SPF NOW
No.0072

対談 編著者が読み解く『海とヒトの関係学④ 疫病と海』
――ポストコロナを見据えた海の問題をどう考えるか

(代)(左から)秋道智彌(総合地球環境学研究所名誉教授)、角南篤(笹川平和財団理事長)

 笹川平和財団海洋政策研究所は、海の諸問題の本質と課題を浮き彫りにするため、オピニオン誌『Ocean Newsletter』を発行しています。2019年より、本誌に掲載された論考を重要なテーマごとに再編集した「海とヒトの関係学」シリーズの刊行を開始しました。今回のSPFNOWでは、今年3月に刊行された第4巻『疫病と海』の趣旨や読みどころ、ポストコロナを見据えた海洋問題について、編著者の総合地球環境学研究所 秋道智彌名誉教授と角南篤理事長の対談の模様をお伝えします。
 

「海とヒトの関係学」シリーズに込めた想い

(代)「海とヒトの関係学」シリーズ 第4巻「疫病と海」

「海とヒトの関係学」シリーズ 第4巻「疫病と海」

 角南理事長 『Ocean Newsletter』は、「海」をキーワードに活動するさまざまな専門家による20年をこえる知恵の蓄積で、世界でも類をみない取り組みです。また、「海とヒトの関係学」シリーズは4巻を重ね、大きな一歩を踏み出しています。秋道先生には『Ocean Newsletter』の編集代表を2004年から2017年まで務めていただき、「海とヒトの関係学」シリーズでは私と一緒に編著に携わっていただいています。本誌・本書に関わってくださった方々、特に編集委員の方々には心からの謝意を表したいと思います。海の問題はそう簡単に終わらないし、トピックは常に進化しています。本シリーズが果たすべき役割はさらに大きくなるでしょう。今後、最近の漫画のヒット作のように30巻、40巻と積み上げていければと思います。

 秋道名誉教授 それはちょっと私の手に負えませんが(笑)。『Ocean Newsletter』は創刊当初から、毎号3本の原稿を掲載し、月2回発行してきました。海と人とが関わる分野のすそ野は広く、安全保障や国境紛争などの政治面から、船舶、運輸、エネルギー問題、水産業、災害、教育や文化、歴史にいたるまで多様な話題があります。本誌では、その時々のホットな問題を発信し、読者とともに海を考える姿勢を貫いてきました。さまざまな分野の専門家に、一般読者が理解しやすいように執筆いただくなかで、さらに読み進めたいと思うような原稿がたくさんありました。そこで、本シリーズの企画が生まれたのです。

 角南理事長 当時で約1,300本の『Ocean Newsletter』掲載論考を、秋道先生の知見に基づいて重要テーマごとにシリーズ化していただくことによって、より幅広い読者にお届けしたいと考えました。

 秋道名誉教授 実は昨年、第4巻は別の「気候変動と海洋」をテーマとして企画が進んでいました。ところが、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)がパンデミックの状況になって、この問題に取り組むしかないと急遽、「疫病と海」に差し替えたのです。
 人類の疫病に関しては膨大な研究の蓄積があります。ジャレド・ダイアモンドの『銃・病原菌・鉄』など歴史を踏まえた研究から、国家や地域に着目した研究、またペスト、梅毒、コレラ、壊血病など特定の疫病を扱う研究、さらに交易と疫病の交錯に関する横断的研究もあります。しかし、疫病と海について包括的に論じた研究は見当たりません。それゆえ、執筆者の選定には苦労しました。これまでの『Ocean Newsletter』への掲載論稿に加えた方々にも原稿をご執筆いただきました。本書編集においては、これまでの人と人とのつながりが特に重要でした。

