先端技術、台湾問題、イラン戦争など多岐にわたるのであって、争点のそれぞれにおいて、アメリカ側が取ったもの、中国側が取ったもの、互いに取りたかったけれども取れなかったものを子細に評価しなければスコアカードは完成しない。総合格闘技などと違い、どちらが勝利したなどと断言するのは時期尚早であり、かつ、無責任のそしりを免れないのだ。

 「中間選挙を控えたトランプ米国大統領は成果を出さざるを得ず、中国に比して弱い立場にあった」などと、したり顔で論じる向きもある。そうした一面もあっただろうが、当然それが全てであるわけではない。
 経済的、内政的に追い込まれた習近平主席の側にも米中首脳会談の成果を中国国内にアピールしなければならない立場にあったのであり、その意味では、米中双方ともに「成功」を演出せざるを得なかった点では似たり寄ったりだったと言える。

米中首脳会談に至った地合い

 外交・安全保障専門家として見なければならないのは、米国内政のカレンダーだけではなく、今回の首脳会談がどのような地政学的環境下で執り行われたのかという点である。

 第一に、ベネズエラでのマドゥーロ大統領の身柄拘束、イランでのハメネイ最高指導者他の殺害といった事象を受けて行われたという、物事のシークエンス(流れ)だ。両事象で示されたのがアメリカの圧倒的な軍事力と情報力であることは、インテリジェンス専門家でなくとも自明だ。

 中国が提供した防空システム等の装備が米軍の前にあっては何の役にも立たなかったことが白日の下に晒されたこともその一例だ。

 また、マドゥーロにせよ、ハメネイにせよ、対象者の動きをリアルタイムで捕捉するためには、シギント(SIGINT:通信情報)とヒューミント(HUMINT:人的情報)の双方が必須だ。ロシアのプーチン大統領がウクライナのゼレンスキー大統領に対して同様な試みを行ったものの、今なおウクライナ戦争終結のめどは立っていない。台湾に対する武力の行使を否定しない中国の習近平主席としては、台湾の頼清徳総統に対して仕掛けたいものの、容易には踏み切れない現状がある。こうした状況を踏まえれば、中露二国の首脳が、米国による軍事オペレーションを表では「国際法違反」と非難しながらも、裏では羨望と畏敬の念を抱いているとしても不思議ではない。

 第二は、米中双方が置かれた経済状況である。
 イラン戦争による米国国内でのインフレや世界経済への負の影響が取りざたされてきたところ、経済的に疲弊に喘いでいるのはむしろ中国と言えよう。長らく目覚ましい経済成長を遂げてきた中国経済も、今や減速・低迷は隠しようもない。不動産市場ではバブルがはじけ、若年層の高失業率は、いかなる主要国よりも深刻だ。

 広大かつ洗練された米国市場へ低関税で中国製品を輸出し、中国市場からの「足抜け」に走っている米国企業を何とか引き留め、引き続き中国に投資させる必要は誰の目にも明らかだ。

米中首脳会談で特記されるべきこと

 こうした「地合い」の変化を念頭に置くと、北京での首脳会談の際に中国側が取った対応の意味合いが読み解けてくるのではないだろうか?

 長年首脳会談を見てきた外交実務家の立場から、印象に残ったことを指摘しておきたい。

 第一に、イラン戦争による延期にもかかわらず、今次首脳会談が再セットされた異例のスピードだ。
 元々は、3月下旬から4月初めにかけて設定されていた。だが、対イラン戦争の指揮を理由として、米側が延期を申し出た。筆者の外交実務経験から言えば、一度延期された首脳の訪問を組み直すのは大変だ。当然、受け入れ国側の都合もある。ところが、今回は当初の日程から僅か一か月強後に実現した。背景には、訪問を実現したいとの双方の強い意向があったと見て間違いない。

 興味深いのは中国の対応だ。アメリカのイラン攻撃を国際法違反となじりつつも、どこ吹く風とばかりに「訪中歓迎」と打って出た。一体、どちらが強い立場にあったのだろうか。

