2025年以降の世界の紛争、国際危機グループ 理事長コンフォート・エロ氏
世界が直面しているグローバルな危機とは何か、そして日本にどのような影響を及ぼすのか。国際危機グループ理事長のコンフォート・エロ氏と笹川平和財団の西田一平太上席研究員がこのテーマについて掘り下げ、ヨーロッパと中東で進行中の紛争、米中対立の激化、そしてトランプ2.0、グローバル・サウスへの影響などについて語り合いました。
インタビュー要約:
―チュニジア国民対話カルテットについて説明してください。
チュニジアでは2010年末からの民主化運動で24年間続いたベン・アリ独裁政権が崩壊し、革命直後の選挙でイスラム主義政党であるナフダ党(Ennahda)が第一党となり、アラブの春の先駆けとなりました。ナフダ党は制憲議会の主導権を握り、イスラム色の強い憲法草案を出してきたため、比較的自由な伝統を守ってきた世俗派勢力と対立しました。そして世俗派の指導者2名が暗殺されるという事件を経て、両者の対立は激化し政治的な危機に発展しました。この時にチュニジア労働総同盟のアッバースィーさんが、クーデター後軍政に戻ってしまったエジプトのようになったら大変だと思い、イスラム主義勢力と世俗派勢力との対立を回避し合意を形成しようとしたのです。彼は、有力な他の3つの市民団体、商工業・手工業経営者連合、人権擁護連盟、全国弁護士協会に声をかけて、「国民対話カルテット」を組織し、与野党の政治家を集めて国民対話を行いました。彼らのイニシアティブにより、憲法制定についてのロードマップを作り、改憲、総選挙と続く民主主義移行のプロセスを示しました。国民対話の成功は、チュニジアを二分した一触即発の危機を救い、選挙が公正に行われました。その後制定されたチュニジアの憲法はアラブの国々の中で最も民主的なものとなっています。
チュニジア労働総同盟事務総長のアッバースィーさんは、まさに信念の人です。政治家たちが無視できない全国組織の支持基盤をもっています。アッバースィーさんのリーダーシップに導かれ、チュニジア国民カルテットはチュニジアを二分する国家的な危機を「対話」によって乗り越えました。
対話に応じるということは妥協することでもあります。合意形成のプロセスの中では、理性的に判断して、妥協をしていかなければなりません。国民対話に呼応したチュニジアの人々には、国のために自分の意見を抑えようという協調性の土壌があったのだと思います。対立の仲介役としても奔走したチュニジア国民カルテットの地道な活動に、2015年ノーベル平和賞が与えられたことは、アラブ社会のみならず、国際社会に与えた確かな希望であったと思います。
―実際にチュニジアに行った感想を教えてください。
チュニジアは、日本が、中東社会の中で一緒に協働して平和のために活動できる国ではないかと思いました。チュニジアは小さな国ですが、日本と同じ民主主義国家であり、憲法によって女性の権利もしっかり守られています。中東情勢が荒れている中で、チュニジアでは民主主義の理念と体制がしっかりしており、経済が上向けばアラブ社会をリードしていける国だと思います。
また、チュニジアは教育水準も高く、多くの歴史遺産や食べ物などの文化的な部分に、日本人が惹かれる要素がたくさんあると思います。
―笹川平和財団がチュニジア国民対話カルテットを招へいすることになった理由と意義についてお願いします。
笹川平和財団の国際事業部の平和構築事業は2010年から本格的に始めていますが、タイ南部の紛争解決のために日本は何ができるか、ということをずっと考えながらやってきた活動です。我々がいつも重視しているのは暴力ではない方法で問題解決を目指す人たちをできるだけたくさん作ることで、草の根の若者たちの支援、ジャーナリストの支援などを行っています。暴力ではない方法で、今の問題を解決するのは「対話」だと思います。対話により、相手のことも理解し、こちらのこともしっかり伝え、妥協も重要な要素です。そのプロセスへの理解が小さなコミュニティのレベルにもないと、なかなか平和は築けません。今回の講演会のテーマも「対話の力」としたのですが、国民対話カルテットの代表者たちに、「対話」で成功した秘訣を披露してもらいたいと思います。同時に、チュニジアの民主化では市民社会が非常に頑張ったことも強調したいと考えています。国民対話カルテットの4団体はいずれも市民社会団体です。政治家ではない、市民社会の団体が中心となって政治的な合意形成に取り組んだことは、市民社会の役割を考える上でも大きな意義があると思います。そういう意味で、チュニジアの国民対話カルテットは以前から注目しており、ぜひ、日本にいらしていただきたいと思いました。そして、今年3月にチュニジアへ出張し、国民対話カルテットの代表者の方々に会い、日本に来ていただけないかお願いに行ったのです。
また、今回の招へいでは、多くの日本の人々にチュニジア国民対話カルテットのことを知っていただき、日本の役割について考えていただく機会にもしたいと思っています。日本という国が平和構築分野でなにができるか、それは、日本が仲介役となって「対話」を促すことではないでしょうか。国民対話カルテットの皆さんのお話は、日本の役割を考える上でもいろいろな示唆を与えてくださると思います。
―多発するテロの影響もあり、イスラム教への誤解が強まっているのではないでしょうか。
チュニジアの国民対話カルテットの方々もイスラム教徒です。日本では、ISなど過激派の脅威のために、アラブの国々と言えば戦闘や暴力のイメージが強調されています。しかし、イスラム教徒は世界で約15億人いるといわれている中で、テロ行為をしている人は本当にわずかな一部です。チュニジア国民対話カルテットの方々の対話による平和的なプロセスは、ISなど過激派のやり方とは相反するものです。イスラム教徒のポジティブなイメージを発信し、日本人の理解を深めたいと思っています。