SPF China Observer――米中新冷戦? 中国の本音
笹川平和財団は7月24日、サテライトサイト「SPF China Observer」で論考を発信する中国政治、経済、社会、外交・安全保障の専門家5名を招いて「米中新冷戦? 中国の本音」をテーマにオープンフォーラムを開催しました。モデレーターは同サイト監修(編集)の小原凡司上席研究員。「SPF China Observer」では、日本国内の中国専門家が各々の専門領域において定点観測をし、その成果を随時発信しています。今回のフォーラムでは、米中の貿易経済摩擦が、現在の中国の内政、経済、社会にどのように影響を及ぼしているのか、さらに経済相互依存関係にある米中の対立の行方、内政と対外政策の関係等について論じられました。さまざまな領域が互いに影響しあい、今日の米中関係が形作られているダイナミズムが描きだされました。
なぜ「新冷戦」なのか
小原氏は、現在の米中対立を「新冷戦」と言い表します。その理由を、「アメリカの経済的な圧力、中国製品の市場からの排除の動きが、市場原理によってではなく政治的な理由によって法的手段を用いて行われ」、「その理由とされる情報漏洩等は安全保障の問題」であり、「中国が共産党一党統治という権威主義的な国家であることに由来しているため、米中間の対立は政治体制間の闘争だといえる」とし、「『新』をつけるのは、米ソ冷戦期とは明らかに状況が異なるから」だと説明しました。
中国国内政治への影響
米国の圧力は中国の国内政治にどのような影響を与えるのか。静岡県立大学の諏訪一幸教授は、現在の中国の内政に「重大な問題を抱えている状況にはない」としつつ、今後、内政に混乱をもたらしうる要因として、経済と香港情勢の2つを指摘しました。
その根拠と中国の思惑について、「現在の中国の最重要課題は経済であり、それはとりもなおさず米中経済摩擦である」ことを指摘。「今年3月の全国人民代表大会(以下、全人代)で、外資企業の投資を保護する外商保護法が異例の速さで採択されるなど、中国は米国に譲歩する姿勢をみせており、この問題を早く終結させたいと考えている」と分析。香港情勢については、「その行方や中国政府の対応が台湾情勢に影響を与える」可能性を指摘し、「デモがさらに暴徒化し、中国政府が強硬な手段をとれば、台湾での対中感情が悪化し、来年1月の総統選挙で蔡英文(ツァイインウェン)総統への追い風となる」と分析しました。
日中関係については「良好」で、それは必ずしも「米中関係が悪化していることが要因ではない。2014年末以降、改善基調にある中で起きたのが米中対立」との見方を示しました。
今後、日中は「『政府開発援助(ODA)終了後』の新たな関係を築いていく」ことになります。日中関係は米中関係の影響を受けることは不可避です。「米中対立の決着をみるには、両国ともに変わる必要がある。中国には『包容力のある大国、反省力のある大国』に変わってほしい。そうすることが自国にとって有利であることに気づいてほしい。その過程で日中が未来像を描きながら協働することが必要だ」と強調しました。
中国経済への影響
米国からの圧力は中国経済にどの程度影響与えているのか。ジェトロ・アジア経済研究所の田中修上席主任調査研究員が経済指標をもとに分析、解説しました。
中国が発表した実質経済成長率の値は「今年4-6月期は6.2%。1-3月期が6.4%なので、0.2%低下している」。ただし、日米欧等の先進国と同様に前期比で試算をすると、実は「1-3月期は5.6%、4-6月期は6.4%で持ち直している格好になる」ことを指摘。さらに、外需の動向も米中摩擦がプラスに働いているかたちを示すことから「米中摩擦は現時点では、中国の成長率に対してプラスに働いている」と結論付け、「長い目でみると、輸出が落ち込めば、設備投資が落ち込み、中国から撤退する企業も出てくるなど悪影響が出るだろう」と付言しました。
今後考えられるのは「市場における期待の影響」。「第四弾の追加制裁では労働集約型の輸出製品に相当関税がかかることになり、雇用に影響を与える」ため、今後の中国経済を見通す上で「第四弾が発動されるのかされないのか」がポイントになると論じました。
雇用政策については「今年3月の全人代で、マクロ経済政策の方針に財政・金融政策に加え、新たに雇用優先政策を掲げた。従来の大学卒業生や農民に加え、退役軍人や従来型産業でリストラされた人たちの就職問題も差し迫った課題と認識されている」と指摘。
経済成長率が下降傾向にあることについて、中国では「イノベーションが進んでおらず、高度成長から中成長に移行する中でうまくギアチェンジができていない。米国の問題ではなく、中国自身の問題だと認識されている」といいます。そうした中で、「米国の圧力を逆手にとって改革を加速し、民営企業の発展を促せないだろうかと、昨年10月頃から市場原理を重視した経済体制を目指す改革派の人たちが攻勢をかけている」ことに着目。「その行方を見守りたい」と述べました。
