中国経済セミナー登壇者インタビュー Vol.4 津上俊哉氏(日本国際問題研究所客員研究員、現代中国研究家)
笹川日中友好基金は、中国の米中新視角基金会(周志興主席)の協力を得て中国経済セミナーシリーズ(全3回、2021年12月~2022年2月)を開催しました。本セミナーのコメンテーターとしてご登壇頂いた日本国際問題研究所客員研究員、現代中国研究家の津上俊哉氏に中国の経済政策やその教訓等についてお話を伺いました。(2022年7月5日収録)
――DCDCの使命について、また、来日された目的をお聞かせください
マーチソン氏: 本日はお招きいただき、ありがとうございます。当研究所の取り組みを発表する場を設けていただいたことに感謝いたします。私は、英国国防省のシンクタンクであるDevelopment, Concepts and Doctrine Centreのメンバーです。DCDCは、政策立案の概念部分を担当しており、事業の対象期間は30年から3分のものまであります。2003年の米軍を主体とした有志連合によるイラク侵攻についての調査以降、政策立案者は意思決定ありきで証拠を固めるのではなく、証拠を基に意思決定を行うことを、ことさらに重視しています。DCDCはあらゆるレベルでの意思決定の改善をサポートする組織です。
DCDCには、3本の柱があります。指揮幕僚の統合運用レベルの意思決定を対象とする「政策方針室」、(政策資源の)配分が適切な意思決定を支援する「コンセプト策定室」、そして、私が室長を務めている「未来・戦略分析室」です。未来・戦略分析室は、政策立案と英国国防省内の戦略開発を支援しています。わずか60人ほどのごく小さな組織で、半数が軍関係者、半数が民間人です。したがって、必要な事業範囲をカバーするには、グローバルパートナーや学術機関、その他のシンクタンクとネットワークを構築する必要があります。そこで、Global Strategic Trendsレポートを紹介し、インド太平洋地域におけるさまざまな視点をより深く理解するために、同地域の各国を歴訪しています。2~3週間をかけて日本、シンガポール、オーストラリア、ニュージーランドをまわり、この地域の多彩な知見や見識と、英国からの視点ではない現地の視点について理解を深める予定です。
――日本が最初の訪問先であることを光栄に思います。Global Strategic Trendsに言及されましたが、GSTシリーズはどのように利用されているのでしょうか。また、英国政府の意思決定構造におけるこのレポートの位置づけをお聞かせください
DCDC未来・戦略分析室長、 ユーウィン・マーチソン氏
マーチソン氏: 11月に、このレポートシリーズの第6版となるGlobal Strategic Trends 6を公開しました。母体となるプログラムは2001年から実施されていて、長期的な政策や対応能力、戦略策定の担当者に、戦略的な文脈を提供しています。
GSTは戦略開発プロセスの起点であり、英国の適応力を高め、先行きが不透明な状況や予期せぬ事態に、より巧みに対応できるよう、未来予測活動を行っています。Global Strategic Trendsは、じょうごの上部であると考えることができます。われわれの事業は広範囲にまたがり、ホライズンスキャニング手法を用いた、協調的なプロセスと公開情報をベースとした取り組みであるため、戦略開発の起点となります。そこから、分類された情報を利用したり、ネットアセスメント(総合戦略評価)など、その他の分析手法を取り入れたりして、関心のある問題を掘り下げ、より具体的で詳しい分析を行うことができます。
これまで、以前のレポートはあまりに短絡的であるというフィードバックを受けていました。トレンド分析に目を向け、経年変化が認められるパターンを探すことで、不連続性ではなく連続性を洗い出す分析になっていたのです。今回は、新しい未来世界分析や不確実性評価など、新しいセクションを2、3追加しました。これにより、われわれが実現しようとしている、より深みのある対話が誘発されると思います。
第6版には「The future starts today(未来は今始まる)」という副題が付いています。これはどのような意味でしょうか
マーチソン: The future starts todayという文は、未来の方向づけをするために、今アクションを起こし、意思決定をするよう促すことを意図しています。レポートは今後30年間を展望するものですが、2045年や2050年といった時間枠を意識すると、あまりに先のことなので、この情報を使ってほしい人々の多くは、むしろこの情報を無視します。この分析は、政策および意思決定の世界にいる人々の行動喚起を図る施策です。つまり、今、新たな動きを生み出すのです。
