動画
シンポジウム 講演会録
第147回海洋フォーラム
地政学から見た海洋安全保障
―北朝鮮問題を事例として―
2017.12.12
12分
地政学とは
はじめに地政学についてお話ししたいと思います。米国メディアで戦後初めて地政学という言葉を使った人物はキッシンジャー氏で、1970年代後半に彼の著作『キッシンジャー秘録』の中で何度か使われました。当時はユダヤ系の人間がドイツのナチスで使われた地政学という言葉を使ってもいいんだという、ある種の衝撃でもって受け止められました。その後にカーター大統領の補佐官だったブレジンスキー氏が『ブレジンスキーの世界はこう動く-21世紀の地政戦略ゲーム』という著書で、ソ連のアフガニスタン侵攻を受けて、ユーラシア大陸には地理的な碁盤(チェスボード)があると主張しました。
1980年代になると、日本でも第二次地政学ブームが起き、倉前盛通氏の『悪の論理』が10万部のベストセラーになりました。やはり、アフガニスタン侵攻を受け、「地理は戦略的に重要だ」という認識が改めてなされたわけです。ところが、冷戦が終わり、平和の台頭が語られると、地政学という言葉は一時期使われなくなってしまいます。ですが、2002年に意外なところから地政学という言葉が使われ始めます。当時、FRB議長だったグリーンスパン氏が「地政学リスト」という言葉を公聴会で使ったのです。彼が公聴会で中東情勢がオイルマーケットにどういう影響を与えるのかと説明する際にこの言葉を使ったのです。実は現在、地政学という言葉の九割が金融系用語の「地政学リスク」という意味として使われています。
ですが、英語でいう地政学、つまり「ジオグラフィー」というのはギリシャ語から由来しており、これは地球を意味する「ジオ」と、描くという「グラフィー」の組み合わせです。つまり、「地球を描く」という意味なのです。それでは、誰が地球を描くのか。これはかなり主観的な問題で、誰が地図を描いているのか、というのが非常に重要になってくるわけです。
我々が日頃から目にする世界地図は、日本人のために描かれています。あくまで主体が日本です。日本が中心で、右にアメリカ大陸があり、左にヨーロッパや中東等があります。一方、英米圏で使われている地図は、イギリス、つまりグリニッジ天文台が中心になります。この地図では、日本ははるか東にあるわけです。これが彼らの世界観です。ですから、戦略というのは、主観的な世界観を基に練られているということを理解して下さい。
1980年代になると、日本でも第二次地政学ブームが起き、倉前盛通氏の『悪の論理』が10万部のベストセラーになりました。やはり、アフガニスタン侵攻を受け、「地理は戦略的に重要だ」という認識が改めてなされたわけです。ところが、冷戦が終わり、平和の台頭が語られると、地政学という言葉は一時期使われなくなってしまいます。ですが、2002年に意外なところから地政学という言葉が使われ始めます。当時、FRB議長だったグリーンスパン氏が「地政学リスト」という言葉を公聴会で使ったのです。彼が公聴会で中東情勢がオイルマーケットにどういう影響を与えるのかと説明する際にこの言葉を使ったのです。実は現在、地政学という言葉の九割が金融系用語の「地政学リスク」という意味として使われています。
ですが、英語でいう地政学、つまり「ジオグラフィー」というのはギリシャ語から由来しており、これは地球を意味する「ジオ」と、描くという「グラフィー」の組み合わせです。つまり、「地球を描く」という意味なのです。それでは、誰が地球を描くのか。これはかなり主観的な問題で、誰が地図を描いているのか、というのが非常に重要になってくるわけです。
我々が日頃から目にする世界地図は、日本人のために描かれています。あくまで主体が日本です。日本が中心で、右にアメリカ大陸があり、左にヨーロッパや中東等があります。一方、英米圏で使われている地図は、イギリス、つまりグリニッジ天文台が中心になります。この地図では、日本ははるか東にあるわけです。これが彼らの世界観です。ですから、戦略というのは、主観的な世界観を基に練られているということを理解して下さい。
地政学概念の確立
地政学概念を確立させた人物は、アルフレッド・セイヤー・マハン、ハルフォード・マッキンダー、ニコラス・スパイクマンの3人です。マハン氏は、1900年にロシアが南下し、インドを抑えたイギリスが下から押し上げて、パワー争いがユーラシアの碁盤の世界でぶつかっているという世界観を打ち出します。彼は「海を制するものは世界を制する」と唱えていたので、日本、イギリス、アメリカがシー・パワーとしてロシアを押し上げているという議論を展開します。