 角南理事長 時機をとらえて、テーマをあえてチャレンジングな「疫病と海」に変更する英断をしていただいて、読み応えある本を実現いただきました。
 

海が疫病と人を運び、人が海に疫病を運ぶ

(代)秋道智彌 総合地球環境学研究所名誉教授

秋道智彌 総合地球環境学研究所名誉教授

 秋道名誉教授 人類史を通観すると、海と疫病のかかわりは、海、船と航海、海洋の汚染物質の3つの要素に集約できます。これらを統合し、コロナ禍のもとで「疫病と海」について考える書にしたいと考えました。
 古来より、海をわたる船が疫病を輸送し、寄港地で陸域に拡散させる歴史を刻んできました。検疫の制度は14世紀に生まれています。しかし、15世紀半ばから17世紀半ばまでの大航海時代、船が世界の海を動くとき、寄港地で検疫が行われることはほとんどありませんでした。18世紀、入植するためにやってきたイギリスやフランスの船がオーストラリア大陸に天然痘をもちこみました。
 一方、人が海に疫病をもたらす汚染物質を放出している事実にも目を向けています。海洋汚染に由来する疫病の端的な例が水俣病です。工場から不法投棄されたメチル水銀化合物で汚染された魚介類を摂取した漁民に中枢神経系の疾患をもたらしました。また、いま問題となっている、海中の微細な繊維状のプラスチック(マイクロプラスチック)。これはPCBやダイオキシン類と結合し、分解されることなく世界中の海洋を移動し、深海にも沈殿します。環境撹乱物質は生物濃縮され、知らぬ間に人体に取り込まれ、われわれを汚染に晒します。多面的に疫病をとらえようというのが私たちの編集方針です。

 角南理事長 本書によって、グローバリゼーションについて考えさせられました。2020年1月11日に中国の湖北省武漢市で新型コロナウイルスによる最初の死亡者が出て、あっというまに世界中に感染が拡大しました。人や経済が地球規模でつながっていることをあらためて実感しました。そしていままさに、大阪府、東京都などでもう一度緊急事態宣言が出されるかという段階にありますが、それは人流をとめる対策をうつということです。本書を読むと、歴史をひもといても、人と人とのつながりとうらはらに感染症拡大の問題があることがわかります。
 現代社会に生きる人たちには、海と疫病の関係といってもイメージがわかないかもしれないけれど、昔は海を介して人と人がつながっていて、疫病は海からやってくる、という感覚をもっていました。いま、渋沢栄一を主人公とするNHK大河ドラマ「青天を衝け」が放映されていますが、開国して「異人」を受け入れるということは、社会や生活が変化するだけでなく、疫病もまた外からもたらされる脅威や不安もあったであろうことにも思いがいたります。
 

疫病に対する人類の知恵

 秋道名誉教授 人類がいかに疫病を封じ込めてきたか、疫病にどのように人々が対応してきたかについても歴史的・民族誌的な事例をもとに検証しています。
 東南アジアの漂海民であるモーケン、オラン・ラウト、バジャウなどの海住まいの人々は、当時インドネシアを植民地支配していたオランダ東インド会社(VOC)の施策で陸地に強制移住させられていました。しかし、19世紀、居住する島で疫病が流行すると、陸を離れて海へと逃げました。陸地が疫病の巣窟であり、罹患する危険性が大きいことを経験から学んでいたのです。江戸時代の九州の漁民も、疫病が流行すると、人の住まない無人島や離れ小島へと逃避しました。一方、樺太アイヌは疫病の拡散に対して、「山に逃げる」戦略を講じたといいます。こうした人々から、都市や居住地に固執する現代人が考えるべき行動の可変性や柔軟性を体現した点に学ぶことができるでしょう。
 また、大航海時代、多くの船員が壊血病で命を落としました。20世紀に入ってビタミンCが壊血病に効くことがわかるまで、西洋の帆船乗組員は多大な犠牲を蒙ることになります。しかし、7〜12世紀、大西洋で活躍したヴァイキングは壊血病に罹患していません。ヴァイキングはライ麦に松の樹皮(バーク)を砕いて粉状にしたものを混ぜて焼いたパンを食していました。11〜17世紀、大西洋で捕鯨をしていたバスク人も壊血病に罹患することはありませんでした。かれらはりんご酒(バスク語でサガルドア)を1日、2〜3リットル飲んでいました。松の樹皮やりんごはビタミンCを含んでいます。大航海時代の船乗りたちが壊血病で苦労する一方、ヴァイキングやバスクの捕鯨船員は海の知恵をもっていました。こういったことは学校の教科書には載っていません。
 
(代)角南篤 笹川平和財団理事長

角南篤 笹川平和財団理事長

 角南理事長 私が高校の社会科の教師なら試験問題にしたいと思うような話がたくさん本書では紹介されています(笑)。ほかにも検疫(quarantine)の語源や最近話題の「あまびえ」に関わる話も書かれています。また、2020年2月の大型クルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号での感染拡大のいきさつや防疫上の問題、さらに検疫や水際対策の歴史についても論じられています。疫病と海にまつわる「そういうことだったのか」と納得するストーリー満載です。