中国社会の現状
米中対立がつづき経済成長率が下降傾向にある中で、中国社会はどのような状況にあるのか。東京大学大学院総合文化研究科の阿古智子准教授が現地調査やヒアリングをもとに論じました。
今年3月、阿古准教授が訪れた河南省のある農村は、いたるところに蓮の花が植えられ、それを観光資源としていました。中国政府が進める貧困対策のひとつ、全国各地の貧しい農村に「美しい村」をつくり、産業を誘致するプロジェクトの一例です。「こうしたプロジェクトが進められる際には、成果が上がっているとメディアで積極的に伝えられる。情報に接するときには、実際はどうなのかと疑いの目をもってみる必要がある」と注意を促しました。
プロパガンダが強化される一方で、「弁護士や活動家、少数民族への弾圧も続いている。さらに、国家安全に関するさまざまな立法が進められ、2017年6月に施行された国家情報法は、すべての個人や組織に国の情報活動に協力することを義務づけている」ことを指摘。引き締めが強化される中で「中間層の人たちの不安や不安はある。経済成長が減速する中で、ナショナリズムと大国主義による国の結束を高めることがそれほどうまくいっていないように思う」と述べました。
前向きな姿もみられるといいます。「香港情勢を報じるメディアで、中国で高等教育を受けた女性がバランスのとれたいい報道をしているのに注目した。自国の利益のためではなく、人類の将来を考えている」。
今後、「自由が制限されていることに対する不満を、どういう立場の人たちがどのような表現、行動をするのかを社会学の立場から丁寧にみていきたい」と強調しました。
経済相互依存関係にある米中がなぜ対立するのか
米中は互いに最大の貿易相手国。深い相互依存関係にあります。国際政治学においては従来、多くの実証的な研究が経済相互依存関係にある国同士では対立が抑止されることを示してきました。にもかかわらず、なぜ米中は対立を深めているのか――この疑問に、京都大学大学院総合生存学館の関山健准教授は3つの要因を挙げて回答を試みました。
一つは「トゥキディデスの罠」。新興勢力が台頭し、既存勢力の不安が増大すると、しばしば戦争が起こるという考え方です。ただ、「仮に軍事衝突となれば、互いの経済が壊滅的なダメージを受ける。加えて、米中間には核兵器による抑止効果もあるため軍事衝突にまで発展する可能性は小さい」と付言しました。
二つめの要因は、「相互依存の外交的対立助長作用」。「深い相互依存関係にあって、多少対立しても軍事衝突にまでは発展しないだろうと予測しあうことで、外交的な口喧嘩や経済的な摩擦をがまんしようというインセンティブを阻む」。
三つめの要因は、「国際的な自由貿易と国内政治との矛盾」。「特に米国内に比較優位劣位産業からの突き上げがある。それによって生まれたのがトランプ大統領であり、その結果としての米中対立といえる。単なる米中の覇権争いというよりはむしろ、世界経済全体の行き過ぎた自由化と国内政治経済の安定との間の矛盾が露呈したケース」との見方を示し、「自由化の程度を抑え、国内の安定を重視するブレトン・ウッズ体制を目指す新たなルールづくり」の必要性を主張しました。
対外政策決定における国内要因と外交
中国の対外政策決定に影響を与える国内要因にはどういうものがあるのか。慶應義塾大学総合政策学部の加茂具樹教授はその見取り図を描きました。
伝統的に、中国政治の特徴として政治指導者の役割が重視されてきました。しかし、加茂教授は「現在の中国の政策決定において、政治指導者個人の影響力を過度に強調するのは適切ではない」と主張します。その背景や根拠について、「改革開放、市場経済化の道を歩み、外交によって確保すべき価値が拡大、多様化することによって、外交に関わるアクターも拡大、多様化し、特にメディア、世論、企業など新たなアクターの影響力が高まってきている。今日、最高指導者であっても社会的要因を無視できない」と指摘。さらに、「中国共産党による一党体制で市場経済化の道を選択してきた中で、一元的な政治と多元的な社会との間で矛盾があらわれてきているということ。その上、党と社会の間の緊張を緩和するメカニズムが弱いという構造的な特色がある」ことを強調しました。
こうした状況下での共産党の課題は、「複数の不安定要素が連鎖、拡大、顕在化するのをいかに未然に防ぐか。習近平国家主席は急速に変化する国際情勢にあって、『戦略的で主体的な行動を選択する』必要性を強調している。ゆえに、中国の政策決定過程の特色として、政策決定と執行の集権化が観察される」と分析。
今後、「対米戦においては持久戦を選択し、国内政治においては指導部内の団結を強め、経済政策においては失業率対策を重視し、外交においてはイデオロギーを強調していくだろう」と見通しました。
(ジャーナリスト 鈴木順子)