 第二に私の注目を引いたのは、トランプ大統領に対する時代錯誤の歓迎ぶりだ[1]。
 到着時の北京での空港では、300人もの中国の若者が空港でエアフォースワンを迎えたが、揃いのユニフォームで、五星紅旗と星条旗の小旗を両手に掲げ、機械的、規則的に動かして歓迎の意を表すという、洗練度の低い歓迎行事。あたかも、「文化大革命」の時から時計が止まったかのようだった。

 もっと驚いたのは人民大会堂前での閲兵式である。人民解放軍の儀じょう隊や軍楽隊だけでなく、ブーケを手にした大勢の学童が駆り出され、不自然な笑みを浮かべながらぴょんぴょん飛び跳ねては両国の首脳に媚びた。まるで北朝鮮だった[2]。

 これらをみれば、トランプ訪中を実現したくて仕方なかったのは中国の方だとの認識が出てきても不思議ではない。

 第三に、習近平主席の言動だ。
 トランプ大統領を前にして、対等な指導者を演じるべく腐心しているのは、傍目にも明らかだった。その一方で、繰り返した言葉は、「米中関係の安定」と「米中はライバルではなくパートナー」との節回しであった。

 今はアメリカとの関係をこれ以上悪化させたくない、あるいは当面は何とかしのぎたいとの意向が見え隠れする言動だったのではないか。

 むしろ、横綱相撲をとっていたのは、トランプ大統領の方だったと言えよう。
 「偉大な指導者」「米中は超大国」「中国は美しい」などという過剰なリップ・サービスはディールを追求する際のトランプの常套手段だ。石破総理も「自分も彼ほどハンサムであったらよいのに」とトランプは評したことがある。そうした言葉に惑わされてはならない。
 その一方で、中国側が提供した食事には手を付けず、訪中を終えて中国を発つ際、セキュリティ・バッジやお土産などを空港でこれみよがしに廃棄した。こうした振る舞いこそが、表面的な笑みと美辞麗句の下に隠された米側の警戒感と覚悟を象徴していたと見るべきだ。
 米ソ冷戦時代にさえあり得なかった外交上のプロトコールを一顧だにしない行為に対し、日ごろは過敏に反応する中国外務省報道官は、さしたる抗議さえしなかった。このこと自体、今回の首脳会談の実相を反映したと言えるのではないだろうか。

台湾問題

 中国側が最重要問題として拘ったのは台湾問題だ。
 「取り扱いを誤れば米中関係は危殆に陥る」などと「恫喝」したものの、今まで表に出てきたところを見る限り、米国の対台湾武器輸出にせよ、「台湾独立を支持しない」とのアメリカの従来からの立場にせよ、中国がアメリカから具体的な成果を引き出した兆しは見えない。

 むしろ、二国間の首脳会談では極めて異例なことに、高市早苗総理大臣批判を習近平がトランプに対して展開したと報じられたことに、中国側の苦境がうかがえる[3]。

 今次米中首脳会談の焦点は4つのT(Trade, Technology, Taiwan, Teheran)と指摘されてきた[4]が、5つ目のTとしてTakaichiがあった。むしろ、隠れたアクターは高市総理であったとも言えよう。まさに、日本も当事者であったのだ。

 第二幕の展開から目が離せない。

[1] 「【あす米中首脳会談】トランプ大統領が北京到着 約9年ぶり2度目」日テレ、2026年5月13日。 [https://www.youtube.com/watch?v=FqKG4vguKbw]

[2] 「【速報】米中首脳会談を前に歓迎式典 トランプ大統領 人民大会堂に」日テレ、2026年5月14日。[https://www.youtube.com/watch?v=w64zRvYUVug]

[3] 「中国外務省、習氏の「高市首相名指し批判」報道を否定」毎日新聞、2026年5月25日。[https://mainichi.jp/articles/20260525/k00/00m/030/310000c]

[4] “Four 'Ts' redefine US-China ties as Trump and Xi navigate strategic rivalry,” Times International, 14 May 2026. [https://tob.news/four-ts-redefine-us-china-ties-as-trump-and-xi-navigate-strategic-rivalry/]


論考(中国・台湾) 日米・安全保障研究ユニット
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