 秋道名誉教授 本書をきっかけに、新型コロナとどう生きていくかを考えると同時に、疫病の問題に海が大きくかかわっていたという認識を新たにして、将来海洋に関する仕事に就きたいと思う若者が出てくることになれば、うれしいしやりがいがあったなと思います。

 角南理事長 同感です。私はもともと政治学専攻なので、コラム「海の近代中国と感染症」を興味深く読みました。新型コロナにかぎらず、中国は歴史的にグローバルな感染症の震源地のひとつでした。感染症対策として重要なのは、人と人との接触を減らすこと、すなわち人々の行動をコントロールすることです。これが苦手だったのが、清朝をはじめとする中国の王朝政府だった。清朝の中央政府は「小さな政府」であったことによって、海上貿易が発達するなかでいろいろな社会課題が解決できなかった、と論じます。コロナ禍のもとでの共産党・中国政府のロックダウン(都市封鎖)など徹底した管理と対照的です。当時の中国の経験がどのくらい新型コロナ対応にいかされたのかは興味深い点です。
 ひるがえって、いまだに自粛を要請している日本政府。政治学においてはしばしば「国家」と「社会」を二項対立的に議論します。「強い国家」か「強い社会」かといえば、日本は「強い国家」のイメージだったのが、コロナ禍でとられる対応策は社会の自粛に頼っている。実はあまり国家は強くないのではないか。中国の小さな政府から大きな政府・強い国家へという近代の歴史の転換と感染症の歴史から考えさせられました。
 

ポストコロナに向けて

 秋道名誉教授 傾聴に値するご指摘です。本書は将来に向けた提案も示しています。例えば、感染症に対応できる病院船の実現です。2020年3月30日、感染者が急増したニューヨーク市に、D・トランプ米大統領(当時)は米海軍に、所属の病院船「コンフォート」の派遣を命令しました。コンフォートは1000床を有していましたが、戦傷治療が主の病院船だったため、感染症患者の受け入れができませんでした。換気が不完全だったためだということです。
 現在、日本には大きな病院船がありません。歴史を振り返ると、病院船としてよく知られるのは、横浜市山下公園前に係留保存されている「氷川丸」です。1930 年にシアトル航路用に建造した貨客船で、第二次世界大戦中は海軍に徴用され、病院船として改装されました。東南アジア、ミクロネシア方面からの膨大な数の戦傷病兵を日本に輸送しました。病院船といえども兵隊が乗っている場合があるので、米爆撃機から攻撃を受けましたが、頑丈な鉄板のために沈没することはありませんでした。
 病院船が感染症だけでなく、津波や地震など大規模災害時に病院船が有効であることは3・11東日本大震災の際にも実証されています。本書が病院船建造を考えていただけるきっかけになればと考えています。
 

満を持しての第5巻「気候変動と海」

 秋道名誉教授 さて、次の第5巻は「気候変動と海」を予定しています。先ほど話題に出た当初は第4巻として企画していたテーマです。いま、日本を含め多くの国が2050年までに温室効果ガスの排出を実質ゼロにする、いわゆる脱炭素社会の実現を目標に掲げています。地球全体のことなので、これを欧州、日本、米国および中国だけで考えてもだめです。次巻では、気候変動の問題を人間、地球の問題として考えます。しかも旧石器時代から現代、そして未来まで網羅する壮大な構想を描いています。乞うご期待です。

 角南理事長 わくわくしますね。4月16日、菅義偉首相がワシントンでジョー・バイデン米大統領と会談しました。気候変動問題についても議論され、さまざまな約束が結ばれたでしょうが、一方、同じ時期にジョン・ケリー米大統領特使(気候変動問題担当)が訪中し、中国政府との協力についても議論しています。気候変動はいま目前に迫る危機ということで、それをめぐってさまざまな国がリーダーシップを握ろうと競い合っています。しかしこの問題を「パワーポリティクス」のなかでとらえると、出口がみえないような気がします。
 次巻では、気候変動の問題を人類の長い歴史から考え、地球全体の課題としてとらえるということですが、海にわれわれの生命の起源があり、地球の起源が宇宙にあるとすれば、宇宙とも関連します。気候変動の課題解決には大きなスコープでとらえることが必要かもしれません。本書が広く読まれ、多くの読者にこうした視点で気候変動の問題を考えるきっかけにしていただければと強く願っています。(2021年4月20日収録)
 
【参考情報】
書籍『疫病と海』の詳細については、こちらのページからご覧いただけます。
 

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