たとえば、気候変動は大きな問題であることは周知の通りですが、10年、15年と手をこまねいていれば、問題はますます複雑で難しくなるため、気候変動対策のコストとしては40%または50%も増大する可能性があるものがあります。しかし、今の時点で行動を起こす意思決定を行い、その時々に現れる新たな問題に適応していけば、未来の成功への布石を敷くことができます。
笹川平和財団の西田一平太主任研究員(写真右)
――GST 6の主な研究結果と、これまでの版との違いをお聞かせください
マーチソン: トレンドの多くは非常になじみ深く感じますが、変化の速度と不確実性のレベルはこれまでにないものです。これは、国家の統治能力に影響し、国家としても国際的にも調和を保つことが難しくなる可能性があります。GST 6の根幹をなす概念は、現在の変化のペースと不確実性のレベルでは、健全な統治と調和を維持できない可能性があるということです。テクノロジーによって、極めて速いペースで変化が起きているため、今すぐに対策を講じる必要があります。
この分析結果を招いた主な要因を、6つに分類しました。1つめは、環境ストレスの高まりです。これには、気候変動や資源不足、関連するその他の問題といった要素が含まれます。2つめは、特に高齢化社会、偏った人口増加、移民の増加、都市化などに伴う、人口統計学上の課題です。3つめは、技術変化の高速化と、いわゆる「第4次産業革命」を利用する方法やその影響を緩和する方法です。4つめは、人間のエンパワーメントの拡大です。この要因は、コミュニティ内の個人個人が関わりあっていること、また、自分の将来に対して今までよりも格段に大きな責任を負っている状況を示唆しています。ドナルド・トランプ米大統領、英国のEU離脱、ポピュリズムは、このテーマが具現化したものだと言って構わないでしょう。5つめは、情報の枢軸化です。これは、人間のあらゆる行動が情報を中心としてなされるようになったという、情報の普遍性を意味しています。ソーシャルメディアやエコーチェンバー現象などによって、人間が関わりあう方法が変化しつつあります。最も重要な最後の要因は、権力の移行と拡散です。国家間の権力の移行は、世界経済の重心が西洋から東洋に移ったことが大きな原因です。国家間での権力の拡散は、アクターの数が増えたことと、国民の期待と、政府が実際に問題に対応できる能力との不一致の結果です。
―― 2050年のインド太平洋の安全保障はどのようになっているでしょうか
マーチソン: 特定の地域では、人口動態が重要な要素になることは間違いないと思います。東アジアでは、人口は減少し、社会は高齢化するため、それに関する福祉の問題が発生するでしょう。南アジアと東南アジアでは、おそらく人口増加とユースバルジ(若年層の人口拡大)が起き、国家は若者の雇用機会を確保する必要に迫られるでしょう。このような対極にある人口動態的な課題が、インド太平洋地域で発生すると思われます。
二次的な問題としては、国家が労働ベースの経済からテクノロジーベースの経済に移行するにつれて、不平等が発生する可能性があることです。しかし、この問題は、スピードは違っても、この地域全体で起こっていることです。また、都市と地方の格差の拡大も、人々の先行きの見通しに関して、ある程度の不平等をもたらすでしょう。ソーシャルメディアのおかげで、他者が得ているものを見ることができますから。
次は、気候変動です。インド太平洋地域には、多数の島が存在しています。現時点での海面水位上昇の統計を信じるのであれば、特定の国では6%~10%の地域で洪水が発生する可能性があります。これは、甚大な影響をもたらす可能性があります。公平を期すと、この地域は過去の経験から、レジリエンスははるかに高いと思います。日本は全土が、頻繁に台風に見舞われていますから、このような災害に対して高い耐性があります。
4つめは、インド太平洋地域における複雑な安全保障上の課題になるでしょう。これは、最も重要なテーマである可能性があります。特に、南シナ海や日本周辺の一部の島嶼をめぐる領土問題は、注意が必要です。イスラム系のテロや過激主義などその他の問題や、北朝鮮による核拡散のリスクは、懸念材料であることに変わりはありませんが、最大のファクターは引き続き米中関係になると考えています。米国は「アメリカ第一」主義による保護主義的な政策の下、以前よりも多少、国内問題への比重を高め、インド太平洋地域への関与を弱めているとみる向きがあります。これは、地域安全保障を揺るがす可能性があるため、懸念が生じています。この米国と対峙しているのが、中国です。中国には解決が必要ないくつかの問題があります。中国は「一帯一路」戦略を打ち出していますが、最近は中露関係に関しての若干の兆候が見られているようです。これは、この先関係国に離反されないよう、若干ペースを落とす必要があることに中国が気付いたためであるかもしれません。インド太平洋地域の安全保障の枠組みは非常に複雑であり、これにはもちろん、日本も関与しています。