ですが、本当の意味で地政学というビジョンを提示したのはマッキンダー氏でした。彼は1860年にイギリスで生まれましたが、その頃からイギリスの国力は落ち始め、ドイツ帝国が誕生した時は衝撃を受けたそうです。1904年に彼は地理学会でイギリス中心の世界観ではいけないと主張します。そこで、ユーラシア大陸の北の地域、後に「ハートランド」と呼ばれるピボット・エリア(回転軸の地域)となりますが、ここを中心にしてその周りを「インナー・クレセント」(内側の三日月地帯)、その外側を「アウター・クレセント」(外側の三日月地帯)とします。このように大きく三つの地域に分けて、そこから戦略を考えていこうと主張しました。
また、彼は世界史の流れを三段階に分けました。まず、1000年ぐらいにモンゴルからランド・パワーの時代がやってきました。その500年後には大航海時代が到来し、ヨーロッパ勢力が外に出ていきます。そして、1900年頃になると、鉄道がカギを握り、ランド・パワーが再び台頭し始めたとしました。つまり、彼は、人類の歴史をランド・パワーとシー・パワーの戦いだと捉えました。そして、戦争をする前の準備段階で、どこをどう抑えていくのかという覇権のための理論になっていきました。
ですが、本当の意味で地政学というビジョンを提示したのはマッキンダー氏でした。彼は1860年にイギリスで生まれましたが、その頃からイギリスの国力は落ち始め、ドイツ帝国が誕生した時は衝撃を受けたそうです。1904年に彼は地理学会でイギリス中心の世界観ではいけないと主張します。そこで、ユーラシア大陸の北の地域、後に「ハートランド」と呼ばれるピボット・エリア(回転軸の地域)となりますが、ここを中心にしてその周りを「インナー・クレセント」(内側の三日月地帯)、その外側を「アウター・クレセント」(外側の三日月地帯)とします。このように大きく三つの地域に分けて、そこから戦略を考えていこうと主張しました。
また、彼は世界史の流れを三段階に分けました。まず、1000年ぐらいにモンゴルからランド・パワーの時代がやってきました。その500年後には大航海時代が到来し、ヨーロッパ勢力が外に出ていきます。そして、1900年頃になると、鉄道がカギを握り、ランド・パワーが再び台頭し始めたとしました。つまり、彼は、人類の歴史をランド・パワーとシー・パワーの戦いだと捉えました。そして、戦争をする前の準備段階で、どこをどう抑えていくのかという覇権のための理論になっていきました。
マッキンダー理論への挑戦
ですが、こうした理論に異を唱える議論も登場します。つまり、現状がランド・パワーの時代なのかは疑わしいというのです。これについて、戦略学者であるデール・ウォルトン氏は、2007年に『Geopolitics and the Great Powers in the 21st Century(21世紀における地政学と大国)』で、国際システムの基盤は依然として海上交通にあり、シー・パワーの時代は継続しているのではないか。つまり、システムがより複雑化しただけではないか、と指摘します。これは、自分も納得できる議論だと考えています。参考になる議論として、アルビン・トフラー氏の『第三の波』(1980年)があります。「第三の波」とは、第一の波が狩猟生活から農業化へ、第二の波が19~20世紀の工業化、そして第三の波が70年代頃から現れてきた情報化です。ここで重要なのは、それぞれの波が次の波でなくなるのではなく、実は残っているという指摘です。今でも農業や工業は残っていますし、むしろ農業が情報化しています。それと同じで、シー・パワーもランド・パワーに駆逐されたわけではなく、それぞれの要素は残っているのです。
また、マッキンダー理論に異を唱えるものとして、ロシア軍人のセヴァルスキー氏がエア・パワーの発想を唱えました。ソ連と米国の間にある北極海の上空、つまり、空域が重要になるというのです。ですが、確かに空域は重要なのですが、やはり経済的には依然として海ではないか、実際に利益を生んでいるのは、空輸ではなく海上輸送ではないか、という認識が冷戦時代にじわじわと出てきます。
また、マッキンダー理論に異を唱えるものとして、ロシア軍人のセヴァルスキー氏がエア・パワーの発想を唱えました。ソ連と米国の間にある北極海の上空、つまり、空域が重要になるというのです。ですが、確かに空域は重要なのですが、やはり経済的には依然として海ではないか、実際に利益を生んでいるのは、空輸ではなく海上輸送ではないか、という認識が冷戦時代にじわじわと出てきます。
「封じ込め」の発想
ニコライ・スパイクマン氏は、シー・パワーをほぼ踏襲しておりますが、彼は独特の地政学観を持っていました。新大陸である南北アメリカ大陸は、旧大陸であるユーラシア大陸に攻め込まれているという認識を1940年に打ち出します。当時のユーラシア大陸の脅威は、日本とドイツでした。この脅威を跳ね返すためにアメリカがすべきことは、ユーラシア大陸の沿岸地帯、つまり、リムランドを、囲まれるのが怖いから逆に囲んでやれというわけです。ここから冷戦時代の「封じ込め」の概念が生まれます。
ですから、アメリカは、中東、欧州、東アジアという三大戦略地域をリムランドに配置しつつ、地政学的な大きな戦略の中でバランスをとっています。安倍総理もオーストラリアとインド、日本とハワイを結ぶことで中国の進出を抑えるという封じ込め的な考え方を東アジア地域で展開しようとしています。
ですから、アメリカは、中東、欧州、東アジアという三大戦略地域をリムランドに配置しつつ、地政学的な大きな戦略の中でバランスをとっています。安倍総理もオーストラリアとインド、日本とハワイを結ぶことで中国の進出を抑えるという封じ込め的な考え方を東アジア地域で展開しようとしています。
「アジアの地中海」という考え方
2年前にマイケル・オースリン氏が「アジアの地中海」という文章を戦略系サイトに掲載し、注目されました。そこで展開されていた議論は、スパイクマンの地政学観を踏襲しています。我々は、南シナ海や東シナ海の現象面だけに注目しがちですが、世界戦略を展開できるアメリカの立場から見ると、この海域は、ユーラシアの外側の内海だという議論を展開するわけです。太平洋戦争は例外かもしれませんが、世界的な海戦は、内海で起きていたというのです。なぜか。それはリムランドの支配をめぐる戦いだったからです。そこからスパイクマン的な議論を展開していきます。
スパイクマンの地政学によると、1942年の時点で4億人の中国は、今は分裂しているものの、いずれは統一して「アジアの地中海」、つまり内海をめぐる戦いが起きるだろうと警告していました。だから、中国がここにエア・パワーを出してきたら、アメリカは撤退せざるを得ない可能性も指摘しました。そして、いま中国が何をしているかというと、戦闘機を南シナ海上空で訓練させました。習近平氏はまさにエア・パワーを出してきたのです。
スパイクマンの地政学によると、1942年の時点で4億人の中国は、今は分裂しているものの、いずれは統一して「アジアの地中海」、つまり内海をめぐる戦いが起きるだろうと警告していました。だから、中国がここにエア・パワーを出してきたら、アメリカは撤退せざるを得ない可能性も指摘しました。そして、いま中国が何をしているかというと、戦闘機を南シナ海上空で訓練させました。習近平氏はまさにエア・パワーを出してきたのです。
朝鮮半島は「封じ込め」に
北朝鮮は、地理的に南北の陸上が閉鎖されており、海で挟まれています。ですので、朝鮮半島での戦いは、基本的に陸上戦が展開され、しかも泥沼化しやすいのです。朝鮮戦争がまさにそうでした。元CIA北朝鮮担当分析官であるスミ・テリー氏は、2015年に米外交問題評議会で「Unified Korea and the Future of the U.S.-South Korea Alliance(統一朝鮮と米韓同盟の未来)」と題するペーパーを発表しました。彼女によると、朝鮮半島が仮に統一した場合、統一朝鮮は米国との同盟関係を継続した上で、米軍のプレゼンスを少し落とすような感じにするというのが、最も望ましいのではないかと指摘します。ですが、最も望ましくない形というのは、韓国主導の統一朝鮮が強い民族感情ゆえに北朝鮮の核を保持しつつ、中国寄りで、かつ米国ともバランスをとる独立した一勢力になるというものです。つまり、ランド・パワーに取り込まれ、中国に傾斜するということです。
将来の戦争を考えた時、最近の本で参考になるのが、フリードマン氏の『The Future of War: A History(戦争の未来:その歴史)』です。この本によると、未来の戦争は、軍事テクノロジーにより新型兵器が登場し、戦争の様相は劇的に変わると言われていても、実際には相変わらず原始的な火力が重要で、しかもダラダラと長期化してしまうと指摘します。朝鮮半島で紛争が発生すれば、長期化します。ですから、アメリカは、シー・パワーで優位を保っているので、封じ込めを続けていくしかないでしょう。
- 講演者プロフィール
奥山 真司氏 国際地政学研究所 上級研究員 - 1972年(昭和47年)神奈川県横浜市生まれ。国際地政学研究所上席研究員。青山学院大学非常勤講師。カナダ・ブリティッシュ・コロンビア大学(BA)卒業後、英国レディング大学で修士(MA)および戦略学博士(PhD)。専門は地政学や国際関係論、クラウゼヴィッツや孫子などの戦略論。主な著書に『地政学:アメリカの世界戦略地図』(五月書房)、訳書にクリストファー・レイン著『幻想の平和』(五月書房)、同著『リーダーはなぜウソをつくのか』、コリン・グレイ著『現代の戦略』(中央公論新社)J・C・ワイリー著『戦略論の原点』、エリノア・スローン著『現代の軍事戦略入門』、エドワード・ルトワック著『自滅する中国』(芙蓉書房出版)、同著『中国4.0』『戦争にチャンスを与えよ』(文藝春秋)などがある。最新刊はジョン・ミアシャイマー著『完全版:大国政治の悲劇』(五月書房新社)